第18章 作家の娘と婚約者。

第1話 幾人か目の婚約者。

 世には様々な理由で婚約が成され、婚約が破棄される。


 1番最初の婚約者とは、他に好いた者が出来たから、と婚約破棄となった。

 幼馴染の様に育ってしまった為、弟に好いた相手が出来た程度、私は特に傷付く事も無かった。


 2番目の婚約者は、妾を欲しがる方だった。

 私は反対せず、すり合わせを幾度も行ったのだけれど、上手く行かず破棄されてしまった。


 3番目は、とても優しい方だったのだけれど。

 とても優しくて、破棄となった。


 そうした理由が有っての事なのか、あまり良い噂の無い方と婚約する事になってしまった。

 色男で遊び人、浮き名ばかりが有名な方。


 さして冴えない私に、今回、白羽の矢が立ってしまった。


「宜しくお願い致します」


 物憂げで妖艶な方、流石、男も惚れる色男との噂の流れるお方。


『その前に、1つ良いだろうか』

「はい、何でしょう」


『例え婚姻に至ったとしても、俺からの情愛は求めないで欲しい』


「それは、私にも男妾を持てと言う事でしょうか」

『いや、俺は妾を持つつもりは無い』


「では、私の溢れる情愛は何処へ向ければ良いのでしょうか」


 呆気に取られたのか、ギョッと目を見開いたかと思うと、暫く押し黙り。


『それは、子に』

「子供へ向ける情愛と、異性へ向ける情愛が同じだとでも思ってらっしゃるのですか?」


 彼は顔を真っ赤にし、部屋を出てしまった。

 不思議な人、男妾の事を出したのに、ふしだらとは謗らなかった。


 しかも何故か当たり前の事を言っただけだのに、怒って出て行ってしまった。


 どうしようかしら。

 断って下さるなら明日が良い、今日は好きな歌舞伎の演目が有る、行けるかしら。




「あら、断られるかと思ったのに」


 彼は怒っていたのに、私との婚約するらしい。

 私が機嫌を損ねたから、何か復讐でもする気かしら。


 どんな復讐かしら。


 不思議、胸が湧き踊っているわ。

 私、どんな復讐をされてしまうのかしら。


《このまま、お会いしたいそうですが》


 あら、早速。

 どんな嫌味を言われてしまうのかしら、楽しみ。


「私も、お会いしたいわ」


 そして私の家で、中庭の見える縁側でお会いしたのだけれど。


『男妾を持ちたいのか』

「人は情愛が無いと死ぬのです、心が、何も無い場所で育てた子供には表情が無いんだそうですよ。だから死なない為の手段です、男女の情愛を他で補わず婚姻を成立される事が、本当に出来ると思っているのですか?」


『他の男の子を孕む気か』

「いえ、あ、お体だけの関係が情愛だと思ってらっしゃるのですか?となると、お子を成さない、と言う事で宜しいでしょうか?」


『いや、だが』

「家族になる、だからこそ本来ならば多少なりとも情愛を与えるべきなのに与えない、その事に一切抗議せず寧ろ受け入れると言うのに。何故、ダメなのですか?」


 それから彼は黙ったまま、苦々しい顔のままお庭を眺め、お帰りになられました。

 お茶やお菓子が、お口に合わなかったのでしょうか。




《あら若旦那、可愛らしい方をお連れね》


 色香の沸き立つ美人さん。

 私とは真反対でらっしゃるのに、どうして私を選んだのでしょう。


「どうも、婚約者となった者です、宜しくお願い致します」


《そう、私、昔の婚約者ですの。ね?》


 お座敷なので、あまり人目には付きませんが、私が婚約者だと知りながらも馴れ馴れしく彼の腕を触り。

 彼は、振り解きもしない。


「あの、多少なりとも人目の有る場所で、且つ彼の婚約者の前で軽薄な行為をするのも。咎めないアナタも損をするだけだと思うのですが、そうした事で婚約破棄となったのですか?」


《そ、そうね、ごめんなさい。ちょっと揶揄っただけで》

「古今東西、痴情の縺れから刃傷沙汰も御座いますし、お気を付けなさった方が宜しいですよ。時に、少しの事でも激しい恨みを買い、死ぬよりも辛い目に遭わされるそうですから」


