第13話
昼休み、旧校舎裏で永瀬の姿を見つける。
いつも通りたったひとり。転校してきてから2カ月が経とうというのにまだ友達が出来てないんだろうか。
まあこいつの場合、逆にあえて好き
と、俺に気付いた永瀬がひらひらと小さく手を振ってくる。
近くまで歩み寄ると「どうぞ」とスペースを空けてくれる永瀬。
俺は隣りに腰掛けるや、本日の用件を彼女に突きつけることにした。
「昨日、なんであんなこと言ったんだよ?」
「なんだそのこと。まぁ、ほんとのことだし?」
悪びれる様子もない。
凛々しげな両眉をピクリ、少しだけ持ち上げると永瀬はまた何ごとも無かったかのように弁当に視線を落としてしまった。
「
「それを決めるのは少なくとも君じゃないと思うけど。仕方ないじゃない、ずっと好きなんだもの」
涼やかな目で見つめられ「うっ」となる。
またドストレートな……。
本心かどうかはともかく、そういうことをさらりと言えるのは
選択的陰キャボッチの俺には分かる。
陽キャボッチ、恐るべしである。
と、永瀬がひょいと箸を向けてくる。
はんぺん? だろうか。
「アーン」
俺の口に向け腕を伸ばしてくる永瀬。
もう三度目ともなれば俺だって慣れたものだ。
どうせ無理やり押し込まれるのならと自ら口を開き、モグモグと咀嚼する。
直後、梅と大葉をアクセントにみりんと砂糖醤油の自然な甘みが鼻の奥で広がった。
「なんだこれ?! めっちゃ旨いんだけど」
「でしょう。大葉が余っちゃったから。試しに作ってみたのよ」
にこっと笑顔を向けられた俺は嘆息一つ。
普通文句を言ってる奴にアーンするか?
クレームを言いに来たはずなのにいつの間にか
とはいえ、ほんと不思議な奴だ。
「そうそう、昨日はありがとな。肉じゃが、すげぇ旨かった。兄貴も絶賛してたよ」
「そ。口に合ったなら何よりだわ」
と、永瀬の視線を感じた俺は箸を止め彼女に視線を合わせる。
すると混じりけの無い
「本気よ、私」
その真剣な眼差しにドキッと心臓が跳ねる。
怜奈さんが綺麗に特化している存在だとすれば、永瀬はさまざまな要素の集合体だ。
綺麗で、可愛くて、それに妖艶で、気高く見えるのに子供染みた無邪気さも持ち合わせてて。
そんな子が俺なんかに……。
たかだか事故から一度救っただけで。
でもだからこそ彼女が見てるのは俺であって俺じゃない。
そう、どうせ俺のことを知ればきっとすぐに熱も冷める。
玲奈さんみたいに。
そんな醒めた感情がチョコンと盛り上がろうとする高揚感を抑え込んだ。
*
放課後、昇降口で靴を履き替えていると、そろそろ見慣れてきた姿が視界の端に映りこむ。
まあ昼は俺から会いに行ったしな。
おあいこっちゃおあいこか。
それに放課後は駄目とは言ってなかったわけで。
彼女なりには気を遣ってくれているのだろう、そう理解することにしておいた。
にしても、とことん目立つ奴だこと……。
行き交う男子が皆一様に彼女を横目に通り過ぎてゆく。
もちろん俺も当事者で無けりゃ、同じようにチラ見してたことだろう。
「一緒に帰らない?」
「いいけど。でも俺今日バイトだから。途中まででいいなら」
「ふうん。ということは田中君のバイト先は駅の方面ってことね。いいわよ、途中まで一緒——」
と、言いかけたところで永瀬が俺の背後に視線を固定する。
何ごとかと思い俺も振り向くと、そこに立っていたのはまさに清純派というイメージがぴったりと合う美少女。
我がクラスのトップカースト、
彼女はなぜか一瞬だけ驚いたような
ような気がしたが、次の瞬間にはいつもの穏やかな
井川は俺に向けにこっと微笑むと、続いて永瀬にも軽く会釈をする。
一方の永瀬は表情自体は笑っているものの一つも目が笑ってない……。
何か目に見えない険呑な空気を感じ取った俺は永瀬に視線だけで釘を差すと、井川に身体を向けた。
「早いな。もしかして今日はお見舞い?」
井川は文科系の部活に入ってて、たしかお婆さんのお見舞いの日だけ早く帰ってるはずだ。
「うん、当たり。田中君はバイト? それとも……」
ちらっと永瀬を一瞥するとまた俺に視線を戻す井川。
そんな彼女に「バイトだよ」と答える。
「そっか。じゃあ私、行くね。またお店にも寄るから。その時はよろしく」
そう言うと井川はその場を後にした。
結局永瀬は最後まで笑顔の一つも見せなかったな。恐いよ。
「可愛い子ね。クラスメイト?」
「まあ。っつっても教室では挨拶くらいしかしないけど。あいつの周り、いつも
「ふうん」
一応聞くは聞いたがさほど興味はない。
そんな様子でさっさと身を翻してしまった永瀬。
俺も彼女の後に続いた。
「ちわっす」
「おっ拓海君、今日もよろしくねっ」
早足で挨拶をすると店先で笑顔を振りまく店長の由紀さんが張りのある返事をしてくれる。
相変わらず元気な人だな。
由紀さんは俺ににこっと微笑むと店頭商品に歩みを寄せてくれたお客さんへ愛想良く声を掛けにいった。
俺はそれを横目にささっと店舗バックヤードへ入ると、鞄に放り込んでおいた白のポロシャツに上着だけ着替える。そして店用エプロンを首から掛け、シュッと腰裏で結んだ。
俺のバイト先は駅前の大型ショッピングセンター1階にある『フローラパラテ』という花屋だ。立地のおかげで夕方以降も慌ただしく過ごせるので割と気に入っている。
「(今日は結構売れたな)」
20時の閉店間際となり、辺りはもうすっかり暗くなっていた。
学生たちの姿は少なくなり逆に家路を急ぐサラリーマンの人たちが足早で通り過ぎてゆく。
そんな中、駅側から少女が一人、こちらへ歩いて来る姿が見えた。
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