第8話
田中君って、なんで俺のことを?
頭上に複数のはてなマークが浮かび上がる。
誰だ? 少なくとも俺はこの子の事を知らないけど。
そもそもボッチ陰キャで一日中机に張り付いてる俺が、クラス以外の人間を知る由も無いだろ。自慢じゃないけど。
「万が一とぼけてる線もあると思ってたんだけど。ほんとに私のこと知らないんだ……」
知ってて当然。
そんな少し驚きを孕んだ表情でパチパチと長い睫毛を
「そういえばまだ自己紹介してなかったわね」
そう言って手をポンと合わせ、次いで顔を綻ばせた。
いったい何がそんなに嬉しいのだろうか。
それに要る? 自己紹介。
そんな俺の気持ちなどお構いなしに彼女は自己紹介を始める。
「私は
「うん……。ちなみに永瀬さんも高校生、ですよね?」
成熟ぶりを見る限り高校生。大学生だとしても不思議じゃないくらいだ。
「そうよ。というか、実はあなたと同じ学校でしかも同い年なんだけどね……」
「えっ!? ということはもしかして新加瀬ですか?」
「ちょっと。
「そ、そっか。そうだよな。ごめん分かった」
まあ同じ学校、しかも同学年だとしても、俺の行動範囲の狭さを考えればほぼ会う事はないだろうけどな。
それにこんな強烈に可愛い子に関わったらせっかくの平穏な学生生活が大きく乱されそうだ。
「ちなみに、私が今日あなたにに告白したこと、覚えてるわよね?」
「覚えてるけど……。でもあんなの嘘だろ。そもそも俺、君のこと知らないし。初対面で、しかもあんな出会いで。一目惚れなんてあり得ないから」
「会ったことはあるわ。と言ってもかなり前のことだけど。だから一目惚れは嘘じゃない」
「いや、でも。っつうか前っていつだよ?」
「小学生の時。事故から助けてもらったの、あなたに。覚えてない?」
「え……」
たしかに小学生の時、俺は女の子が車と衝突する直前に身を挺し助けたことがあった。
じゃあもしかして……あの時の?
認識されたことを理解したのだろうか。
永瀬はこくりと頷くと感慨深げな眼で俺を見つめてくる。
一方の俺は吸い込まれそうになるほど大きな彼女の瞳に、何か大事な部分が溶かされてゆきそうになっていた。
駄目だ。冷静になれ!
俺には玲奈さんという人がいるだろ!
……って。もう、いないのか。
「まあこんなところで立ち話もなんだし。とりあえず帰りましょ」
「帰るって……」
一緒にって意味か?
首を傾げる俺を他所に永瀬は歩き始めてしまう。但し俺が怪我してるのを気遣ってくれているのか、その速度はとても緩やかだった。
その後、結局彼女の家は俺と同じ方向で——。
俺たちは最後の曲がり角に差し掛かろうとしていた。
「永瀬の家ってどっち? 俺はこっちなんだけど」
夕飯の話をしながら距離を詰めつつ、緊張の面持ちで最後の曲がり角に差し掛かろうとしたその時、珍事は起こる。
そろそろ別れを切り出すかなと思っていたのに、なぜか彼女はそのまま俺と同じ方向へ曲がったのだ。
「あれ。永瀬もこっちなのか?」
「そうよ。変?」
「いや、別に。そうなんだ」
すぐそこには俺の住むマンションが見えている。
なら彼女の家はこの先って事か。
「じゃあ、俺ここだから。またな」
俺はマンションの前で立ち止まると、永瀬に別れを告げた。
しかし、彼女は表情を変えることなく俺を見つめてくる。
あれ? 別れ際ってもしかして挨拶しないとかある?
挨拶なんてもう古いわよとか言われちゃうパターン?
分かんない。
変な間が空いてしまい、居心地が悪くなった俺はもう一度「じゃ」と言うと、そそくさとエントランスに向かう。
するとどういう事だろうか。
驚くべき事に、彼女も一緒に入って来るじゃないか。
「へ? なんで入って来るの? ここ俺の住んでるマンションなんだけど……」
「だって私も住んでるもの」
彼女はしてやったりといった
えええぇぇぇっ!! 何それっ!?
何それっ!? えええぇぇぇっ!!
「ど、どういう事?」
「どういう事も何も。だから私もここに住んでるのよ」
今度は冷や汗が止まらないっ!
「え。えっと。……そうなんだ。い、いつから住んでんの?」
「今年の4月から。言ってなかったけど、私この春に転校してきたばかりなの。それと同じタイミングよ」
春ってことは4月。今は6月中旬。
じゃあもう2ヶ月も一緒のマンションに住んでたって事か?
まあ確かに10階建てだし、部屋数も多いから会わなくても不思議じゃないけど。
「因みに何階? 俺、4階なんだけど」
「私は5階。津波の時心配だからって親が勝手に決めちゃって」
良かった。さすがに同じ階だと分かるはずだし。
でも気付いて無かっただけで過去に何回か会っていたのかも知れないな。
「どうしたの? やけに難しい顔してるけど」
顎に手をやり独り考えごちていた俺の目前に、彼女の可愛らしい顔がひょこっと映り込んできた。
そのあまりの距離の近さに顔が熱くなってしまう。
「おいっ。近いって」
「あ~照れてる。かわいいんだっ」
「か、可愛くなんかねぇよ! ふざけんなっ」
俺の言葉なんか聞いちゃいない彼女はくりっとした二重の大きな目を細めて満足そうに頷くと、俺に爆弾を放り込んでくる。
「私、一人暮らしなの。今から部屋に来てみない?」
「は? い、行かねぇよ。行くわけないだろっ」
「そ。残念」
たじろぐ俺に満足したのか、永瀬は上機嫌に歩き始めてしまう。
そんな彼女の背を眺め溜息を
マジかよ……。
どうやら彼女に会ったその瞬間から既に平穏ではない日々が始まりを告げていたらしい……。
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