第1話 虚ろ船。

――報告壱。

 橙色の、非常に特殊な繊維質の布が、三角屋根の様に円形の船の上部を覆っており。

 船体もまた、柔らかく、黒く異質な布とも言い難い何かで出来ていた。




――報告弐。

 銀色でありながら、銀よりも硬さを持つ金属で出来ており、船体下部は円形。

 上部は三角錐と非常に高度な構造をしており、高純度の硝子も使用され、何処か異国の船であると推測される。




――報告参。

 とある地方にて、その量産を認める。

 祭事用の船であり実用性は皆無、以降、報告は民俗学研究者である山口 敏一郎氏へと集約される事とする。




『もし、林檎さんでしょうか』


「はい?」

『林檎 覚さん、で宜しいでしょうか』


「はい、そうですが」

『コチラ、国家公安委員会所属、木嶋 八重子と申します。ご同行を』


 国家公安委員会。

 内閣総理大臣の直下。


 僕は急遽代理で原稿を納入しに行くだけ、なんですが。

 一体、僕は何をしてしまったんでしょうか。


「はい、ですが電話を1本」

『酷く懐かしい方に会ってしまった、そうお伝え頂けるなら、許可させて頂きます』


「分かりました」


 そうして僕は馴染みの店に電話を借りようとしたのですが、珍しく混雑しており。

 最も近い電話局にて、会社へと電話を入れました。


 『はい、もしもし鈴木ですが』


「すみません鈴木さん、外で酷く懐かしい人に出会ってしまいまして」

「直帰させて貰いますね」


 『あぁ、構わないよ、楽しんで』


 僕が話している最中、木嶋 八重子なる方の後ろに居た筈の方が、僕の声色と話し口をそっくり真似。


『では、参りましょうか』


 僕は、何をしてしまったんでしょうか。


 この怪異にも似た能力を持った方を出動させてしまう何か、とは。

 僕は、何をしてしまったんでしょうか。




「あの」

『その原稿には、虚ろ船が題材の物語が書かれているかと』


 僕は一体何をしたのか。

 そう考え続けながら、案内されるままに、とある喫茶の2階へと案内された。


 人目は有る。

 この場で直ぐに殺される、と言う事は無いだろう。


 そう安心した矢先。


 誰にも、何処にも漏れてはいない筈の事が。

 目の前の女性、木嶋 八重子氏の口から出た事で、僕は再び緊張感から背筋がゾクゾクとしてしまった。


 僕は、この原稿を持っているべきでは無いのだろうか、と。


「はい」

『読ませて頂きます』


 彼女の所属は、国家公安委員会。

 総理大臣の直下である、と。


「本物である証を、お願い出来ますでしょうか」


『あぁ、気骨の有る方でらっしゃる。はい、良いですよ、どうぞ』


 今更ながらに後悔した。

 僕の経験不足を、年の浅さを。


 本物の国家公安委員会の手帳なんて、見た事が無いのだから。


「失礼しました、僕に真偽の判定は不可能です」

『次をめくって下さい、身分証です』


 言われるがままに手帳をめくると、確かに僕らも持つ様な身分証が入っていた。

 そして少なくとも、偽物の証は見当たらないけれど。


「一緒にしておくのは、物騒では」


『あぁ、肌身離さず持ち歩いていますから、ご心配には及びません。ありがとうございます』

「すみません、どう信用すれば良いのか、全く検討が付かず」


『ではコレのをお持ち下さい、真方まがた

「どうぞ」


「ど、うも」

『真方。どうかお気になさらず、鸚鵡オウムの様なモノですから』


 その真方、と呼ばれていた、電話口で僕の声真似をした性別不明の方の手帳には。

 性別の欄、男と女の両方に、〇が。


 半陰陽。

 初めてお会いしたかも知れません。


「コレを本当に、良いんでしょうか」

『ご信用頂けるまで、保持して頂いて構いません、どうぞ』


 僕は、一体何をしてしまったんだろう。

 そしてコレが、この原稿の何が、問題なのだろう。


 いや、コレは、見極めなのかも知れない。


「分かりました、読むだけ、ですよね」


『場合によっては、ですが処分には正式な書類を発行し、発行停止処分とさせて頂きます』

「理由は聞けるんでしょうか」


『公序良俗に反する、発行停止処分の主な理由となります』


 もし、ココで読ませてしまったなら、問答無用で発行停止処分が出されてしまうかもしれない。

