第3話 姉弟の霊。

 恩師から聞いた話です。


 寺の参道に、姉弟の霊が居た。

 けれど、お互いを認識出来ず、お互いを探している状態だったらしい。


 可哀想に思った恩師は、先ずは寺に向かい、事情を聞く事に。


《あぁ、可哀想に》


 泣き出した尼によると、もう何十年も前の事。

 片方は婚約を断られ、もう片方も、双方共に自死したらしい。


『ご供養はやってらっしゃるかとは思いますが』

《はい、ですが、どうした因縁か騒動を起こした女は、生きておりますから》


『では、ご両親は』

《はい、亡くなっており、片方も自死なのです》


 罪の意識からの自死だろう。

 尼はそう言いながらも、僅かに渋い顔をしたらしい。


『あぁ、恨みをぶつける場所を無くしてしまったんですね』


《せめて、子の憂さ晴らしの為にも、もう少し生きていれば良いものをと》


 そうして母親は、長女、夫、長男を亡くし。

 耐えていたものの、早くに亡くなる事に。


『では、皆さんも、さぞお辛かったでしょう』


《はい、ですが、一体、どうすれば良かったのかと》


 その尼は、長女の婚約する筈だった者の、御母堂だった。


『そうでしたか』


《あの子も、結局は仏門へと入りました》


 そして厳しい修行ばかりを行い、寺を破門になると、次は修験者へ。

 それ以来、音沙汰は無いと。


『では、旦那様は』

《甥に継がせ、更に山奥へ、元気にしているそうです》


『お辛かったでしょう、見えずとも、感じてらっしゃったでしょう』


《ぅうっ》


 周囲からは責め立てられ、けれど誰にも真相を言えず、ずっと苦しんでいた。

 だが、考えてもみて欲しい。


 真相を言ってしまっては、四方八方に傷が付く。


 その尼は、ずっと、抱え続けていた。

 最も悪くないだろう者が、最も苦しんでいる。


『私は歩き巫女の新米ですが、どうかお手伝いをさせて下さい』


《はい、どうか、宜しくお願い致します》




 何故、どうして、見える者が供養出来るのか。

 何故、どうして、見えぬ者には簡単に払えないのか。


 コレは非常に簡単な事。

 分かっているかどうか、だ。


 見えずとも、感じ取れていたなら、恨みが有るかどうかが分かる。

 だが、その程度では何故、どう恨んでいるかまでは分からない。


『では、始める前に1つ』

《はい、なんなりと》


『この子達は、アナタを全く恨んではいませんよ』


《ぁあ、ああっ》


 正しく理解する事が、先ずは1つ。


『この子達は良い子だったのでしょう』

《っはいっ》


『罪の意識が有るんです、死んでしまったものの、やはり申し訳無い事をしてしまった。そう後悔しているんです』

《ぅう、はぃ》


『自分は地獄行きだ、けれどもせめて姉は、弟は。そうやって互いを思いやっていても、自死した事が許せない。互いが互いに、自死した事を許せないんですよ』

《ぅうっ》


『アナタも、許しましょう、アナタを。子供達が責めているのは、親、両親です』


《ですが、私が》

『アナタも、この子達も、恨む先を間違えている。唆された方も確かに悪い、けれど唆し、剰え脅した者は誰か』


《あの女は、確かに悪い女です、ですが》

『悪しき育ちでも、真っ直ぐ育つ子は育ちます。血筋だけでも育ちだけでも無い、それら全てが悪かった、そう開き直る者は善ですか』


《いいえ、ですが》

『罪を憎んで人を憎まず、コレはあくまでも裁く立場からの事、公の場で裁く場合のみの事なのですよ』


《ですが憎しみは》

『何も生まない。そう思い、捨てるべき事、捨てれる様に目指すべき。ですが、それは生者の理です、死者が恨む事は苦しみに嗚咽する事と同義。だからこそ、恨まれぬように生きるべき、そうは思いませんか』


