模倣犯。

《うっかり殺された女の霊、はどうだろうか》


「事故って事ですよね?」

《ただ、その事故と言うのが少し違うんだ》


 女は酷い嫌がらせに遭っていて、同僚の男に相談していた。

 けれど、その男こそが犯人だった。


 本来なら、襲われた直後の彼女を助ける筈が、うっかり殺してしまい。

 男は激しく後悔し、泣き崩れた。


 そして女は霊になって初めて、その事を知り、ゆっくりと憑き殺す事に決めた。


「それ、本当ですか?」


《そうだけれど》

「既に他の出版社で出てるんですよ、似た内容の本」


《模倣犯だろうか》

「いえ、本当に最近で、いつ位の事ですか?」


《数ヶ月前だけれど》

「模倣犯かどうか分かりませんが、その方に接触してみますか?」


《いや、僕も説得したんだ、何か証拠は無いのかと。けれど世に言う完全犯罪で、燃やされ、遺体も無いんだ》


「ですけど真犯人や模倣犯で無いなら、どうにかしたいんですが」

《あぁ、そうだね、ココで更に出版社への風当たりが強くなるのは問題だ》


「すみませんが、ご協力をお願いします」


 けれど、幸いにも作家は犯人でも模倣犯でも無かった。

 ただ、偶々飲み屋で出会った女が語った事を書いただけだ、と。


 そして女が殺したと言っていたのは、女だった、とも。


《困ったね、未だに模倣犯と犯人が同一人物かが分からない》


「川中島さんにもお願い出来ませんか?」


《救いは無いかも知れない、関われば君にまで被害が及ぶかも知れないよ》

「覚悟します、例え救いが無くても。もし模倣犯が居るなら、野放しにはしたくないので」


《じゃあ、少し助力して貰おう》




 そして模倣犯は、居た。


「何で、僕なんですか」

『だって、一目惚れだったから』


 その模倣犯も、精密さに欠けていた。

 僕を襲っている途中、覆面が取れてしまい。


「もう金輪際、近寄らないで頂けると確約して下さったら」

『もう、良いの、せめて子種だけでも貰うから』


 そうして僕は、そのまま。




「どうして、この後に僕が神宮寺さんと付き合う事になるんですか?いや、分かりますけど、何で僕が皆さんの主人公になっているんですかね?」


『君が不調だったのが悪い』

《ですね》

「もー、明智さんまで」


『不人気なら書かない、コレだけ書き溜めが有るけれど、泣く泣く』

「それ明らかに僕が休む前から書き溜めてますよね?」


『林檎君が虐めるよぅ』

《そうですね、酷い担当です》


「あのですね、前回のは皆さんの共作で合作、初の試みだったからこそ1番人気だったとも言えるんです。こうなると、またか、と」

《俺は良いと思いますけどね、出版社の者が蹂躙されるワケですし、幾分か鬱憤が晴れるかも知れない》

『うんうん』


「だって、あまりに平凡過ぎですし」

《だからこそですよ、特別でも何でも無い人が、主人公になる。共感は得られると思いますよ》

『そうだそうだー、特別ばかりを贔屓はズルいぞー』


「分かりました、ですけど半ば僕の事なので、冷静さと客観性に欠く可能性が高いので他の者にも読ませます。最悪は大幅修正も覚悟して下さい」

『おう、受けて立ってやるよ林檎君』

《半ば俺に隠れて言わなければ、格好良いんですけどね》


『別に僕は格好悪くて良いんだよ、何せ主人公じゃないんだ、脇役だよ脇役』

「僕も全く同じ意見なんですが。まぁ、持ち帰って検討させて頂きます」

《はい、宜しくお願いします》


