第5話

 

 衝撃の告白後、彼女は何も言わずに走り去ってしまった。


 奇妙な余韻が残された公園内にもう彼女の姿は見当たらず、子ども達がきゃっきゃとはしゃぐ姿だけが目に映りこんでいる。


 

 ——「私は、あなたに一目惚れしたんです! だから助けたんです!」



 ……意味わかんねぇ。 


 一目惚れっていつだよ。さっき転んだ時? 


 やっぱり全然わからん。不思議ちゃん過ぎてなんか怖いまである。

 

 

 ……めっちゃ可愛かったけど。



 俺はベンチの背もたれへ無気力に身体をぎしっと放り投げ、ぼーっと空を見上げた。


 まあどうでもいいや。


 とりあえず…………泣こう。



 真っ青な空を眺めてたら体中の痛みと共に、悲惨な光景も蘇ってくれた。

 まだ記憶は鮮明に残っているみたいだ。



 ……あぁ良かった。泣けそうだ。



△▼



「そうかぁ。ほんとツラかったなぁ、拓海」


 泣きそうな顔でうんうんと兄貴けいやが頷いてくれる。


 帰宅後、俺は3コ上の兄貴である啓哉に一連のNTR話を打ち明けていた。


 なんで話したかって言うと、単純に癒されるからだ。

 兄貴はいつだって無駄な言葉を掛けず、優しい眼差しで俺の話を聞いてくれる。


 きっとこんな兄だから大学入学と共に一人暮らしを許されたのだろう。

 と、いうか俺もいるから二人暮らしなんだけど。



「ありがとう、兄貴。おかげでちょっと気が和らいだわ」


「おう」


 いつも通り短い返事だけをして、兄貴はニコッと優しく微笑んだ。


 兄貴は玲奈さんと同じ大学に通っている。でも彼女の事は知らないらしい。

 そして相変わらず童貞だ。


 はぁ。マジでちょっと落ち着いてきた。


 買い物でも行こうかな。

 今日の晩御飯は、面倒臭いから鍋かカレーにしよ。


「ちょいスーパー行って来る」


 俺は言うや、よっとソファから腰を上げる。その時、ズキンと少し足が痛んだ。

 かなりマシにはなったけど、まだもう少しの間、痛みは続きそうだ。


「おいお前、その足大丈夫なのか?」


 少しフラついた俺を見て、兄貴が心配そうな目を向けてくる。


「へーきへーき。じゃ、いってきまーす」


 

 もう六時過ぎだというのに、まだ空は明るかった。

 

 エレベーター前で、ポケットからスマホを取り出す。

 相変わらず玲奈さんからの連絡は無い。まあ当然だよね……。


 それに、もし連絡があったとしても恐くてメッセージを見る勇気も出無さそうだし。


 玲奈さんと付き合って3ヶ月……か。

 俺はめっちゃ好きだったのになぁ。


 まさか自分があんな場面に出くわすなんて思いもしなかった。あんなのテレビの中やネット記事だけだと思ってた。


 あれは本当に浮気現場だったのだろうか。今でも勘違いだと思いたい……。


 あー、無理だ無理だ。あんなのどうしたって覆しようがないだろ。

 

 エレベーターを降り、一階のエントランスを抜けると、犬をリードにつけた初老のおじいさんが「こんにちは」と挨拶をしてくれた。

 すれ違い様に毛並みの整ったトイプーがくんくんと飛びついてくる。

 お前は可愛いなぁ。裏切らないし。


 はぁ。いつまでも落ち込んでたって仕方ないじゃないか。


 両手でぐ~っと背伸びをしながら、う~っと唸りつつマンションを出たその時、俺は本日二度目の超絶信じられない光景を目にする事になる。



「(マ、マ、マジでっ!?)」



 おいおい。三度見するなんていつ振りだろうか。

 いや、実は驚き過ぎて四度見した。 

 

 なんと、なんとなんと数十メートル先に彼女らしき人物が歩いているのだ。


 あのアソート柄のスカート。多分間違い無い。


 なんでここにいるんだよ。

 玲奈さんのマンションから4駅も離れてるんだけど。


 まさか、俺の後をつけてきたのか!? 

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