第7話 幾人目かの婚約者。

 彼と最初に会ったお座敷で、彼は最初よりも上機嫌で。

 妖艶に、優しく微笑んでらっしゃる。


「あの、どうして私なのですか?」


『知る限り、全てが気に入った』

「大雑把、ふふ」


 お顔に破壊力が有る方、とは、正にこうした方を評しての事なのですね。

 妖艶な方の破顔は、とても目を釘付けにされてしまう。


『なら君は、口説かれてくれるのか』


 少し真面目な顔つきになると、前のめりに。


「あぁ、それは」

『声も良い、話し方の調子も』


「あ、私、音痴ですよ音痴」

『なら聞かせてくれないか』


 何かを言う度、ジリジリとにじり寄られ。


「あー、それは、お耳が勝手に塞がってしまう程の音痴で」

『利発で機転が利くのも良い』


「若い女の割には、で」

『驕らず謙虚で控え目なのも良い』


「私は凄く良い女です」

『あぁ、良く知ってる』


 私はとうとう、窓辺に追い込まれてしまい。

 押し倒され、思わず。


「あ、じゃあ好きです、抱いて下さい」

『分かった』


「えっ」

『母の事も父の事も改めて聞いた、俺は全く違う、そして君も全く違う。けれど試してみなければ分からない、勿論、最後まではしない』


「あ、え?」

『戸惑う顔も愛らしいな』


 色気たっぷりに微笑んで、私の頬へ手を。




「ぅうん」


 上手く口説けていた筈が。


『どうしてココで眉間に皺を寄せるんだ』


「私、情愛を求めるなと仰って頂けて、お顔が良いからこそホッとしていたんです」


『本当の夫となるなら、あまり顔が良くない方が良いのか』

「はぃ、アナタは練り切りなんです、和菓子の。見るのは良いんですけど、私、食べるのなら浅草の松風の方が好きで。見ているだけなら大丈夫だろう、色狂いにはならない筈だ、だからこそ最初はお受けしたんです」