 まさか僕が主人公の土台になるなんて、それこそ考えもしなかった事が起こってしまっており。

 もしかしたら、あの喫茶から出て以降、僕はやっぱり違う世界に来てしまったのではないだろうかと。


 取り越し苦労だとは分かるんですけど。

 あまりの不思議さに、帰りの汽車では原稿を読まず、つい枕にして眠ってしまいました。




《コレは、僕にも先に許可を得るべきじゃないだろうか》

「ですよね、はい」

『いや、実はですね、林檎が自分が主人公では絶対に売れないと駄々を捏ねたので。神宮寺先生にも駄々を捏ねられては困るので、明確に絵にしてからお渡しした次第なんです』


《まぁ、流石にコレと僕とが同じには見えませんけど》

『ですので、ご自身の事だとは思わず読んで頂いてから、ご感想とご許可頂けるかをお伺いしようと思った次第です』


《林檎君は、どう思っているのかな》


「売れなかった時が、1番怖いですね」


《成程、良いですよ》

『ありがとうございます』


「神宮寺さん」

《慣れですよ慣れ、僕も最初は半信半疑だったんですから、幾ばくか同じ心持ちを味わって下さい》


「はぃ」

《大丈夫ですよ、売れなかったら鈴木さんのせいなんですし》

『はい』


 鈴木さんの手腕は見事で、売れてしまいました。

 いや、男色家がどうと言う事では無く、相変わらず不思議な怖い妄想が少し有るからなんです。


 僕は良く似た違う世界に、紛れ込んでしまったのでは、と。




《僕は寧ろ逆だと思いますけどね》


「神宮寺さんが入れ」

《違いますよ。原稿の方が、別世界の林檎君の人生の切り取り、かも知れないと言う事です》


「この原稿が、もしもの世界」

《こうなる事を僕が望んでいるワケでは無いですけど、ある意味、投書原案を元に書く事もしているじゃないですか》


 その内容は願望を含んでいるかも知れない、けれどそうした事も含め書いて頂いている、と。


「まぁ、そうですけど」

《勿論、先生の願望も含んでいるかも知れませんけど、何処かの誰かの願望かも知れない》


「でもだって、僕ですよ?」

《皆さん、そう思っているのかも知れませんよ》


「本の中からどう見えるか、ご存知ですか?」

《いいえ、そうした研究が有るんですか?》


「はい、理論上ですけど、見えない、認識出来無いんだそうです」


《つまり僕が偶に見ているのは、作家先生方や読者諸君かも知れない》

「はい」


《成程、だから見たかったんです

ね》

「それも、ですね」


《ですけど、中には深淵を覗くのはきけんだ、ともされていますよ?》

「そこは神宮寺さんと川中島さんが居るので大丈夫かと」


《だからと言って決して無茶はダメですからね》

「はい、ですけど不思議な夜市に出会う方法を知りませんか?」


《何をしたいんですか》

「勿論、霊を見たいんです」


 どうすれば林檎君は懲りるだろうか。


 いや、折角の縁。

 とことん、最後まで付き合おう。




『お譲りします、頼まれ事でしたが、事が事なので』

『ありがとうございます、では、コチラで処理させて頂きます』


『はい、では』


 林檎さんに頼まれた事だけれど、面倒が多いので、片方は以前に知り合った大國に任せた。


 結論から言うと、模倣犯は居た。

 それが件の女、女と女、百合娘同士の揉め事。


 そして真犯人は、以前に警官を襲った女を操っていた、女。

 外道だ。


 外道の処理は山の民の仕事。


「見逃して、お願い、生きる為に仕方が無かったの」


 (嘘の匂いがする)

