捜査官と民俗学者。

《ふむ、我々と違う事は明らかだな》


 我々、民俗学者は風習風土を理解し、人の考え方を推察し。

 原型となった話について考える。


 だが、鑑識捜査官なる者は真逆だ。


「我々は証拠と動機、それだけです」


 我々が採集に来たこの小さな村で、分離埋葬が起きていた。

 単なる分離埋葬ならば、問題は無い。


 だが今回は分離の数、それと、その方法について幾つかの問題が有った。

 少なくとも、違法性が有る様に見えてしまうのも、致し方ないとは思うが。


《ふむ、行くぞ小泉君》

『ハイ』


 我々とて、単なる採集に来たばかり。

 だからこそ、その分離埋葬に正しい意味が有ったのか無かったのかを、司法が正しく見抜く為の採集を我々は行わなければならない


 もし、単なる遺体の損壊であるならば、我々には止める義務が有るのだから。




「コレは」


 件の遺体は、一部のみが切断されていた。

 しかも、被害者は男。


 本来なら分離埋葬は女に行われる事。


 子と親を分離し、埋葬。

 そうする事で姑獲鳥となる事を回避させ、死者と家族への安寧を齎す為の行為。


 だが、コレは。


『宜しいですか』

「あ、あぁ」


 同行していた解剖に場を譲り。


『傷口は滑らか、鋭利な刃物による、手慣れた行為。そして死後に傷を付けられた、かと』


「あぁ、俺もそう思う」


 この事だけ、なら構わない。

 医師とは、時に死化粧を施す事も有る。


 そして遺体の損壊が激しければ、当然、修復を行う事も有る。

 それらを罪としてしまえば、遺族は碌にご遺体と対面する事すら難しい場合も有る。


 だが、コレは。


『俺は、男の分離埋葬は、聞いた事も無いのですが』

「あぁ、君は、どうだろうか」

《はい、僕も、聞いた事が無いですね》


 ただ、俺達が知らないだけ、かも知れない。

 民俗風習の、全てを網羅しているワケでも無い。


 だからこそ、専門家なる者が居る。


 だが、それは今回、外部の者。

 さる大学の民俗学者が、既にココに来てしまっている以上、意見を聞く他に無いのだろう。




「如何でしょうか、教授」


 誠に残念だが、今回の件は死体損壊、と思われても致し方無い。

 分離の、その数たるや、あまりにも恨みが募っての事。


 故に、当たり前では有るが、恨みなどは決して買うべきでは無い事を改めて思い出して頂きたく。

 こうして寄稿させて頂いた。


 どうか、周囲の者にまで恨みによる被害が出ぬ様に。

 この寄稿を目にした者、耳にした者には、どうか賢く生きて欲しい。


《ふむ、分離埋葬では無く、遺体損壊と思われても致し方無いだろうね》




 当初、通報の有った件は分離埋葬か否か、だった。


『初めまして、木嶋 八重子と申します。今回の通報ですが、情報源は確かなもの、しかも分離が複数だそうで。どうか、幾ばくか慎重にお願い致します、かなりの山奥ですから』