《もう、恨むしか無いのですか》


『息を吸ったまま、吐かずにいられますか』


《いいえ、ですが》

『その後を、アナタに頼みます、あの子達が地獄から早く抜け出せる様に』


《はい》




 そうして恩師は姉弟の波長を合わせ、その先で余る力を、件の女へと向けた。


 直ぐに手応えが有ったらしい。

 そう直ぐに結果が出る事は滅多に無いらしいんだが、何が味方したのか、その直ぐ後に亡くなったらしい。


『はい、終わりました』


《あの子達は》

『再会を喜んでいますが、もうじき、また離れ離れになるでしょう』


《せめて、どうにか》

『願ってやって下さい、もう、この子達を思う人は僅かですから』


《はい、はい》


 どうしようも無くなっている霊の大半は、何枚もの分厚い覆いが被さり。

 ただ覆いから抜け出したいと思うように、ただ憎らしい、悲しい辛いとの思いで手一杯になっている。


 そうした膜を剥がし、1つの方向へ向け、思いを遂げさせる。


 正しい恨みなら、閻魔様だって何も思わない筈だ。

 その恨みを買った上での寿命を把握している筈、殺される事も含めた寿命の筈なんだからな。


 それに、良く考えて欲しい。

 逆恨みならまだしも、恨んで殺されたくないなら、そんな事をしなきゃ良い。


『じゃあ、もう行くよ、達者でね』

《はい、本当に、ありがとうございました》




 以前に掲載されていた事に関し、お手紙を出させて頂きました。


 彼女の婚約する筈だった者です。


 彼女は、最後に会いに来てくれました。

 親を説得出来無かった私を、支えてやれなかった私を、最初から許していたと。


 夢枕に現れただけですが。

 親も、私自身も、許そうと思います。


 あの人を救って下さり、本当にありがとうございました。




『コレで5通目、か』


 あの物語の掲載後、こうしたお手紙が全国から来ており。

 正直、この事が1番堪えます。


 こうした事が、方々で起きているのかと思うと。


《林檎君、コレは偽物だよ》

「神宮寺さん、分かるんですか?」


《この字は、前にも見た事が有る気がするんだ。特に、ココとココ》

『あぁ、言われてみれば』

《確かにそうですね》

「神霊での事では無いんですね」


《どうだろうね、もしかすれば天神様のお陰かも知れない。そう思うと、くず餅が食べたくなってきた様な》

《あ、今の時期はかき氷が有るそうですよ》

『あぁ、1度食ったけれど美味かったよ、先生にお渡しするついでに行ってきなさい』


「はい、ありがとうございます」


 理不尽で不条理は嫌いです。

 天網恢恢で有って欲しいですし、出来れば天罰覿面で、信賞必罰の世で有って欲しい。


 それこそが秩序と平穏を齎す。


 僕はそう思っているんですが。

 そうであっては困るのか、僕の様に考える者を批難する、そうした方が居るのも事実で。


《くず餅氷が食えると言うのに、君は浮かれていないね》


「すみません、僕は当たり前の事を考えている筈なのに、それらを批難する方が居て」

《脛に傷を持つか、偉ぶりたいか、馬鹿で阿呆か。浮遊霊の事を教えよう、何故そこらに居るか》


「あぁ、何故地縛霊でも何でも無いのか、ですか?」

《そうした者が、大概はそうなると言う事だよ》


「本当に言ってます?」

《どう証明すれば信じるだろうか》


「やっぱり、僕に見せるしか無いかと」


《あの少年は、君を土台にしているせいで、そう沈んでしまうんだろうか》


「そうなんでしょうか。ただ僕に、もっと何か出来無いのか、と」

《しているじゃないか、悪しき見本を知らしめ、良き見本で夢を与える。僕がする事より遥かに多くへ影響を与え、道を示しているじゃないか》


「でも、それが、正しく伝わらない事が悔しくて」

《それが叶うなら、事件はもっと少ない筈、だろう》


「確かに、ですけど」

《そも分野が違う、悪人を捕まえるのは警察だ、そして悪人を突き出すのは目撃した一市民。君は中庸であり続け、悪人を見付けたら突き出す、当たり前の事を当たり前に続ける事が1番だと思うよ》


「今は、何でも良いので突き出したいです」

《君の周りは運が良いからね、それも含め感謝し、同じ日々を生きるしか無い》


「あ、こうしてでっち上げが出来るんですね、成程」

《そうだね、余った正義感が歪み、果ては発露する》


「それでも余り、でっち上げか、批難か」

《そうそう》


「成程」

《あぁ、来た来た、凄いねコレは》


「ですねぇ、頂きましょう」

《では、頂きます》

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