盲人と侍女。

 どうして男児に侍女を付けてはいけないか、簡単だ、惚れてしまうからだ。


「宜しくお願い致します、坊ちゃま」


『君の顔は、不美人だそうだね』

「はい、ですのでお坊ちゃまの目が見えなくて助かります、アナタ様はとても良い顔でらっしゃいますから」


 そこそこ良い家が没落した、親同士は知り合い、同情心も有りそこの娘を息子の世話係にと侍女にした。 

 そこの男児は目が弱く、既に殆ど見えていない。


「似た年の子女を置けば、惚れるに決まっているだろうに」

《それはそれで構わない、穏便に目をくれるんなら、寧ろその方が良いだろう》


「君は、姉妹の怖さを知らないから」

《従姉妹を抱くなんて無理だろう、君も俺も、そう躾ければ良いだけだ》


 当主の目論見通り、侍女は直ぐに子息へ懐き。

 そして子息へは距離を置く様にと、あらゆる手を使い、侍女に興味を抱かせぬ様にさせた。




『お兄様、どうして』

《お前もいつか分かる筈だ、じゃあな》


 兄は男色家になってしまったから、と家を追い出され、山奥へと追いやられた。

 家の為に、炭職人に無理矢理弟子入りさせられ、もう一生会う事は無いだろうと。


『本当に、そうなってしまったんだろうか』


「原因も無しに、そうなる方も居らっしゃるそうです」

『君には、分からなかったのか』


「どなたにも興味を向けられない顔ですから、もしかすれば、それが原因かも知れませんね」

『なら、君のせいか』


「そこまででも無いですよ、平凡よりも少し下、何の変哲もない顔ですから」

『古今東西、顔より中身だろうに』


「中身も、平凡そのものですから」

『ただ読み物は奇抜だろう』


「今月号をお読みしましょうか?」


『いや、今は無理だ。どの作家にも、逆恨みしてしまいそうだ』


「ご本に影響力が有るのなら、他も読まれてらっしゃいました。きっと、その中から、正しい道を選ばれただけなのでしょう」

『君は離れないでくれ、酷く困ってしまう』


「お坊ちゃまのお嫁様が許す限り、お傍で仕えさせて頂きます」


 侍女はそう言ってくれたが。


『アレを、結婚後も傍に置くとなったら、君はどうする』

《私がお傍に参ります、ですので、どうかあの娘は嫁に出して下さい》


『アレとは恋仲ですら無いのに、君は僕に不便を強いるのか』


《ですが》

『選べる立場では無いとは分かっているが、この話は無かった事にしてくれ』


 他の使用人にも世話をされているが、あの侍女程、居心地の良い者は居ないんだ。

 アレを排除する等とは、僕に不便を強いるも同義だ。




《分かるだろう、惚れているなら、どうか息子の為に目をくれないか》


「はい、どうぞ」

《良く言ってくれた、お前の身の回りの世話はしっかりさせてやる、心配するな》


 そうして私はお坊ちゃまに挨拶も出来ぬまま、何処かへと運ばれ。


《お前も捨てられたのか》


 この声は、ご長男様。


「どうやら、その様で」

《泣くな、まだ術後間もないのだろう》


「出るのでしょうかね、全てを失ってしまったのに」


 いつか、こうなるだろうと思っていた。

 私が目を捧げたら、すっかり用無しになってしまう事も、お傍に居られなくなる事も。


 全て分かっていた。


《俺の世話がそんなに嫌か》

「いえ、ご長男様こそ、申し訳御座いません」


 もう少し顔が良ければ、妾として置いて貰えたかも知れない。

 もっと他の使い道が有ったかも知れない。


 けれど私は不美人。

 お坊ちゃまだけのお世話をしていただけの、単なる無能。


《世話をし慣れていない、何か有れば言ってくれ》

「はい、宜しくお願い致します」




 泣き暮らしていて欲しかった。

 僕の傍に居られなくなり、悲嘆に暮れていて欲しかった。


 けれど彼女は、お兄様の傍で微笑んでいる。


 初めて彼女を見て、初めて笑顔を見たと言うのに。

 嬉しさと嫉妬心で、頭が可笑しくなってしまいそうだった。


 いや、多分、少し壊れてしまったのだと思う。

 彼女と兄を不幸にしてしまいたくなった、彼女達は何も悪くないのに、苦しめたい。


『お邪魔するよ、お兄様』


「あ、え、お坊ちゃま」


 僕は、彼女を抱く事にした。


『君にお礼がしたかったんだ、ずっとね』

「いえ、十分にお給金も頂いておりましたし」


『僕からのお礼だよ』

「待って下さい、そうした事は」


『それとも、金品が欲しいのかな』

「いえ、何も」


『なら僕からのお礼をさせておくれ、君が今までしてくれた事への、お礼だよ』




 そこそこ良い家が没落した、親同士は知り合い、同情心も有りそこの娘を息子の世話係にと侍女にした。 

 そこの男児は目が弱く、既に殆ど見えていない。


 本音としては、侍女から目を頂こうとも企んでいた。


 僕は反対したのだけれど、そいつは姉妹が居ないもんで軽く考えていた。

 子が身内と思えば、何事も無いだろう、と。


「だから言っただろうに、似た年の子女を置けば、惚れるに決まっている、と」


《だが、誰の子か》

「産ませてみたら良いんだよ、損は無い筈だ、家としては特にね。長男に似ていれば男色家疑惑が消せ、しかも家に呼び戻せる、次男に似ていれば。似ていても、もう、どちらでも構わない様にすれば良いだけだろう」


 侍女は兄弟どちらの子か分からぬ子を宿した、兄は男色家だとして絶縁された筈。

 家としては僥倖だろうに。


《だが、家柄も何も》

「アナタは家柄と睦み合う事が出来るのかも知れないが、彼らは違う、子はアナタの分身では無いのですよ」


《子の居ない君に》

「あぁ、そうですか、では失礼します」


《いや、待ってくれ、すまなかった》

「謝罪は後日で、失礼致します」


 彼らは欲張りだ。

 何でもかんでも思い通りにしないと気が済まない、そうした類の愚か者、彼らにはさぞ窮屈だったろう。


《お兄様、あの家って、お義姉様の家として相応しく無いと思うの》


「お義姉様、まぁ、従姉妹になるとと言えばそうだけれど」

《ふふふ、きっと男色家も偽装だったのよ、そう優しく賢い従兄弟に早く継いで貰いたいわ》


「そうだね、そうして貰おうか」

《穏便にお願いね》


 そして彼らは無事、生家に戻れる事となった。




《今回も、投書案件だったんですね》

「さぁ、どうでしょう?」


《僕にも、言えませんか》

「はい、例え神宮寺さんでも、それは無理なご相談ですから」


 それに、もしコレに事実が混ざっているとなれば、探られる事になってしまう。

 ココに載る全ては創作物だ、そう一応は巻末に大々的に載せているんですが。


 やれ自分の事が書かれた、やれ有りもしない事を書いて儲けているだ。

 一般人の皮を被った暇人の、何と多い事か。


《あ、今日も?》

「内緒でーす」


《はぁ、まぁ、守る為ですからね》

「はい、では、失礼致しますね」


 コレは身内案件と言えば身内案件ですから、より内々にしないといけませんからね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る