第2話 虚ろ船。

 避けていても、こう突然に出会う事が有る。


 コレはもう事故だ。

 俺にはどうしようも無かった、へたり込む姿を見付けてしまった以上、声を掛けるしか無いだろう。


《君は本当に、甘いね、誰にでもこうなんだろうか》


「甘い物を食べたらしょっぱい物を食べたくなるのが世の常ですから」


 明らかに理不尽さへの怒りとは別物も含んでいる、理由に思い当たる節が有り。

 しかも昨今の林檎君には、嘘が。


 いや、もしかすれば、今まで敢えて触れずに居ただけかも知れない。

 彼には、驚かされる程の器用さが有るのだから。


《自棄食いとは、相当に腹に据え兼ねたんだね》


「はい」


《すまないね、忙しくて》


 忙しかったのは事実だ。

 仕事を受け、用事をこなし、家に帰り眠るだけ。


「ですよね」


《アレは、川中島君はどうだい》


「すみません、誤解されていました」


《ぁあ、アレはおぼこいからな、無理も無いだろう》

「それでもです、すみませんでした」


 怒りながらも悲しむ、実に器用だ。


 いや寧ろ、未だに林檎君は影響を。

 いや、関わり続けた事が間違いだった。


 もうアレに引き継いだんだ。

 手を引こう。




『あの、迎えに来いとの連絡を受けたのですが』

《あぁ、すまないね川中島君。僕はどうやら悪酔いしてしまってね、後を頼むよ》


『はい』


 幾ら私でも、この雰囲気が非常に不穏だと言う事は分かる。

 が、打開策を知らない。


 男同士の喧嘩など、どうすれば良いのか、知るワケが無いのだから。


「僕は暫くココで飲んでいますので、お好きに注文して下さい」


『せめて、何が有ったのかは知れないのでしょうか』


「何も無いですよ、何も」


 全く意味が分からない。

 何も無いなら、どうして怒りや悲しみが滲んでいるんだろうか。


『意味が分かりません』


「ですよね、すみません、僕も良く分からないんです」

『何が分からないんでしょうか』


「どうしてこうなっているのか、霊障ですかね?」

『いえ、それは無いですね、全く』


「僕は物語の主人公では無いのに、普通だとか他と同じだとかが、急に嫌になってしまったんです」


『遅い、反抗期、でしょうか』

「かも知れません、その他と同じ人生を進むのかと考えた時に、凄く嫌になったんです」


『私達に普通は、あまり存在しません』

「すみません、一部の方には非常に贅沢ですよね」


『いえ、全てに等しく意味が存在している、そう考える側ですから』


「独身の男にも、意味が存在するんですね」

『予備に意味が無いなら意味は無いと思います、全てが場当たり的で、後を考えられないなら意味は無い』


「友人離れが、大人になると辛い様です」


 コレは、私のせいだろうか。

 良かれと思い助言した事で、大きく変化してしまった。


 コレは、良い事なんだろうか。


 もし悪しき変化なら、修正しなければならない。

 害を与える為、存在しているのでは無いのだから。


『件の誤解は謝罪します』

「いえ、正しい事でしたし、どうか気になさらないで下さい」


 原因は私だ。

 ただ、全くどうすれば良いのか。


 いや、先ずは神宮寺だ。

 アレが拗らせたかも知れない、管狐達もコレは素直だと毎回言うんだ。


『誤解が有るのかも知れません、解きに行ってきます』

「ちょっ」




 後味の悪さ、胸糞の悪さを噛み締めていたんだが。


《何だ》

『譲ってやった、やっぱりアナタは男色家ですか』


《どうしてそうなる、寧ろ俺は女好きだ、アレに性欲なんぞ分かん》

『どうして喧嘩になるんでしょうか』


《喧嘩はしていない、ただ言い訳を控えただけ、説明を省いただけだ》

『余計な口出しをしました、すみません』


《いや、それよりもう向こうに帰れ、今なら無理だったで済ませられる。しかも子種も貰えるかも知れないぞ》

『無理です、後悔させる事は非常に不本意です』


《ならさせなきゃ良いだろう、任せた、じゃあな》

『不本意です、和解して下さい』


《お前がアレを欲しいなら俺を巻き込むな、何の得も無い、止めろ、迷惑だ》


 夢は覚めるもん。

 縁は切れるもんだ。


 どうなろうが死なない、単なる知り合いに戻るだけだ。




『すみません、無理でした』

「いえ、車を拾いますから乗って下さい、お代は僕が出しますから」


『私が女だと、いつ気付いたんですか』


「喉です。それにお若いので、かも知れない、そう思っていただけですよ」


『私ではダメでしょうか』


 一瞬、何の事か分からず固まってしまった。


「あ、いや、問題無いと思いますよ」

『でしたら家まで送って下さい』


「ですね、はい、失礼しました」




 どうして郷の女が狂ってしまうのか、分かった気がした。


 コチラに情愛の無い行為は、虚しい。

 幾ばくか情を分けて貰えるだろうと思っていたのに、全く靡かない、男は全く情が無くとも行為が出来る。


 その事を実感してしまうと。


 情が欲しい。

 情愛が欲しい。


 欠片でも欲しい。

 他に与えられるのだから、私にも分けて欲しい。


 その一片でも良い。

 私にも、情愛を。




『林檎君、社長からお呼び出しだ』


「本当ですか?」

『勿論、さ、着替えて行くぞ』


「はい!」


 そうして僕は社長室に向かい、そして社長と共に会長室へ。


 けれど、僕の予想とは違う言葉が出た。

 部署異動。


 僕は、月刊怪奇実話には、戻れなかった。

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