 海沿いの捜査は楽だ。

 僅かでも人と物の流れが有り、風習や風土も何処かしら近代化している。


 だが、山奥は昔の形を殆ど保ったまま、そう生きている事が多く。

 山に入るならば、寧ろ女の方が。


「他の、女性は」

『生憎と出払っていまして、助手を付けますので、どうか宜しくお願い致します』


 女が月経期に山に入る事を、何処も戒める。

 それは獣に襲われる危険性を避ける為、それと同時に孕める者を魔の手から避ける為。


 神の血を孕むなら、まだ良い。


 だが、野盗となれば別だ。

 その血筋の者が、時に軒下から母屋を掠め取ろうとする場合が有る。


 そして男の場合は、もっと厄介だ。


 永遠に種籾にされてしまう事が有る。

 時には手足を切り落とされ、生き達磨と称し、女達の慰み者とされる場合も。


 マヨイガは海辺には無い、そしてマヨイガに招かれる者の殆どが男。


 だからこそ、山の捜査は女が。

 そして海辺は男、と決まっているんだが。


 お払い箱になる事は、していない筈。

 なら、今回は俺への試練、そう思う方が妥当だろう。


「分かりました」


 そして、恨みに対し、酷く甘く考えていた事を思い知らされる事となった。

 ましてや逆恨みなど、決して、自分には縁が無いだろうとも。




《ふむ、随分と恨みを買っているらしい》

『デスね』


 採集の中に、必ず愚痴は含まれる。

 ただ、今回は非常に多い。


《一体、何を考えていたのやら》


 分離埋葬が行われたのは、村の有力者の1人だった。

 外部から人を入れる事も、逆に外へ出す事にも反対していた者の1人。


 我々には有り難い事だが。

 村人には苦労ばかりだったろう。


 医薬品は勿論、衣類すらも殆どが自家製。


 小児の子供の生存率は低く、どう足掻いても外の力は必要だった。

 それは血の力も同じく、既に妊娠率も低下を始めており、いずれは必ず廃村となってしまうだろう事は明らか。


 村を衰退させたく無ければ、行き来させるしか無い。

 だが、男は村を閉じさせ続けた。


「全く、アレが大きくなる迄は、それこそ他との行き来も有ったんだ。けれど精通してからだね、アレが可笑しくなったのは」


 往々にして因習には意味が有る。

 それは他人にとっては全く意味が無くとも、誰かには意味が有る。


 それが村に有益となるならば、村は受け入れ、ソレを口伝し続ける。


 だが、利益とは何か。

 一体、誰に何が齎されていたと言うのだろうか。


《ふむ、彼の利益とは一体、何だったのだろうか》




 女達の恨みは強いモノだった。


『外に行かせてくれたなら、あの子は、まだ』


 幾ばくかの薬で助かった子供が、何人も。

 その数は墓場を埋め尽くす程だった。


《若いのはもう、居ない、居ないんだよ》


 そして老女の言う通り、若者の数は僅か。

 その顔に表情は無く、酷く活気も無く。


「今は俺達だけです、誰にも言いません、逃がしているんですよね。アナタ方が」


 この村では秋の節句に、若者から年配へと、枕を仕立て直し渡す風習が有る。

 1人につき2つまで仕立て、贈る事が出来る。


 だが、枕の数と若者の数が、どうしても合わない。


《この村は、このままではいずれ閉じる、そんな場所に置いてはおけないでしょう》


 子孫を外に出したがるのが女なら、反対派の多くは男。

 コレはあまり、良い傾向では無い。


《難しい問題ですね》

『そうですね、公にすべきか否か、今から考えておくべきかも知れませんね』


 この兄弟は解剖医に獣医、俺と同様に国へ雇われている者。


 そして昨今話題の快楽殺人犯達に良く似ているが、それらは創作の中の出来事。

 自分達が話題になった、と末端の俺にすら雑誌を渡してきた程の金持ちであり。


 作品同様に、彼らは似ておらず、片方は車椅子に乗っている。


「気が早いのでは、それとも何か、お気付きで」


《あくまでも予測です、ココの因習は幾ばくか執念がましい、そう至る事は限られる》

『犯罪の殆どが、その欲によって行われるそうで』


 大概は金銭欲、食欲、そして性欲だが。

 彼らが言う通り、独占欲の香りも確かにしてはいる。


 だが、大元である者が分離埋葬を行われてしまった為に、何故に村を封鎖したかったのかが分からない。




「ウチの娘に、手を出されたく無かったんです」


 何故、彼らは村を閉じたかったのか。

 それは世に謂う、独占欲だった。


 ある者は、妻の忘れ形見を手元に置き続ける為。

