第10話
嫌な予感は当たるもの。
それ世の常也。
もうやだよ~。やだやだ~。
無視、決めこんでいいよね。俺にはその権利あるよね。
入り口付近のざわめきを聴覚から遮断し、スマホとにらめっこしてダンマリを決め込む。
すると暫くして1人の男子が俯いた俺の頭上から言葉を放り投げてきた。
「おい田中、永瀬さんって子が呼んでるぜ」
え。なんで俺の名前知ってるの? 怖い。
誰だっけこの人。
よね……ざわ君だったかな?
よねざわかよねざき、よねもとのどれかだったと思う。
「えっと、
「えっ、高杉だけど……。だから永瀬さんって子が田中を呼んでるんだって。ほら、あそこ」
高杉君は入り口の方を指さした。
「ごめん高杉君。ほんとごめん。俺さ、今首がムチ打ちで……いつつつっ。入り口の方って角度的に結構見ずらいんだ」
「え? 今俺の方向いてるじゃん。なんでもいいけど行ってあげなよ」
「ごめん高杉君。知ってると思うけど俺、見たまんまだからさ。ほんとごめん」
ごめんのごり押し一点突破に賭けた俺は、改めてスマホとにらめっこによるダンマリタイムに入る。
広角視野にぼんやりと映る高杉君のはぁっという大きな溜息と怪訝そうな表情に心が痛むけど仕方ない。
だって俺は選択的ボッチなのだから。
しかし、現実はそう甘くは無かった。
何となく分かってた。
そう。気付いた時には既に永瀬由良が俺のすぐ傍に立っていたのだ。
「会いに来ちゃった」
彼女は腰に手をやり、柔らかな笑顔で俺を見下ろす。
「え? どなたですか? 僕、ただの陰キャ帝国の者ですから」
「陰キャ帝国? それって。もしかしてインカ帝国と掛かってるってこと?」
凛々しい眉をひそめ、小首を傾げる永瀬。
恥ずっ!! 自分で言った冗談の種明かしをされることがこれほどまでに恥ずかしいことだったとは……。
まあそれはともかくとして、だ。
なにより教室のざわつき具合がひどい。
ただ、今ここに田臥軍団の面々が教室にいない事だけが救いか。
あいつらがいると「なになに面白そうじゃんっ」とか言って無理やり介入してきそうだからな。
よく見ると永瀬は手に弁当ポーチを下げているようだ。
つまり、俺と一緒に飯を食べようと思ってくれてるってことなんだろうな……。
——「会ったことはあるわ。と言ってもかなり前のことだけど。だから一目惚れは嘘じゃない」
昨日永瀬が言ったことを思い出す。
彼女を助けたのなんて小学生の時で。もうめちゃくちゃ前のことなんだ。だから今もその一目惚れとやらが有効な保証はない。
だけど、彼女が今もまだ俺に好意を持ってくれてることだけは間違いないんだろう。
はぁ、俺は内心で溜息を吐きつつガタリと席を立った。
永瀬と目が合う。
「さすがにここは目立つから。別の場所でもいいか?」
俺の言葉に彼女は「もちろん」と微笑み返してきた。
△▼
場所は変わり旧校舎裏。
どうやら永瀬はよくここでひとり弁当を食べているらしい。
そして今、俺たちは隣り合わせで石段に腰掛けていた。
「永瀬。一つ言っといていいか?」
彼女は隣で小ぶりな弁当箱を膝上にトンと乗せ包みをシュッと解いた。
「悪いけど俺は目立たない様に過ごしたいんだ。だからほんとこういうのは迷惑っつうか」
「そっ、か……。ドキッとさせたくて来たんだけどなぁ。逆効果だったわけだ」
彼女は弁当箱をカパッと開け、ぱくっと一口。
そんな彼女を横目にし、俺もしぶしぶ弁当を広げる。
「まあドキッとはしたよ、別の意味でさ……。ただほんと心臓に悪いから。なっ分かるだろ?」
「まあ分からないでも無いわよ。でも、私だってこの2ヵ月ずっと我慢してたんだもの。あ、アーンしてあげよっか?」
彼女はニコッと微笑むと箸で摘まんだ卵焼きを俺に向けてくる。
……悔しいけれど見れば見るほど可愛い。
私服も良かったけど制服姿もめちゃ似合ってるなぁ。
「それ、2カ月我慢してたって。どういう意味だよ」
「田中君、付き合ってる人がいたでしょ。で、たぶん昨日……」
そう言うと俺に差し向けていた卵焼きをどうしようか悩む素振りを見せたあと、彼女は自分の口にパクと放り込んだ。
「実は昨日、偶然マンションから出て行く田中君を見かけたんだ。その時の君はすごく思いつめた顔をしてた。だから私、気になっちゃって……良くないなぁとは思いながらも後を追いかけたの」
だから、あの時……。
つまり怜奈さんのマンションの前で彼女が現れたのは偶然じゃなかったってことか……。
「ごめんね、ストーカーみたいなことしちゃって。元々は出て行くつもりなんて無かったんだけど。でも、あんなの……さすがに放ってなんておけないじゃない」
「そう、だったのか。悪い、俺、知らなかったから……」
親身になって助けようとしてくれた彼女に対し、俺は本当に酷いことを言ってたってわけだよな。
「こっちこそ。じゃあこっそり後をつけた私のこと、許してくれる?」
「いや、許すも何も……」
「ふふ。やっぱり田中君は優しいよね。よし、じゃあ仲直りの印に」
永瀬がまた俺に箸を向けてくる。
さっきと同じ、今度も卵焼きだ。
「はい、アーン」
アーンと言われながらも口を開かない俺に半ば無理やりに押し込んでくる永瀬。
俺も口に入った以上は食べるしかなく、咀嚼する。
「どう、美味しい?」
「うん……。旨い」
それは甘めで……俺好みの味だった。
次いで向けられる邪気の無いその満面の笑顔にドキッとする。
だけど、どこか胸の奥の方ではズキッとした痛みも同時に覚えていた。
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