《そう、ね、失礼しますね》


「僭越ながら、人付き合いは選ばれた方が宜しいかと、あの様な浅慮な方とお付き合いを続けては誰の為にもなりません。もし自暴自棄だとか家を継ぎたくないのでしたら、もっと他に良い方法を一緒に考えさせて頂きますので、相応の態度や行動をして頂かないと父がアナタの皮を剥ぎ塩責めにしてしまうかも。ですので、宜しくお願い致しますね」


『あぁ、すまなかった』


 私の父は、妻も子供も溺愛する作家。

 大戸川 正歩。


 父は自分のせいで変な縁談しか来ず、すまないと謝ってらっしゃいましたけど。

 私、そのどれもが面白かったのですが、父は面白くないと仰ってらっしゃいまして。


 本当なら、私も父の作品の糧になれれば良かったのですが。

 こう平凡で何の取り柄も無く、冴えないものですから、特に騒動も無く。


「あ、それで、男妾の事なのですが」

『もう少し考えさせて欲しい』


 そうですよね、夫が妾を持たないのに。

 いえ、もしかして。


「あ、もしかして男妾を持たれるのですか?」

『そのつもりもない』


「あ、そうなのですね、失礼致しました」


 では、何に、何処へと情愛を発散なさるのでしょう。




『先程は済まなかった』

《いえいえ、今度はしっかりしてらっしゃるお嬢さんで良かったですね、コレで私も安心です》


 彼女は、俺が悪友に無理矢理連れて行かれたお座敷で知り合った、俺の内情を知る数少ない女性の1人。


『恋にも愛にもなっていないなら、幾らでも当たり前に言える事だろう』


《はぁ、そうやって女性だから、良家のお嬢さんだからと一括りにするのであれば。私もそうしましょう、どんな家の男もクソだ、と》

『いや、少なくともアナタの旦那さんは立派だ』


《そりゃ警官ですから、ふふふ》


 彼女のように、軽く見えて芯のしっかりした女性ばかりなら、俺は。


『すまなかった』

《いえいえ、じゃあ、ごゆっくりどうぞ》


 俺は婚約者を試している。

 今までは罪悪感すら無かった、けれど彼女は。


『待たせた』


「あ、いえ、じっくり味あわせて頂きました、ご馳走様でした」


 待たないで良いとは言ったが、本当に食事を続けていたのか。


『あぁ、本当に待たないとは思わなかった』

「だって温かい物は温かいままの方が、美味しいとは思いませんですか?」


 軽い嫌味が全く通じない。


『あぁ、そうだな』

「まだ温かいかも知れません、さ、どうぞ」


『あぁ』


 柔らかくニコニコと無邪気に微笑んでいるが、腹にはどんなどす黒い考えを持っているか分からない。

 以前にも似た様な雰囲気の者と婚約し、俺は裏切られているんだからな。




「ご馳走様でした、大変美味しゅう御座いました。良く来られるのですか?」


『詮索は褒められた行為では』

「もしどなたかにご紹介頂けたのなら、お相手の方にもお礼をと思ったのですが。この程度で詮索になってしまうのなら、何も知らぬ嫁が欲しいと言う事で宜しいですか?」


 毎回、こうなる。

 試そうとして試されてしまう、答えに困る事ばかりを尋ねてくる。


『いや』

「素敵なお店を知ってらっしゃいますね、そう言われるのが嫌なのですか?」


『いや』


「では、何故詮索なのですか?」


『あの女の事を気にされては』

「いえ、まだ気にしてはおりませんが、もし繋がりを保ち続けたいと仰るなら婚約破棄をとは思います。妾を作らない、つまりは決まった相手とは遊ばないと言う事でしたらお断りさせて頂きます、病気は怖いですから」


 しっかりはしている。

 だが、この程度で中身が分かるなら、誰も離縁などしない筈。


『あぁ、そうだな』

「次は私の贔屓のお店へ、如何ですか?」


『あぁ、そうさせて貰う』

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