第12話


「拓海、なにか飲み物入れてあげてよ。あっ永瀬さんはこっちにどうぞ」


 キッチンと隣接する4人掛けテーブルの椅子をガガっと引き永瀬を誘導すると兄貴は彼女の正面によいしょっと腰掛ける。

 動くたびにいちいち声出すのマジでおっさん臭いってば。


「永瀬さんは何? 友達ってもしかして高校の?」


「ええ。新加瀬の2年なんです」


「へぇっ。俺も卒業生なんだぜ」


 どうでもいいわぁ、その情報。


「そうなんですね。すごく雰囲気のいい学校ですし、楽しく通わせていただいてます」


 永瀬は両掌を小さく合わせながら兄貴に柔らかな笑顔を向けた。

 その威力は絶大だったようで、


「おいっ拓海。なにこの子めっちゃ可愛いんだけどっ。お前いつの間にこんな友達が出来たんだよ?」


 兄貴はにやついた顔をこちらへ向ける。

 いいじゃん別になんでも。


 俺はぐつぐつと煮だつ鍋を弱火にして味噌をぬりっと入れる。

 背面にある湯沸かし器もコポコポともうすぐ沸きそうだ。


「ありがとうございます。お兄さんは大学に行かれてるんですよね? 確か田中君の3コ上、でしたっけ」


「そうそう。もう言ってる間にハタチのおっさんですよ。いいなぁ永瀬さんは若くって。高校2年だもんなぁ青春だよなぁ」


 そういう言葉がおっさん臭いんだって。


「永瀬は? コーヒーでもいい?」


「あぁ、うん。ありがとう。コーヒーは好きよ。かなり甘めが」


 悪戯っぽい目をして甘めを表現する彼女をスルーしつつ、俺はインスタントコーヒーを3人分入れるとトレイに乗せて運ぶ。

 すると永瀬がべっと小さく舌を出してきた。


「砂糖とミルクは適当に入れてよ」


 カチャとソーサーを彼女の手元に置きカップを乗せ、俺も兄貴の横にすとっと腰掛けた。


「永瀬さんは5階に住んでるんだよね? ご両親と一緒に暮らしてるの?」


 兄貴が蓄えた顎髭をワシワシと触りながら永瀬に尋ねる。


「いえ、ちょっと諸事情がありまして基本は1人暮らしなんです。4月から転校と同時に引っ越してきました」


「へぇ。高2の女の子によく許したね、親御さんも」


「はい……。私が無理を言ったっていうのもあるんですけどね。家事全般は元々やってましたし。それに週3日はお母さんが泊まりに来てくれるので」


「そうなんだ。まあ他所様の家庭事情にごちゃごちゃ口挟むのもあれだしね。困ったことがあったらいつでも頼ってきなよ!」


 兄貴は優し気に彼女へ微笑みかけた。

 人が嫌がる部分に余計な詮索をしないのが兄貴のいいところだと思う。


「ところで、永瀬さんはどこで拓海と知り合ったの? こいつ部活やってないし、もしかして同じクラスとか?」


「まあ細かなことは田中君から聞いてもらうとして……。実は私、彼に告白したんですよ」


「ブフッ」


 兄貴が口に含んだコーヒーをほんの少し吹き出す。

 きったねぇなぁ。でもそうなるよな。普通だと思う。

 っていうか永瀬も永瀬だ。なにをさらっと言いやがる。


「こ、ここ告白って。君からこいつに?」


 口元をティッシュで拭きながら信じられないという顔で俺を指差す兄貴。


「はい」


 永瀬は表情を変えることなくにこやかに頷いた。


「え? ってことは付き合ってんの?」


 俺の方へくるりと首を回した兄貴に対し、俺は首を横に振って答える。


「あ、あのさ……永瀬さん。ごめんね、こいつのどこが良かったのかなぁ? 少なくとも君みたいに容姿が特別優れてるわけでもないと思うんだけども」


 失礼な兄貴だ。わざわざ聞く必要は無いと思う。

 でもその通りだ。


「いえ、すごくカッコいいと思いますけど。ただ、返事はまだもらえてなくって。私、待ってるんです。ね、田中君?」


「いや、その……」 


 たじろぐ俺を見て満足したのだろうか。

 俺に向けふふっと軽く笑みを浮かべてくる永瀬。


「じゃあ私そろそろ帰りますね。あっ、食べた後タッパーは洗わなくて大丈夫ですから。また取りに来ますので」


 彼女はコーヒーをくっと飲み干すと椅子を引いてすくっと立ち上がり、俺と兄貴へ交互に視線を投げた。


「コーヒーご馳走様でした。あと、あのお兄さん? また、お邪魔してもいいですか?」


「え、ああ。ああっ! もちろんもちろん! いつでも来てよ。大歓迎だよ」


「そうですか。ありがとうございます」


 永瀬が笑みを投げかけると兄貴がとろっと破顔する。


 その後、俺と兄貴で玄関先まで送ると彼女は「じゃあまた田中君。お兄さんも」そう言って手を振りドアをカチャとゆっくり閉めた。


 

 俺は当然の如く兄貴からの質問攻めに合い、


 その晩は彼女の肉じゃがに二人舌鼓を打ったのだった。



 


********************

一旦お試し版として、ここまでとなります。

もし続きを読みたいと思っていただけたら、★★★評価、フォローをよろしくお願いします。(連載継続基準に到達次第、連載再開予定です)


2024/7/28追記↓

まだ連載継続基準には到達していませんが、沢山の応援や★★★評価を頂き本当に感謝です。

フライングですが次話以降を書き始めました。


引き続き応援いただけると励みになります。

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