第7話


 なんで……ここにいるんだ。


 俺は驚き過ぎて、少しの間呼吸する事を忘れてしまっていた。


 あっ、そうだ。バッグ。


 すは~っと胸に大きな空気を送り込んでから両膝を地面に着け、俺は足元に落ちているバッグやそこから少しはみ出している食材をかき集める。

  

 すると、人影がすっと差し込んできた。


 彼女は跪いた俺の正面まで歩を進めると、膝を地面スレスレまで折り畳み、足元に転がったジャガイモを拾ってくれた。


 目の前には彼女の白く柔らかそうな太ももと、中が見えそうで見えないふわりと揺れるアソート柄スカートがあり、見たく無いのにどうしても目がいってしまう。


「また見ようとしてるでしょ」


 彼女はこちらをちらと見やると、スカートをすっと手で押さえた。


 うっ。俺はぷいっと視線を逸らす。


 悪いんだけど、これはもはや男の性なんだ……。

 意識的じゃないはずなんだ。多分。

 

 改めて視線を顔の方に移す。

 きっと彼女は怒っているだろうと思ったのに、驚くほどに優しい瞳で俺を見つめていた。

 そして、凛々しい眉尻を下げて柔らかな表情を作ると、すっと手を差し出してくる。

 

「はい、ジャガイモ。落ちましたよ」


「あ、ありがとうございます」


 俺は手を伸ばしてジャガイモを受け取ると、無造作にマイバッグに放り込む。 


「あっ。今回は受け取ってくれるんですね」


 彼女は二重の大きな目をぱちくりとさせた。


「そ、そりゃあ、僕のですから受け取りますよ。確かに……なんで君が拾ってくれたのかは、分からないけど……」


 俺はふいっと横を向いた。


 罰が悪く感じたのだと、そう思いたかったけど本当はまるで違う。


 フラットな感情で改めて見た彼女は、あの時と違ってとんでもなく可愛く見えたのだ。


 特製の特大ボールが俺のストライクゾーン全てを埋め尽くし、少しはみ出した部分はやっぱりボールコールになっちゃいます? というくらい理解不能なドストライクだった。


 校内の美少女事情なんてまるで知らないけど、こんなとびきり可愛い子はそうそういないのではないかと思える。


「また、会いましたね」


 今度は柔らかな微笑みを俺に向けると、すくっと膝を伸ばした後、彼女は頭上から言葉を放り投げた。

 

 そうだった。

 なぜこの子がここにいるのか聞かないと。


 俺も足首の痛みが極力伴わない様にと、ゆっくりと立ち上がる。


「き、君さ。なんでこんなとこにいるんだよ」


「え……。私がどこにいようと、私の自由だと思うんですけど」


「いや、それはそうだけどっ。そういうことじゃなくて……」


 確かに彼女がどこにいようが彼女の自由だ。

 それは間違いない。


「逆になぜあなたがここにいるんですか? もしかして私を追いかけてきた、とか?」


 彼女は潤いのある唇にすらりとした人差し指をそっと当て、悪戯っぽい目を寄越してきた。


 不覚にもドキッとしてしまう。

 浮気されたとはいえ……不謹慎だぞ。俺。


 っていうか。なんで俺が君を!


「追いかけてなんかないですよ! 俺の家はこの辺なんだから」


「へぇ。そうなんですか。どの辺りなんです?」


「そ、そんなの個人情報だし。言わないですよ」


 いつぞや誰かに言われた言葉を引用しつつも、無意識にすぐそこに見えるマンションへ視線を移してしまう低スペックな俺。


 彼女は俺の視線の先を追いかけ、何かを理解したようにふふと笑みを浮かべた。


 駄目だ、何かがおかしい。


 ペースを戻さないと。


「あ、あの。君に一つ聞きたい事があるんです、けど」


「いいですよ。答えられる事なら答えます」


 彼女はふっと小さく息を吐いた後、すっと居住まいを正す。


「え、えっと。なんであの時。君は、俺に……。一目惚れしたなんて……言ってきたんですか」


 ペースを戻すどころか、急激に口の中が乾燥し完全にどもってしまった。

 

 そういえば、俺は何のためにこんな質問をしているのだろうか。

 なんだか自分でもよく分からなくなってきた。


「もしかして気になってたりしてます? 私に告白されたこと」


「えっ。そ、そりゃ、気になりますよ。それに親切にしてもらったのに、君には結構ひどい事も言っちゃったから……」


 あれ。いつのまにか逆転されてないか。


 そうか。所詮激怒バフが掛かってなければ、俺なんてただの低コミュ力の陰キャなんだ。

 今更ながら自分の身の丈を理解して過去の行いを恥じていると、彼女は美しく白い歯を見せ口許に笑みを浮かべた。


「そっか。思った通り、やっぱり優しいんだね。田中君」


「へ?」


 田中君? 

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