第19章 投書と作家と担当。

蝶と蜘蛛。

 私は1度、死にました。

 前世は女、今は男です。


 1度で良いから愛されたい。


 私はそう思いながら、死にました。


 大切に思われ、大切にされたかった。

 例えどんなに短くても、愛されていた、そう思える出来事が欲しかった。


 私は馬鹿で阿呆でした。


 惚れ合った筈が、良い様に扱われ。

 不満を言えば捨てられる。


 私は馬鹿で阿呆でした。


 そんな事を何度も繰り返し、最後の夫にも、欲しかった愛は貰えませんでした。

 ただただ、程良く便利な妻でした。


 どうして、愛されないのか。


 見る目が無く、選別する知識も無く。

 馬鹿で、阿呆でした。


 ですが、生まれ変わってみると、ソレだけでは無いのだと分かりました。


 悪いのは大人も同じでした。


 どう選べば良いのか、どうした男はダメか。

 基準も塩梅も加減も、あやふやで、情報はチグハグでした。


 ですが、相変わらず私は馬鹿で阿呆です。

 世を動かす知恵も持ってはいません。


 ですので、夢を、愛を与える事にしました。




「すまない」

『いいえ、私も悪いの、ごめんなさい』


「いや、元気で」

『アナタも』


 とても愛していたけれど、どうしようも無い理由で別れる。


 私は、私なりに彼女達を愛していました。

 私が愛されたかった様に、私は彼女達を愛し、別れました。


 そこに本当に、偽りは有りません。


 優しく、良い子で、だからこそ別れるしか無いと分かる子達。

 反対に、どうして別れねばならないかが分からない子には、分かるまで道理を説きました。


 駆け落ちをしては、子から祖父母を奪う事になる。

 助け無しに家庭は気付けない、その苦労は子へと引き継がれる事になる。


 愛しているからこそ身を引く、愛しているからこそ手放す。

 そう理解してくれるまで、言葉を尽くし続けました。


 全ては、思い出として残す為。

 全ては、もう自分の様な者を出さない為。


 自分には一時の愛で十分なのだと。

 そう、ずっと言い聞かせながら。




『あぁ、君が噂の』


 流石に2回も人生を送ると、経験を経たからこそ、何と無しに分かります。

 質の悪い同業者だ、と。


「コチラこそ」


 そうしてお互いを認識し、接する事は有りませんでしたが。

 

