第6話 幾人目かの婚約者。

【ふふふ、男も振り向く男の君が、2番目とはね。ふふふ】


『何処までも驕っていたのだと、思い知らされました』

【いや、君の自己認識は間違いでは無いよ、後は趣味趣向の問題だ。ふふふ】


 祖母に電話する勇気が持てず、つい、愚痴を言う為に掛けてしまった。


『コレから、祖母に、電話しようかと』


【あぁ、申し訳なさなのか、気まずさか】

『それら全てですね、コレ以上、呆れさせるのは酷かと』


【身内に格好つけてどうするんだい、君をこうして育てた方なんだ、少しの事で呆れていたらとっくに廃嫡だろう】


『仮にも、母の子だからかと』

【寧ろ逆だと思っていたのに良く言う、分かったかい、君が如何に物を知らないかを】


『はい』


 俺は、祖母に嫌われていると思っていた。

 愚かな娘が産んだ子供だからこそ、こうして厳しく躾けられ、半ば八つ当たりすらされているんじゃないかと。


 けれど今は、寧ろ、母の子だからと。


【相手が生きているなら尋ねれば良い、ただ、聞き方の問題にだけは気を付けた方が良い。少しの言葉の違いが電話では大きくなる事も有る、丁寧に言葉を選びなさい】


『はい』

【さ、もう切るよ、おばあ様が眠る前に声を聞かせてやりなさい】


『はい』




 孫が帰って来ない事は初めてだった、しかも5日も。

 ただ、何処でどうしているかは知っている、あの子の親切なご友人が直ぐに知らせてくれたからね。


《はい、変わりましたよ》


【すみません、おばあ様、コチラは元気でやっています】


《そうですか、それで》


【母は、どの様な人だったのでしょうか】


 あの子が、今まで何も聞いて来なかった子が。


《どんな事が聞きたいのですか》

【お辛いかも知れませんが、良い事も悪い事も、教えて下さい】


 あの娘さんのお陰で、気を遣える様になったのかしらね。


《良いでしょう》


 どちらかと言えば、あまり本を読むのが好きでは無い子だった。

 一通りは習わせたけれど、特に何を得意な事が有るワケでも無い、何かに熱心になる事も無い。


 ただ、その娘が惚れた男が、家に来た。

 娘にせっつかれたにしろ、ウチの婿養子となってくれた。


 商売の才は無いけれど、優しい男でね。

 身重の妻の爪を切ったり、何でもかんでも言う事を聞いてやって。


 それで何とか収まる、と。


 けれど、私の仕事を、家の事を分かっていなかった。

 言わずとも見ていたのだから分かるだろう、それが甘かった。


 夫に嫉妬し、疲れ果てた対応をすれば更に執着する。

 悪く運が回って。


【父の事も、聞きました】


《あぁ、そうかい、力及ばずで、すまなかった》

【いえ、俺を真っ当に育てようとしてくれて、ありがとうございます】


 あぁ、もうお迎えが来ちまうんだろうか。

 やっと、分かってくれたのかい。


《可愛い孫なんだ、当然だろう》


【今まで、自分勝手をしました、すみません】

《良いんだよ、いつか分かってくれると思っていたんだ。分かってくれたなら、もう良いんだよ》


【それに父の事も】

《アンタに責任は無いんだ、ただ、もう忘れなさい》


【はい】


《あの娘さんに、本気で惚れたんなら家の事も忘れなさい、姉の家の子。お前の伯父さんには良い嫁さんが居る、2軒位は軽く任せられるんだ、差し出せるもんは何でも差し出しなさい》


