III
ところがその日、Kは朝起きた後も、めずらしく夢のことを覚えていた。起きがけの混乱した意識の中で、Kは突然、二十年以上前、自分がまだ三十代の半ばだったころ、その同じ夢を見て、やはりその「考えるべき」ことから目をそらし、強い後悔と悲しみと、そして絶望の入り混じった感情に打ちのめされて、暗い気持ちで寝床から起き上がったことをはっきりと思い出したのだった。そのころKは、それまで勤めていた会社を辞めて、自分の事業を始めたばかりだった。あらゆることをたった一人で取り仕切りながら、寝る間も惜しんで働いた。力を発揮することにやりがいを感じてはいたが、一方で虚しさも感じていた。本当にこれが自分のやりたいことなのだろうか、このままでいいのだろうかという疑いが、いつも朝起きる前に見る夢の中で一つのムードとして感じられ、そのムードは、その「考えるべき」ことの本体とも密接につながっているような気がするのだが、やはり見ないようにしていたのだった。そのことを、それから二十年たった今になって、Kははっきりと思い出した。
実を言えばこの二十年の間、Kはいつものあの夢の中で、「考えるべき」ことにはやく取りかかりたいと、いつも感じていたのだった。それにじっくりと取り組みたい、じっくりと取り組んで答えを出したい。ただ、その前に早急に解決しておかねばならないことがある。つまり事業のことだ。家族や社員に対する義務を将来に渡って果たせるよう、事業をしっかりとしたものに育て上げなければならない。不況や流行の変化にも余裕をもって対応できるように財政基盤を揺るぎないものにし、自分がいなくても業務が回るように組織と制度を作り上げなければならない。「考えるべき」ことはひとまず横に置き、今は事業に集中して、一気にやるべきことを片づけよう。できるだけ早くそれを終わらせよう。そして、事業がひとり立ちし、自分なしでもすべてが回るようになったその時には、もうそのころには立派に育っているはずの後継者に仕事をまかせて自分は引退し、あの「考えるべき」ことを、それだけを考えよう。だがその時が来るまでは、自分はそのことを考えてはならない。それについて考えるということも考えてはならない。それから目をそむけ、見ないようにしなければならない。
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