IV
事業は、Kの奮闘もあってそれから軌道に乗り、多くのアルバイトを雇って数軒の店を切り盛りするまでになった。店は二十年間の不況や流行の変化をなんとかくぐり抜けて生き残った。ただ、事業はあのときから大きくも、楽にもならなかった。あの「考えるべき」ことを考えるだけの余裕も暇もないまま、Kはずっとやってきたのだった。そこへ、あのMというアルバイトの若い男が現れた。現れたと言っても、もう半年前から男は店で働いていたのだ。いつも暗い表情をして、無口ではあったが、勤務態度は良く、役に立つ男だった。そのMが突然、髪を金色に染めて出勤してきたのだ。
それまでKは、派手な色に髪を染めたアルバイトを雇ったことがなかった。男女を問わず、そういった外見の人が応募してくることはしばしばあったのだが、Kはみな落としてしまった。そういう規則があったわけではない。ただ何となく、そういった人は自分の店で直面する単調で面白くもない現実に耐えられないだろう、そういう人に合うもっと面白おかしい仕事が他にいくらでもあるに違いない、とKは感じていた。それで何となく、しかし一人の例外もなく、敬遠し、排除してきたのだ。ところがMは、すでに長く働いていて、仕事にもすっかりなじみ、他のスタッフにも頼りにされていた。今では店になくてはならない人間だった。そのMが突然、髪を染めてきたので、Kは激しいショックを受けた。
Kが朝起きたあとも珍しく夢のことを覚えていたのは、Mが髪を染めて店に現れた次の日だった。そしてKは、その二十年前に同じ夢を見たことを思い出したのと同時に、そのさらに十年以上前、Kがまだ大学生だったときに経験した、Sという知り合いにまつわる、ある出来事のことをふいに思い出したのだった。
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