 彼は男女の見境も節操も無く、諍いが起こる事を寧ろ好んでおり。

 あまり関わろうとはしなかったのですが、ウブだろう娘さんに手を出そうとしたので、止むなく関わる事になり。


『君の何の琴線に触れてしまったんだろうか』


 私と関わる意味が無いと言うのに、彼は私に絡んできた。

 どうやら私と関わりたかったらしい、そう気付いたのは、その時だった。


「私は、どう君の琴線に触れてしまったんだろうか」


『全て』


 なんだか気に食わない、相性が悪い。

 そうした事なのかと、私は狩り場を移る事にした。




「謝れば良いなら謝罪する、けれど私が一体何をしたんだろうか」


『良く似た得体の知れない何か、それは実に気味が悪いだろう』


 確かに、彼にしてみれば金も何も搾取せず、清いままに放つ。

 それが堪らなく奇妙に見えても不思議は無い、けれど、彼に理解が出来るだろうか。


 いや、無理だろう。

 本気になられてしまったら、直ぐに逃げてしまうのだから。


 だが、それでも言わない道理は無い。

 例え理解されずとも、邪魔をされようとも、彼女達に偽りが届く事は避けたい。


「愛されたかったからこそ、愛しているだけだよ」


『そんな事を』

「本当だよ、ただ愛されただけの記憶を、誰もが得られるべきだ。彼女達はいつか結婚する、そこに大した愛が無くとも、私との愛を心の支えにして欲しいだけだよ」


 そう指標にし、蔑まれる事、粗末にされる事から逃げて欲しい。

 我慢してはならない範囲を理解し、死んでしまいそうになる前に、絶望してしまう前に逃げて欲しい。




『やぁ、一緒に遊びに行こうか』


 それ以来、懐かれたのか監視行為なのか、彼は私と関わる様になった。


 だが邪魔をする事も、横取りする事も無く、全く違う高嶺の花を落とすだけ。

 けれども稀に失敗も有る、その失敗とは、金銭を巻き上げられない事だった。


「また失敗したんだね」

『次だ次、次は男だ』


 彼と一緒に居る事で、彼の真の狙いが分かった。

 富の再分配だった。


「君は良い家の子なんだね」


 所作の美しさは勿論、目利きは鋭く、地味だろうと華美だろうと見抜き。

 しっかりとした教養も有り、本来なら知的な会話を好む。


 そう私が見抜いた事が、不快だったらしい。

 私は酷い暴行を受け、大怪我をした。


 そして、その世話を彼が熱心に行った。


 そこで私は気付いた、彼もまた、マトモに愛されたかった者だったのだと。




 俺は、子供の頃に酷い目に遭った。

 躾けだと称し母には毎日殴られ蹴られ、暫くすると愛人と逃げた。


 そして妾の子として、父の元に引き取られると、父の男妾に可愛がられる様になった。


 父は、知りながらも無視をした。

 不能者だからこそ、その男に逃げられては困るからだ。


 俺はそんな家で育ち、金を持って逃げた。

 大金でも無い、ただ逃げる口実と嫌がらせも含め、持ち逃げしただけ。


 その後は良く有る通り、陰間茶屋に逃げ込んだ。

 幸いにも良い支援者に恵まれ、つい先日まで好きに過ごしていた。


 けれど、気に障る男が現れた。

 ウブそうなのは時に逃がし、時には程々に怖い思いをさせるが、自分の獲物にもせずに放つ。


 また、偽善者か、と。


 コレも良く有る手口。

 獲物の耳に噂が入る様にし、株を上げてから近付く。


 鼻に付くようになったその時は、横から奪ってやろう、と。


 だが、全くそんな素振りは無かった。

 程々に社交を楽しみ、偶に女を連れて来るだけ。


 そして暫くすると、次の女へ。


 まさに大人の遊び方。

 それがまた、酷く気に食わなかった。


 全く、意味が分からない。


 毎度毎度、常に女を本気で愛している様に見えながらも、何処か憂いも含ませていた。

 毎回、どんな女にも。


《痘痕も靨、にしても限界が有るだろうに》

『君の好みは鋭いからね、どうせアレは、何でも良いのだろう』


 その通り、良い女なら誰でも良い男だった。

 身分も何も関係無しに、優しい女、良い女を得ては振り続けた。


《惚れっぽいにしても、限度が有るだろうに》


『あぁ、にしても、一体どう綺麗に別れているんだろうか』


 そう探ってみると、結局は大した男では無かった。

 親に認めて貰えなかった、と。


《良い家だとしても、限度が有るだろうに》


 だが、彼の家はさして良い家では無かった。

 寧ろ彼が家を大きくさせ、親は見合いも無理には勧めない程。