 ある者は身内の世話をさせる為、ある者は病を心配し、ある者は余所者を嫌っての事だった。


 だが、かの医師だけは違った。


《ふむ、村の外に人質、ですか》

「はい、そして私もまた、人質なのです」


 分離埋葬には、専門の者の知恵と経験が必要となる。

 だが、口に戸を立てるには難しく、彼を脅す他に無かったのだろう。


《何故、こうなってしまったんでしょうな》


「それは、どうか先ずは公にし、せめて娘だけでも」

《うむ、勿論だとも。さ、聞かせてくれるだろうか》


「はい」




 被害者には、姉が居た。


 近隣との往来の有った頃、その姉は隣村へと嫁に行く筈だった。

 だが病に掛かり、ご破算、その事で気を病み被害者である弟が面倒を見ていた。


 だが、全ては弟の目論見通り。

 弟は姉を脚気にし、手元に置き、それからも決して人目には触れさせなかった。


《何度も何度も、お腹を痛めては、抱く事は叶いませんでした》


「7回、ですか」


《はい》


 墓には空の骨壺が7つ。

 こうして墓も無い者の魂も、7つ。


 そして被害者は睾丸を切り落とされており、陰部に残った僅かな傷痕も。

 7つ。


 コレを分離埋葬と呼ぶべきか、否か。


《あぁ、君かね》

「どうも教授、採集は無事に終わりましたか」


《うむ、君はどう思うんだね、捜査官君》


「まだ、判断しかねています」


 実際に遺体に傷を付ける分離埋葬では、必ず何かしらが、他の骨壺に入っている事が有る。

 だが、ココの骨壺は空。


 なら、被害者の一部は一体何処へ。


《あぁ、骨壺が空である事かね》

「はい」


骨噛ほねはみは知っているかね、それと似た様な事だろう》


「ですが、陰部に骨は」

《想像力の無い若者だ、小泉君、教えてやんなさい》

『ォーウ、先生、私は仮にも女、こう見えてモ大和撫子デスよ?』


《あぁ、そうだった、失敬失敬。ついだ、君が僕より大きいものだから、ついだよつい》

「あの、一体」


《差し当たっては、反対派の男共に食わせたのだろう。骨噛ほねはみの様に子孫繁栄を願いつつも、呪詛としての分離埋葬、だろう》




 供養の仕方は他にも有った。

 だが女達は敢えて、死んだ男の陰部を使い、分離埋葬を行った。


『では、結論としては』


「死体損壊、かと」


『今までの判例では、姑獲鳥は女、女の執念が妖とならぬ様にと分離埋葬を施した。ですが子の親は、女親だけでしょうか、女だけで妊娠が叶いますでしょうか』


「いえ、ですが」

『ご遺体が有ってこそ、何かしらが有ってこその分離埋葬、遺体無き子の代わりに使い供養した。他と大差無いかと』


「ですが、骨噛ほねはみとは」

『あぁ、男より、女の方が子への想いが強い。つまり男は、あまり子への思いは無い、そうお考えでらっしゃいますか』


「いえ、ですが、食べさせる事は」

『ココからは専門家の憶測ですが、私は真実かも知れない、そう思っています』




 果たして、女ばかりが姑獲鳥になるのだろうか。


 否、男にも子への情愛は有る。

 だからこそ、加減が分からず、時に厳しい躾けとなるのだ。


『先生モ、お子さん、食べてしまいマスか?』


《うむ、もしまた生まれ変わって来てくれるのならばと、2人で食べてしまうだろう》


 暴きはしなかったが、あの家の墓には僅かに小さな、古ぼけた骨壺が有った。

 最初の子は、ある程度までは生きたのだろう。


 だが、村を出る事を反対された者に殺されたのか、事故死か。

 近親婚の果ての子は、亡くなってしまった。


 そうして男は子の生まれ変わりを信じ、口にした。


 何体も何体も。

 いつか、あの子に会える様に、と。


 その事が漏れたのは、やはり親、ご遺体の母親だろう。

 墓を暴く事を即座に認めたのも、あの母親だ。


 敢えて、全て分かっていての事かも知れんが。

 判断は、国が行う事だ。


 我々には大局を鑑みるだけの情報が無い、コレを是か否か論ずるには、他国の情勢も鑑みなければならない。


 だが我々民間人には、隅々までは知れぬ事。


 論ずるにしてもだ、時期尚早。

 まだまだ、知恵は行き届いてはおらんしな。


『ドンな、味だったのでショウ』


《ふむ、差し当たっては、親子丼だろうか》


 あぁ、成程、そう食わせたのか。

 いやはや、恨みとは実に恐ろしいものだ。


『親子丼』

《うむ、食いに行くぞい!》

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