第9話


『陰キャボッチだっさ』


『信じらんない! まさか本気にしたの?』


『マジで私があんたなんかに告ったと思ってるって。ウケるんだけどぉ』


『なんでそんな事言うんだよっ。ちょっとパンツとブラ見ただけだろ! やめろ! やめてくれよ。うわぁぁぁ』




「うわぁぁっ!」


 ガバっと布団を捲り、俺は飛び起きた。


 夢か……。なんちゅう夢だよ。


 もうマジでやめて欲しいごめんなさい。



「っていうか普通はじゃなくて玲奈さんの夢だろ。ふざけんなっ」


 朝っぱらから苛立ちで頭をわしゃわしゃと掻きむしると、いつも通りぴょこりと反り返った何束かが手触りで感じ取れる。


 あぁ、今日も寝癖がすげぇ。


 バシャバシャと髪と顔を同時に水で洗い流す。

 ほんと毎朝この作業が面倒臭いんだよね。


 髪を流し、前髪がだらりと垂れ下がった自分が鏡に映る。

 セットしないと陰キャを凌駕した超陰キャ感満載だな、俺。


 待てよ。意外と流行りのアーティストっぽく見えない事も無いし、このまま前髪だらり超陰キャマンとして登校しようかな。


 いや、やっぱりそれは駄目だ。

 逆に目立って陽キャ感が出てしまうかも知れない。


 陽キャボッチなんて嫌だよ。どうせなら陰キャがいいよ。


 いっそ坊主にしようかな。でもボッチ陰キャで坊主ってどうなの? 

 えるのそれ? 


 まあ、俺は選択的ボッチだし、陰キャも個性だから。

 逆に俺からすれば陽キャはけなし文句として使ってるまである。


 そんな事をごちゃごちゃ考えながら、ちらりとスマホを見る。


 やっぱり玲奈さんから連絡は無い……。


 勿論他の誰からもだけど。


    *


 登校した俺はいつも通り誰と挨拶するでも無く、ガタリと椅子を引いて席に着く。

 後列窓際の特等席だ。


 陽キャグループはカースト毎に3~6人で群れて、飽きもせずにぺちゃくちゃ喋っていらっしゃる。

 毎日毎日よくそんなに話す事あるよなぁ。


 こいつらはこいつらで話題作りとかに苦労してるんだろうか。

 まあ陽キャの悩みなんて知らねぇし、どうでもいいけど。


 一方、陰キャグループは2~3人でスマホ片手にたにたと喋ってる。

 やっぱ俺はこっちの方が断然好きだね。落ち着く。

 

 と、言いながら俺は1人で黙って座ってるんだけど。


 どれがいい? 


 俺だって友達くらい簡単に作れるし。1年の時のクラスでは少しだけ話す奴いたし。

 1年くらいもらえれば1人くらいは友達出来るし。


 因みにクラス替えがあって早2ヵ月が経とうというのに、大半のクラスメートの名前を覚えてないコミュ障っぷりは自慢してもいい項目なのだろうか。

 

 1人くらい話せる奴がいればなぁ。

 永瀬って知ってる? なんて聞けるのに。


 ぼんやりと教室を眺めていると、カーストトップ、モテメン田臥たぶせグループの1人、井川いがわがこちらをちらりと見た。

  

 自意識過剰じゃなくて、ほんとに見たのだと思う。

 だって井川は顔見知りだから。


 と、言っても全く誤解されるような関係じゃないし、あんな清純派美少女と誤解される関係になるはずも無い。


 すると、井川の視線を追いかけたカースト最上位モテメン王の田臥がちらりと俺の方を向く。

 まさに上から目線とはこの事で、立った状態でふーんという視線を投げかけて来た。


 なんだよ、ふーんという目線って。

 俺はすぐに視線を窓の外に移す。爽やか陽キャには関わらないのが吉。

 

 そう、関りさえしなければ大樹たいじゅのお陰もあり俺は安全なのだ。


 俺には幼なじみに嶋村しまむら大樹って奴がいる。

 もう下手すりゃ2カ月以上話して無いけど、あいつと幼なじみって事実だけで俺は『話しかけると面倒な奴』の称号を与えられ、安全地帯にいられるのだ。

 大樹の威を借る俺。……ださくね?


△▼


 はぁ、腹減った。弁当食お。

 今朝はもう疲れ切っていたので、昨晩作ったカレーをそのまま弁当箱に放り込んだ。


 さっ、飯食いながらログインボーナス貰ってネットサーフィンでもしよっと。


 そう思って顔を綻ばせていた俺の幸せな昼休みは、突然の来訪者により儚く崩れ去る事になる。


 なんか急に教室がざわざわし始めて「めちゃ可愛いじゃん」とか「やばくね」とか聞こえてきた時点で嫌な予感がしたんだよ。俺も。


 ざわついた教室の入り口にこっそり視線を飛ばすと……。



 予想通り、永瀬由良ながせゆらが立っていた。

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