 けれど、女達は素直に引き下がる。

 そう良い家でも無いと言うのに、大して揉めずに別れていく。


『全く、意味が分からない』

《あぁ、僕もだ》




 そうして俺は彼の身近で、観察する事にした。


「あぁ、今回は上手くいったんだね」

『勿論、君を見習って上品にしてみたら。まぁ、こんなものさ』


「程々にね、君の身も安全が1番なのだから」


 俺がしている事を知りながら、決して咎めはしなかった。

 そして邪魔をする事も、ウブでさえ無ければ、良い女で無ければ気にしなかった。


『分かった、程々にしておくよ』


 男同士にも妬み嫉みは有る。

 この助言のお陰で、俺は下手を打たずに済んだ。


 本来の目的を忘れ、そう親しさに馴染んでしまっていたのだと思う。


「君は良い家の子なんだね」


 全てを見透かされた様で。

 俺は、酷い事をしてしまった。


『本当に、すまない』

「いや、私も軽率だった、気にしないでくれ」


 だが、再び俺は許せなくなった。


 あの、女達を慈しみ様な目で俺を眺める様になり。

 また、俺は酷い事をした。


『本当に、すまなかった』


「今回は、何故か予想も付かないんだ、教えてもらえるだろうか」


 俺に言わせたいのだろう、そう思い、俺は殺してしまった。


 偽善者と罵り続け。

 殴り、首を締め、犯した。


『偽善者が』


「そうかも、知れない。すまない、全て君に差し出すよ」


 何の反省も無い事が、悔しくて悔しくて。

 体が冷たくなるまで、彼の首を締めていた。


 そして彼の言う通り、彼の鞄を持ち、遠くへ逃げた。


 だが、直ぐに彼の内縁の妻だと言う女と、その後ろに従う女達に捕らえられ。


《生きて、外で後悔して下さい》


 俺は顔をザックリと切られ。

 また次の女には薬液を掛けられ。


 また違う女に顔を焼かれた後。


『ぅう』

《私達は、アナタを決して許さない》

「あの人の事を良く理解し、決して忘れないで下さい」


 女が渡してきた分厚い本は、彼の日記だった。


 そこには妄想とも夢とも思える様な事が書かれ、女達を愛する理由が書かれており。


 そしてもし、誤解される様な事が有れば、その誤解を解く事に使って欲しいと。

 そこには今までの女の事、俺の事。


 いつか殺されるだろ事まで、書かれていた。


『そんな』

《後悔して生きて、いつか誰かを助けて下さい》

「あの人が救う筈だった数まで、アナタは決して死ねない」


 そうして女達に顔を上げさせられると、目の前には狼が。


 喰われる。


 そう思った事までは覚えている。

 けれど気が付いた頃には、女達も、狼も居なくなっていた。


 残っていたのは僅かな金と、彼の日記だけ。


 まだ混乱していた俺は、その場から逃げ出し。

 山奥へ山奥へと逃げた。




「あらアンタ、酷い怪我だね。ははん、妬みを買ったんだろう、良く有る事さ。おいで、取って食いやしないよ、私は単なる梓巫女だ」


 俺は梓巫女が何なのか、全く分からなかった。

 けれど巫女と言うだけで、俺は疑う事無く、その婆さんの治療を受けた。


『ありがとうございました』

「良いんだよ、袖擦り合うも、情けは何とやらだ。後悔しているんだろう、なら、それで良いんだよ」


『俺は』

「いや、聞きたくないね、厄介事は霊だけで沢山だ。なに、何か恩義を感じるなら、都会の楽しい事でも話しておくれ」


 楽しい事と聞かれ、俺は真っ先に彼の事を思い出した。

 何も憎くてやったんじゃない、ただ怖かった。


 悔しかった。

 悲しかった。


 俺の欲しがっていないモノを、俺に勝手に与える事が。

 どうしても、許せなかった。


『何も無くても良かったのに、余計な事をするから』


「そうかいそうかい、ならソイツが全部、悪いんだろうね」

『違う!』


 違う。

 そう言って、やっと理解した。


 単に尋ねる事が、受け入れられる事が怖かった。

 ただ、無条件に愛されてしまう事が、それを知る事が本当に怖かった。


「長く生きれば色々と有るさ、先ずはメシだ、メシにしよう」


 それから暫くそこで過ごし、そのまま梓巫女の婆さんに付いて行く事になった。

 そうして梓巫女の事、霊や怪異について教わり、婆さんには都会の事を聞かせた。


『何が楽しいんだか』

「そもそも、知るって事は楽しい事だ、しかも何も知らない場所の事は特に良い。何の、嫌な思い出も無いからね」


『婆さんは、前世ってのを信じるか』