『色狂い』

「流石、色男でらっしゃるなと、お噂をお顔で納得してしまいましたので」


『君から見ても、そんなに、いやらしい顔をしているのか』

「はぃ、なのに寵愛を受けた後に飽きて捨てられてしまったら、きっと怒り狂って刃傷沙汰にしてしまうかも知れませんので」


『俺が飽きない、捨てないとは思えない、か』

「相性も御座いますでしょうし。その、大きさがあまりにもですと、ただ痛いだけだそうなので」


 恥じらうと言うより、本当に痛みが有るかの様に眉を顰めて。


 もしコレが色狂いになるとしたら。

 寧ろ、それはそれで、俺は。


『なら確かめてみるしか無いな』

「もしコレを、婚前交渉を認めるのは、はしたない事ですし」


『君が煽らなければ最後まではしない』

「それでも、婚前交渉は婚前交渉ですよ?やっぱりはしたない女だったんだな、なんて言われたら」


『言わない、そもそもコレは俺の為でも有るんだ、叱られるべきは寧ろ俺の方だ』


 俺の方が幾ばくかでも年が上、我慢し相手を御すのも本来なら男の努め。

 女に手を出し責められるべきは、力の強い男の方。


 そう思っていても、こう抱き締めてしまうと。


「あ、あの、覚悟はしてきたのですが。やはり胸が跳ねて、苦しくなってしまいますね」


 俺の思いとは真反対なのか、頬を僅かに赤らめる程度。

 そこでふと我に返り反省した、俺ばかりが好いて惚れているだけで、彼女には何の気持ちも無いかも知れない。


『君は、本当に良いのか、好いてもいない男に』

「あ、私の考える情愛と同じなのかと聞こうと思っていたんですよ、すっかり忘れてました」


『君の思う男女の情愛は、どの様なモノなんだ』

「お相手のお子を、自分の血を混ぜたお子を望むかどうか、かと」


『俺は、先ずは触れたいと思うかどうかだ』

「あ、私も触っても宜しいですか?髪の毛」


『君は、良く今まで無事でいられたな』

「実は既に無事では無いかも知れませんよ」


『病が無いなら些末な事だ、髪を触ってくれて構わない』

「では、失礼致しますね」


 撫で付けてもいない雑多に切った髪の毛を、嬉しそうに。


『触り心地はどうだ』

「とても良いです、私はうねっていますから、とても羨ましくて触ってみたかったんです」


『なら君も俺を好いているんだな』

「でも、私、お坊さんの頭を触らせて頂くのも好きなのですが」


『触らせる破戒僧が居るのか』

「え、いえ、尼の方です」


『あぁ、そうか』


 早とちりをした自分の嫉妬心に、思わず彼女の首元に項垂れてしまった。


「ふふ、息がくすぐったい」


 煽られているのか、試されているのか。

 まるでウブな反応に眩暈がしそうになった。


 昨夜、恩人に言われた通り処理をしておいて良かった。

 もし高を括っていたら、今頃は。


 今でコレが、俺は最後まで本当に自制が出来るんだろうか。


『あまり、煽らないで欲しい』




 私自身の大きさは良く分からないのですが、林先生も仰っていた様な大きさでは無かったので、多分ですが夜伽は可能だとは思いますが。


「あの、やっぱり、破棄をお願いしたく」


『何故、どうして』

「もしかすれば、色狂いになってしまいそうだな、と。ですので」


『その責任も取る』

「ですけど、飽きられてしまうかも知れませんし」


『どうしてそう思う、どうすれば良い』


「私ばかりで、こう、今後も喜んで頂けるかどうか」

『いや、コレは。今回は、俺が、敢えてあまりさせなかったんだ』


「私が処女だからですか?」

『それは、それも有るんだが』


「お気に召しませんでしたか」

『違うんだ、本当に、コレは違うんだ』


「ではどうして遠慮なさったんですか?」


『あまり、早いのは、みっとも無い、と』


「それは、誰かに」

『いや、女達が言っているのを、聞いた事が有るんだ』


「私は、寧ろ早い方が、嬉しいと、思います」


『多分、君が思うより、驚く程、保たない』

「ですけど、それだけ好いて、我慢なさってくれてるって事ですよね?」


 この間は。

 私、何か間違った事を。


『あぁ、実は昨夜、君で。それでも、保ちそうにないんだ』


「あ、あぁ」


 私としては、とても嬉しいのですが。


『結婚したら、それこそ俺の方が、色狂いになるかも知れない』

「なら試させて下さい、私だけ色狂いなんて嫌です」


『いや、いや、分かった』




 今日は作家先生のご家族、娘さんの結婚式に参列させて頂く事になりました。

 神前式からの披露宴、ですので披露宴に出席させて頂いております。


「おめでとうございます、奥様」

「ふふ、林檎さんにそう言われるなんて不思議だわ、ずっとお嬢様だったのに」


「もう素敵な男性に嫁がれましたので、泣く泣く、致し方無く」

「ふふふ、林檎さんはご結婚をするつもりは無いの?」


「そうですねぇ、本が妻で相棒ですから」

「では結婚してしまったら、妻がお妾さんになってしまうのね」


「それでも良いって言われたら、あっさりと結婚してしまうかも知れません」

「本も楽しいけれど、夫婦も楽しいわよ、素敵な方が現れてると良いわね」


「はい、ありがとうございます、本日はお招き頂きありがとうございました」

「やっぱり今日もお仕事なのね」


「はぃー、コレから汽車に乗り込むんですぅ」

「ふふふ、知ってるわ、だから林檎さんには折り詰め。夜行の中で食べて、自慢の逸品を揃えておいたわ」


「ありがとうございますぅ」

「それに少しだけど金箔入りのお酒も、いってらっしゃい」


「はい!行ってきます!」


 内々の事では有りますが、先生のお嬢様は婚約し破棄となり、再び同じ方と婚約し。

 直ぐにご結婚となりました。


 僕と先生が出した本で破棄となったのですが、それは誤解によるものでした。


 そうして旦那様となられた方は、今は出版社の理念も、先生のお考えも理解して下さっており。

 少し前に掲載されたばかりの耽美小説、紫蜘蛛のモデルも快くお受けして下さったり、先日は乱丁のご指摘をお電話で頂きました。


 そして、前回とは打って変わって、読者から高評価のお手紙が倍に増えて届けられました。

 声高に評価は出来無いけれど、耽美な悪しき見本だと分かっています、と。


 有り難いお声ですので、検閲後は全て先生へ、ご家族へお渡ししました。


 誰にでも批判は出来ますし、誰にでも応援は可能なので。

 こうした短い文章でも気にせず、良いと思って下さったら是非、お手紙を頂きたいんです。


 だからこそ景品も出しているワケで、なのに売買されるのは許せません。

 いえ、お金に困って売ったのなら仕方が無いとは思いますが、ならお手紙が欲しいですよね。


 先生方に頑張って貰う為の糧を得る為、お手紙を募っているのですから。


 《間も無く発車となりまーす、お乗り遅れの無い様、ご注意下さい。間も無く、青森行きあけぼの号が発車します、ご乗車になってお待ち下さーい》


「わぁ、凄い折り詰めだぁ」

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