第2話 子の罪。

 親の罪を、子に背負わせるべきでは無い。


 分かっている。

 分かってはいるが。


『どう脅されようとも白を切り、1人墓場まで抱えて行くか、離縁すれば良かったものを』

《そう言う方なのでしょう》


「すみません、僕も全く気付きませんでした」

『あぁ、私達もだ』

《まさか、まさかね》


 人は見掛けによらない。

 良い身なりの愚か者も居れば、粗末ながらも賢い者が居る。


 だが、大概は相応の格好をしている。


 ウチに来た、件の下卑た女の様に。

 下品に着飾り、高い物を見せびらかす様に身に着け、平気で人を脅す。


「本当に、すみませんでした」


 息子も驚き、さぞ衝撃を受けただろう。

 そう私達も信じられる程、彼女は良い子だ。


 だが、悪しき縁と連なる事を許せば。

 また次も、私達の孫や、曾孫が。


『もう部屋に戻って休みなさい』

《そうね、行きなさい》


「はい」


 血が滲みそうな程に、固く拳を握り締め。

 さぞ悔しかろう、口惜しいだろうに。


《アナタ、あの子、例の女を殺しに行ってしまわないかしら》


 全く、考えもしていなかったが。


『あぁ』

《あの子の為にも、出来る事はしてみましょう》


『あぁ、そうだな』


 諦めるにしても、ただこうして門前払いするだけでは、私達親の信用を失う事にも繋がり兼ねない。

 親は鬼でも菩薩でも無い、だからこそ、常に塩梅を加減しなければならない。


 子の事も、何もかも。




「ちっ、ちょっと、脅しただけだろうに」

《ダメよ、ダメなの、ちっともダメなのよ。他の家は良いかも知れないけれど、そうね、以降は相手を見て喧嘩を売りましょうね》


「わ、分かったから」

《それは今だけ、でしょう?ダメなの、それだけではダメなの、ダメなのよ》


「わ、悪かったってば」

《とてもイヤなの、悪い人も悪い事も、とてもイヤなの》


「もう、関わらない、近付かないから」

《そこも、ダメなの、最初からダメだと分からなかった事がダメなの》


「どっ、どうしろって言う」

《それもダメ、開き直るだとか逆上する、なんて言うのはもっとダメ》


「あ、謝るから」

《ダメ、アナタは肥溜めに行くの、世の為人の為の肥料になるの》


「わた、私を、どう」

《そうね、ミミズだとか男達の性欲処理の道具だとか畑の栄養、だとかになるの》


「い、言う事を聞く、聞くから」

《そんな賢さも頭も無いでしょう、だからダメ、ダメなのよ》


「お願いだから」

《ダメ》


《よし、連れてくか》

『あぁ』

「ちょっと、アンタ達、助けておくれよ。何でもするから、金も、金でも何でもやるから」


《どうして馬鹿だの悪人だのは、こうも同じ様な事を言うんだろうな》

『馬鹿だから悪人になるんだ』

「頼むよ、子供が居るんだ、旦那が帰りを待ってるんだよぉ」


《あぁ、お前にはもう旦那は居ないぞ》


「は?」


《本当にケバいなこの女、化粧にヒビが入ったぞ》

『あぁ、本当だな』


「あ、アンタ達」

《アンタは捨てられたんだよ、もっと若くて気立ての良いのを紹介してやったら、好きにしろってさ》

『残念だが、アンタの子は、もうあの家には居ない』


「アンタ達!あの子をどうしたって言うのよ!」

《他人様の子供を傷付けておいて、お前がソレを言うかよ》


「あの子には!」

《罪は無い、なら、アンタはどうして他人様の子を傷付ける様な真似をした》


「だから、ちょっと」

《なら俺らも、ちょっと軽い遊びのつもりで、だ》


「何なのよアンタ達!!」

《アンタもな、悪鬼の生まれ変わりにしたって、質が悪過ぎだろう》

『間違って餓鬼が六道輪廻から落ちて来たんだろう』


《それか蜘蛛の糸を引ったくったか》

『あぁ、だろうな』


「何なんだい!そうやって!」

《ココで逆上すればどうなるか、全く分からない頭だからだ、馬鹿が》

『いい加減飽きた、黙らせるぞ』


《あぁ、もう十分だろう》




 妻から、先ずは女と夫を別れさせる、別れさせ屋を頼もうと提案され。

 幾ばくか妻の伝手を使って貰い、頼んだんだが。


「いやぁ、前のはどうやら男を作って逃げてしまいましてね。でして、もしや、アナタも」

『いえ、ウチに尋ねてらっしゃったそうなんですが、生憎と用件を聞き逃したそうで』


「あぁ、そうでしたか。きっと何かの間違いでしょう、アレは酷く抜けた女で、記憶違いも多いですから」


 今までの笑い顔は消え、声も低くなり。

 まるで別人かの様に。


『では、重要な取り次ぎでは無かった、と』

「あぁ、いえいえ、有りました有りました。出来れば今後も互いに切磋琢磨していきましょう、と言う事ですよ」


『そうでしたか、では』

「はい、前のが世話になりました、では」


 噂とは当てにならない。

 金を食い潰すだけの三代目との噂は、どうやら間違いだったらしい。


《アナタ》

『大丈夫だ、何も無かった、そうだ』


《そう、良かったわ、ふふふ》


『だが、まだ、向こうがな』

《そうね、けれど学の無い方なら、少しは教えてやっても良いのでは?》


『教える程度で、済めば、な』


《少なくとも、あの子は理解している筈ですわ。何でも、仏門に入られるんだそうで、肉断ちを既に》