「勿論、私の前世はオケラだよ、はっはっはっはっ」


『婆さん』

「本当だよ、どう言うワケか私だけ偉く頭が良くてね。人を見て人になりたがっちまったんだよ、あぁ、楽しそうだってね。けれど分かるだろう、人は大変だ、どんな獣よりね」




 結局、婆さんが亡くなるまで世話になり、俺はそのまま梓巫女の補佐をする事になった。


 けれども単なる山越えの補佐。

 日頃は炭焼きをし、殆どを物々交換で凌いでいると。


《あぁ、アンタが、あの婆さんの》

『はい、補佐をしていましたが、何か』


《もし、アンタが望むなら見せてくれって頼まれていてね、アンタの後ろの人の事だよ》


 恐ろしくなったと同時に、俺は嬉しくなった。

 俺を心配し、まだ成仏していなかったのかと。


『俺の、せいですか』

《だね、けれども、そろそろ成仏させてやんないかい》


 長くこの世にいれば、いずれ悪霊となってしまう。

 けれど、俺はそれで殺されるのも構わなかった。


『このままなら』

《あぁ、アンタが望む様にはなんないよ、いずれ離れてから悪さをする様になる。どれも同じなんだ、大事だからこそ、最後は猫みたいに離れちまうんだよ》


 もっと前に、婆さんに言われても俺はこのままにしていただろう。

 そう離れるまで、最後まで。


『お願い、します』

《あいよ》




 また、昔の様に、いつも通りだった。

 まるで悪夢を見ていた様で、コレが本当なのだと。


「ウチのが悪かった、騙した様な事になり、すまなかった」


『何でアンタが謝るんだ』

「ずっと謝りたかった、悪かった、愛しいと思って悪かった」


『だから、何で』

「言えば良かった、君になら、全てを。けれど自分の事を言わず、暴いた様な事を言って、悪かった」


『違う、俺が』

「なら、お互い様だ、謝り合うのはもう止めよう」


『愛してたんだ』

「あぁ、分かってる」


 そうして触れたと思った時、夢から覚めた。

 それにあの気配も、もう無い。


 けれど。


《あぁ、見える様になっちまったかい》

『はい』


《はぁ、全くあの婆さんは、貸し1つだよ》

『はい、ありがとうございました』


 それ以来、俺は梓巫女となった。


 と言っても大した力は無い。

 寧ろ連絡係、魁を担っていた。


 連絡が途絶えた場所へ向かい、様子を伺う。


 男の梓巫女は殆ど居ない、と言うか同類に会った事は未だに無い。

 そうして単なる連絡の不具合なら接触し、不味い状況なら増援を待つ。


 そうして方々を歩き、女達に言われた様に、幾人も助けたが。

 全く、お迎えが来る気配も無いまま、足腰だけがダメになっていった。


 いずれ、そうなると知っていた。

 婆さんに亡くなる直前、犬神、狼が憑いていると言われ。


 あぁ、アレか、と。


 内臓の病気も無く、頭もハッキリしたまま、いずれ歩けなくなる呪い。

 その時から、俺の命運は決まっていたのだと思う。




『あぁ、起きたかい』


 最後になるとは思わず、いつも通りに助けたのは坊主だった。

 しかも、やたらに良い顔の坊主だった。


「すみません、三途の渡し賃を持っていなくて」


 品の良い子で、まさか酷い目に遭っているとは思わず。


『ふっふっふっ、アンタ、そんなに若いのに死のうとしてたのかい。残念だけれど、ココはまだ現世だ、アンタにはまだやる事が有るって事だね』


 半ば励ますつもりが、偉く泣き始めた。

 そして悟った、両方から、親からも酷い目に遭ったのだと。


 それから何とか宥め、学を積む為にも、近くの同じ宗派の寺へ戻し。

 体を鍛えさせ、身を守れる様にと、あらゆる事を教えた。


 けれど、体の衰えは進み。

 とうとう、起き上がる事もままならなくなり。


 このまま、頭がハッキリしたまま、何も教えてやれないまま。

 あの坊主の世話になるのかと思うと、悔しかった。


 もっと、坊主に生きる知恵を分けてやりたい。

 もっと、しっかりするまで、と。


 その時だった。


「御老体、おはようございます」


 坊主の後ろに、後光が見えた。


 やっと、迎えに来てくれたんだと。

 やっと、会える。


『泣くな泣くな、コレは寿命、老衰と言うんだよ。やっとだ、やっと、お迎えに来て貰えた。きっと坊主のお陰だろうね、ありがとう、しっかりやるんだよ。はぁ、疲れた、疲れたよ』

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