 《贅沢に溺れた匂いだ》

 《手足を食って達磨にさせるか、シノにやるか》


『楽だと思う方法を自分で選んで下さい、達磨になるか、鴆の餌食になるか』


「鴆が、里に降りてるって言うの」

『だからこそ病害が広まっていないんですよ、既に粗方は回収と修理が行われましたから。他の方法を提案しても良いですよ、等価なら』


 国に与えた損害の完全な回収は難しいだろう、愚かな時点で既に損失を与えている。

 しかも外見も程々、それで愚かでは子を成す事も許されない。


「なら、死んでやっ」

『何処までも馬鹿なんですね、教育制度の見直しを提言しないと』


「へ、蛇」


 蠱毒は何も虫だけでは無い。


 蛇でも何でも使う。

 だからこそ、犬を使った犬神家は恐れられている。


 あの大きさと数を揃えるのは、今は特に大変なのだから。


『都会だからと言って、蛇が居ないとは限らない。里に降りる女に、もう少し都会を教えないといけませんね』




 海の者、山の者、そして平野の者。


『見上さん、どうも』

《あ、どうも、こんな遅くに。その方は?》


『殺人犯です、少し山の方にご協力頂き、先程逮捕させて頂きました』


《あの、証拠等は》

『コチラです、どうぞ』


 女は既に壊れる寸前だった、だからこそ、遺書と言う名の自白書を書かせる事が出来たが。

 その根回しは全て、山の者が行った事。


《分かりました、コチラで引き取らせて頂きますが、何か注意事項は》

『壊れかけていますので、辞めさせたい者に見張りをさせた方が良いかと』


《分かりました、相応の対処をさせて頂きます》

『はい、では』


 神社統括本庁の出来る事は、あくまでも逮捕まで。

 立件等は全て警察の管轄となる。


 見える者が多ければ、こう忙しくはならない。

 けれども、こうした事には引き際が存在する。


 長く務める事は、難しい。


《はぁ、やっぱりいつ来ても緊張しますね、警察署って》

『私は逢引茶屋の方が緊張しますけどね』


《おぉー、ぉお?》

『多いんですよ、霊以外にも来ますし、中には鵺も現れますから』


《鵺って、猿、狸》

『本来はこう、トラツグミと呼ばれる種だそうで。その黒色個体と異国の怪鳥である白鵺が混同さた、そう人が作り出した怪異となったんですよ』


《白鵺は、確か瑞獣では》

『渾沌すらのっぺらぼうの様に変化させる国にですから、真意は測りかねますが、そう言う事だそうです』


《あぁ、事が起こる前に鳴くんですし、確かに瑞獣と言えば瑞獣ですもんね》

『渾沌の懐く者は悪人、そして避ける者は善人、ですからね』


《白玉団子みたいなお尻ですよねぇ、柔らかそうでフワフワの羽が有って》

『顔は無いですけどね』


《きっと恥ずかしいがり屋なんですよ、あ、成程。あの絵を立たせて正面を向かせれば、成程》

『渾沌とのっぺらぼうに関する論文は既に長老が出してますから、他を探した方が良いですよ』


《ぁあ、良い案だと思ったんですけどね、残念》

『新しい者には肩身が狭くなりますからね、相当の新しい結果が無ければ』


《ですよねぇ、しかも未だに発表してますす、まるで手加減無しですよね》


 いずれ人口が減ってしまう時代が来る。

 その時になり初めて対応していては、衰退は必須。


 そうなる前に、先人は策を講じなければならない。

 その先人とは、私達含め、既に成人している者。


『夜鳴き蕎麦でも食べに行きましょうか』

《行きます行きまーす》


 ただ処理するのでは無く、後進を育てる、どの仕事にも共通する課題。




「子会社化、ですか?」

「あぁ、会長が今回の件でもかなりの数を引き取れれたからね、そろそろだと仰られておいでなんだ」


「それで」

「君の部署の編集長を、子会社の方に移籍させ。摩擦を避ける為にも、今回は鈴木君にココの編集長を任せようと思う、異論は無いかい」


「勿論ですよ、ですけど、その分の」

「そこで、君にも面接に加わって貰いたい、補佐として」


「良いんでしょうか、僕は暫く休んでいましたし」

「違う畑の良い野菜を見抜いた功績も有る、自信を持ちなさい」


「はい!」


 件の出版社とは違う社でも、例の問題が露呈し、出版社への目が更に厳しくなりました。


 ですが、殆どの元社員は無実です。

 全く知らなかった社員も、当然居ます。


 会長は自社以外にも積極的に働き掛け、そうした方々の働き口も斡旋しており。

 片や一時期出版停止にまで追い詰められたゴシップ誌が、媚売りが上手い、とまた軽口を叩き。


 それを一般読者が叩き、おかしな塩梅で我が社の評判は安定している

 そして不思議な事に、この件以降、苦情の手紙は随分と減りました。


 もしかすれば同時期に、教授の方々が何か事を起こされたのかも知れませんが、お伺いしても答えては頂けない事で。


『はぁ、林檎君』

「おめでとうございます鈴木さん、一緒に頑張りましょう」


『ぁあ、おう』

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