 もし逆に、問答無用で発行してしまったら、後の発行停止処分により回収等への費用が増す。


 けれど、もし単なる勘違い、間違いなら。

 発行は出来る。


 けれど、もし、彼女達が偽者なら。


「世には詐欺師が居ます、僕を騙すなら構いません、僕だけの損なら僕だけで済みますから」


 けれどコレは作家先生、そのご家族や身内。

 会社、印刷会社の方や、そのご家族にまで被害が及ぶ。


《木嶋、警官を1人、応援に来させろ》

『あぁ、はい、失礼しました』




 どう連絡したのか、直ぐに駆け付けた制服警官の証は見慣れていましたし、本物でした。

 そこで僕は原稿を渡し、もう、凄くお腹が減っていたので食事を頼んだんですが。


 運んで来た方は、その木嶋 八重子氏に付き添っていたもう1人の。

 見た目は男性、の方が僕に給仕をし。


 そこで初めて。

 ココに居る者、制服警官以外は全て、国家公安委員会所属の者なのだと考えるに至り。


 目の前のサンドウィッチに、手が伸びず。


《毒は入れていないが、毒味なら、どれを食わせる》


「卵の、ですが」


 そう言った途端、彼は一切れ頬張り。


《食わないなら食わないで構わない、コレが、真方が食う》


「すみません」


 以降、僕は水にすらも手が付けられなかった。

 それと同時に、先生方の推理が頭の中で沢山渦巻いてしまって、どうすれば良いのか逆に混乱していました。


 コレは一体、何の陰謀に巻き込まれているんだろう、と。


『拝読させて頂きましたが、問題は無さそうですね』


 僕は返事の前に、思わず鼻から大きく息を吸い込んでしまいました。


「あ、すみません、はい」

『お返し致します、そして今回の件に関し、一切紙に残さない様に。では、失礼致します』


 そして僕は、彼ら彼女達が立ち去る姿をひたすら眺め。

 最後に、給仕姿の女性に案内され、裏口を出ると。


 もう、誰も居ませんでした。


 慌てて表に回ったんですが。

 戸には張り紙が有り、仕入れにより臨時休業、と書かれた紙が有っただけ。


 狐につままれた様な感覚になり。

 僕は思わずしゃがみ込んでしまい。




《そして僕に声を掛けられた》

「はい、なので未だに本物の神宮寺さんか、疑っています」


《あぁ、成程》

「成程じゃないですよ、本物の証明をして下さい」


《家に来れば良いんじゃないかい?》

「嫌です、完全に入れ替わっていたなら無駄じゃないですか」


《こうして陰謀論者が生まれてしまうワケだね》

「ですね」


《分かった、例の箱の中身を知るモノは限られる筈だ。件の表紙の花は何だったか、覚えているかな》


「はい」

《勿忘草、それとコマチフジ。花言葉を調べておいてくれる、と言っていた筈だよ》


「運命的な出会い、だそうで。見付けた植物学者が、幾つかの研究機関に鑑定をした際に、初恋の方にお会いしての事だそうです」

《実話だと思うかい》


「事実は小説より、ですし、そこで成就したワケでは無いですから」

《そこまで》


「はい、題材に良さそうだと思ったので。もう1つ、お願いします」

《林檎君の尻には、えくぼの様な黒子が有る》


「それは、銭湯に行けば分かる事じゃないですか」


《女では無く銭湯、本当に色気が無いね君は》

「神宮寺さんみたいに実は手慣れているかも知れない、だなんて経験が有る方なんて、稀有なんですよ」


《君の好物は鰯の糠漬け、自炊させてしまうとソレばかりになり、倒れた事も有る》


「ワザとやってますね?」

《僕のコレは、偽者には扱えないと思うよ》


「確かに、ありがとうございます殺生石さん」

《僕、と言うか寧ろ、コレのお陰で信用を得ているらしいね》


「はい、未だに何も見えない僕でも、何かしらは感じますから」

《僕は良い身分証も得ていたらしい、後で感謝しておくよ》


「あ、お布団を用意しましょうか、おりんを置く様な」

《もう既に有るよ、彼女は好みが五月蠅くてね》


「あぁ、それで未だにご結婚が遠いんでしょうか」


《そこは、考えないでおくよ》

「ですね、無くてはならない存在なんですし。うん、食べましょう、奢りますよ神宮寺さん」


《甘味はあまり、それよりお酒が良いんだけれど》

「ダメです、今日は僕に付き合う日なんです、そう言うㇶなんです」

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