『まだ若い身空に何て事を』


《それだけ未練が強いと言う事、それだけ、ご両親も許せないのでしょう》


『他に、誰を』

《血ですわ、自らに流れる血筋。命を絶とうとしないだけで、私は、もう十分だと思いますけれどね》


『だが、このまま許す事は』

《ええ、勿論、無理な事ですわ。まだまだ、向こう方は何も、していないのですから》


『あぁ、孫にまで、こうした苦しみを味合わせるつもりは無い』


 甘さとは、安易な妥協に過ぎない。

 そしてそのツケは、例え子の代に現れずとも、以降の影に潜み続ける。





『む、息子が、種無しに』

「はい、私の目の前で、あの子は血塗れに」


『だが、手紙には』

「証拠になってしまうから、でしょう。ですからどうか、アナタの中にだけ、留めておいて下さい」


『あ、あぁ』


 けれど、夫は言おうとしてしまった。

 文で、夫は自らの両親を呼び出してしまった。


「あぁ、やっぱり」


『どうして、ココに』

「あの人は罪の意識に潰され、もう錯乱してしまったかも知れません、ですからどうか取り合わない様にと。アナタ、また、言ってしまおうとしたんですね」


『違うんだ、許してくれ、両親なら』

「聞かされる身にもなって下さい、そう慮る事が出来無かったからこそ、私達は更に親を苦しめてしまった」


『すまない、だからこそ、せめて両親に謝罪を』

「あぁ、罪を背負う為では無く、本当にただ楽になりたかっただけ、だったんですね」


『違うんだ、すまない、本当に悪いと』

「私達は、それだけ、で許し合ってしまった。許し合うべきでは無かった、離縁しアナタからお金を頂き、幾ばくか経ってから再婚すべきだった」


『君の優しさには、本当に』

「いえ、私のは単なる甘さ、怠惰なるものでした。ごめんなさい、アナタを甘やかし、本当に償わせる邪魔をしてしまった」


『すまない、許してくれ』

「その先は、どうなるとお思いですか。また、なぁなぁのまま、またアナタを許す。それは一体、誰の為になると言うのでしょう」


『許してくれ、すまない、あまりに辛く』

「その辛さを両親にまで背負わせる事は、親不幸では無いのでしょうか」


『けれど、あの、あの子にはもう』

「いずれ病に罹り、子を成せなくなり、養子を貰い結婚するかも知れない。私達は、そう隠そうとも考えようともしなかった、私達は結果的に手を抜いてしまったんです」


『けれど、頑張っていたじゃないか』

「努力をしたからといって、子に不幸を招いては同じ事。あぁ、アナタは、根っこは何も変わっていない。ただ、私達の目の前だからといって上手く繕っていただけ」


『違うんだ本当に、悪かった、すまな、あまりの事に動揺していただけなんだ』

「動揺し、謝れば済むのは、本人だけ。私達は、親不孝な子供、せめてもう苦労は掛けない様にしましょう」


『分かった、許してくれ、すまなかった』


 この人は、唯一話せるのが私だけだからこそ、こうして縋っているだけ。

 孤独に耐えられず、縋り頼る相手が欲しかった、だけ。


「本当に償う気が有るのでしたら、ある程度まで、長生きしましょうね」


 子に、早死させてしまったと、そう罪の意識を与えない為にも。

 私達は、決して死んではならない。




『凄いな坊主は』

《全くだよ、股間にシメた鶏を挟んで、刺すだなんてね》

「すみません、変な事に巻き込んでしまって」


《いや、悪霊になられるよりマシさね》

『あぁ、ですね』

「やっぱり、歩き巫女さんには見えるんですか、霊や何かが」


《そりゃね、生霊も悪霊も、強いのなら大概のには見えちまうもんさ》

「僕、見たいんですけど」


《いやいや、止めときな、見え始めたらずっとかも知れないんだ。悪い事とは目を合わん方が良い、悪運にも魅入られちまうかも知れないからね》


「こう、ちょっとも」

《ちっとでもだ。先ずはたんと学んで、道理を理解して、体を鍛えてもダメなら仏門。それでもダメなら、次は神霊さんの道理、そこにも無いならだ》


「凄く、掛かりそうですけど」

《あぁ、そう簡単に誰にでも見えたらどうなると思う、不意に村の半分が見えたらだ》


「大混乱」

《あぁ、それにお前さんにはそうした縁が無い、見えたら死ぬか一生見えたままかも知れないね》


「学んで、おきます」

《そうしなそうしな、さ、もう行きなさい》


「はい、ありがとうございました」


 そして案の定、父さんは言おうとして、母さんはそこでやっと目覚めました。


 コレは、僕からの最初で最後の親孝行です。

 あんまり何にも無いのは、流石に、人として不義理だと思うので。


《あら、お帰りなさい、寄り道かしら?》

「すみません、遅くなりました、少し歩き巫女さんと話していて」


《あら、あらあら、珍しい方が居たのね》

「はい、とても素晴らしい含蓄を分けて頂けました」


《そう、もし他でも困っていたら、しっかりお助けするのよ》

「はい」

《あ、お帰り、寄り道してたんでしょう》

「男の子にも事情が色々と有るんだよ」

『あぁ、帰って来たか、例の本が届いたよ』


「わぁ、ありがとうございます」

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