【はい】


 継がせる為だけに育てる、だなんて私には無理だよ。

 爺さんに良く似た孫に、そんな事を出来やしないよ。




『大変、申し訳御座いませんでした』


《ふむ、色男の土下座、か。成程》

「お父様」


《あぁ、すまんすまん、ちょっと一筆書いてからで良いかね》

「もう、すみません、本当にごめんなさい。もうお立ちになって」

『いえ、このままでお願いします』


「アレはちょっと、だなんて嘘よ、きっと長く掛かってしまうから」

『構わない』


「全く意固地ね」

『いや、君まで床に座らなくとも』


「良いの、いつもこうしてココで読んでいるのだもの」

『そうなのか、ココは君の書庫でも有るんだな』


「そうなの、だけど手に届くまでの本だけだって、上の方を読みたいのに梯子を使わせてくれなかったのよ。危ないからって」

《まぁ、流石に子供に読ませられんのは届く所には置かんよ》


「そんなモノ書くなー」

《良い大人なら読ませない手段を取れバカタレー》


「ふふふ」

《ココは君の書庫でも有る、良い文言だから何処かで使わせて貰うよ》

『あ、はい』


「父に何か知られたくなければ、父の前で何も言わないのが1番よ」

《言葉選びには人が出る、西洋の言葉も入り込んだ世だ、表現はかくも豊かに存在している。それをどう使うか、敢えて沈黙を貫くか、それとて人を表す行為の1つに過ぎん。君もそう思うだろう》


『前半には特に同意しますが、言葉は生きている場所次第かと、西洋の言葉とて意味を分かっていなければ使えませんし。俺にはまだまだ学が足りないので、どうしても言葉足らずになってしまいます』

《うん、阿らんのが良い、昨今のゴマすり坊主や敢えて反感を抱かせようとする者の何と多い事か》

「お父様、お話なさるなら筆を置いて下さい」


《気恥ずかしいのだよ、私は単なる庶民出の父親に過ぎん。商家の子息に安心して出せるかと聞かれたら、胸を張って問題無いだろうとは言えんのだよ》

『お嬢さんは立派な方です、賢く優しく、居心地がとても良いんです』

「あら、最後のは初めて言われたわ」


《お前は口達者な子だからなぁ、それで遣り込めてしまって破棄となったのはどれだったか》

「遣り込めただなんて、意見の食い違いでしたら2人目の方ですね」


《で、3番目は優し過ぎて、だ。一夜だけと泣き付かれた女に手を出し、見事に孕ませた、正しく一撃必殺の一発命中で。だがコレを好いていると言っていてな》

「大して好いてらっしゃらなくても抱けるのですね、と最後にお伺いしたら、違うんだと言って泣かれてしまいまして。意地悪で尋ねたワケでは無いのですけれど」


《それ以来、暫くつきまといになってしまってな、アレは実に良い題材だった》

「あ、だから次が彼なんですか?」


《そんなワケが有るか、娘の幸せを思い、私の事を少し控えてくれないかと頼んだんだが。却って要らぬ混乱を招いた様だ、すまなかった》

『いえ、大して読みもせず誤解しました、申し訳御座いませんでした』

「でも無理なさらないで下さいね、人によっては吐き気がする、反吐が出るって仰いますから」


《天に向かって吐いた唾がいつか身に降り掛かるやも知れんのにな、どうにも虚栄だ見栄だ、知ったかぶりをせんと死んでしまうのだろう。婚約の事なら心配するな、ソチラの用意する条件を飲もう》

「ダメですよお父様、一緒に目の曇りを取ろうと仰ってくれてたではありませんか」


《私には曇っとる様には見えん》

「お父様、色男で遊び人の方に嫁がせる気ですか?」


《嫌なら帰って来れば良い、無理して一緒に居ても子供に皺寄せが行くだけだ。粗が見えるまで、試しに話に乗っかってやりなさい、それにあんまり疑ってやるのも失礼な事だぞ》


「はぃ」

『ありがとうございます、大変、申し訳御座いませんでした』

《良いさ、若い頃の間違いは誰にでも有る、引きずるより糧にしなさい。娘の為にもだ》


『はい』


 私は書く事も愛しているし、家族も愛している。

 両方、双方を大事にする事は難しいと思っていたが、周囲の手助けにより何とか。


 何とかなってくれそうだ。

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