丑の刻参りと師範代。

『もう無害です、どうぞ』


「あの、情報提供まで請け負って頂かなくても大丈夫ですので」

『特別手当が欲しいだけですので、ご心配無く』


「成程、拝見させて頂きます」

『はい、どうぞ』


 僕は今、川中島さんに連れられ、近くの神社へと来ました。


 最初は散歩に連れ出されただけ、だったんですが。

 川中島さんが良いモノを見付けた、と。


 ですので、僕は今、初めて使用後の藁人形を触っています。


「作り手次第なので、千差万別だそうですが」

『はい、コレは緩い方の編み込みですね、玄人のはもっと硬いです。釘を沢山打ち込むので』


「あぁ、成程」


 霊障を心配し、会社からの隔離の最中、なんですけど。

 境内に居るので、特に大丈夫だ、と。


《君!何をしているんだね!》


 あぁ、こうした問題が起きるかも知れない。

 その事をスッカリ失念していました。


「いえ、コレは」

『取り除いてお見せしていただけですが、何か』


《何かって、君ね、それは呪物。呪われているモノ、君には分からないかも知れないけれど》

『大した呪いは入っていませんでしたよ、精々、箪笥の角で足の小指をぶつけるだけです』


「そこそこ痛そうなんですが」

『多めに言ってその程度です』


『どう言う事ですか、万願寺先生』


 凄い、神宮寺さんの名前に似てらっしゃる方って、本当に居るんですね。


《この、ペテ》

『お前がな。かなりやっていますね、何処で覚えたのか教えてくれたら、半分にしますよ』


 半分。


『どうやら、君が本物らしい』

『あまりこう試さない方が宜しいかと、間違って面倒な事になる場合も有りますから』


『そうだね、助言に感謝します。では、神社統括本庁の者です、特別措置法により現行犯逮捕致します』

「あ、本職の方だったんですね」


『いえ、私達の部署は逮捕専門です、お騒がせしました』

「いえいえ、あ、僕はこう言う者です」


『どうも、ご丁寧に。コチラをどうぞ、お話をお伺いする事になりますが、どうかご協力をお願い致します』

「はい」


 神社統括本庁の方と知り合う事が無かったので、僕はとてもワクワクしていました。

 こうした問題に対処している、とはお伺いしていたんですが。


 神社統括本庁のお仕事に関する事は、検閲が入ってしまいますので。


 あまり何処も取り扱いはしていないんですよね、ウチの作家先生達は特に。

 そうした手入れや規制が、とても苦手な方々ですから。




『すみません、ご面倒をお掛けしました』

「いえいえ、とても貴重な体験をさせて頂いているので、寧ろ感謝しています。後で特別手当をお出ししますね」


『いえ、コレは』

《失礼致します》

「はい、どうぞ」


《お待たせしました、記載内容のご確認を終え、了承頂けましたら署名を。それから日付と、拇印もお願い致します》

「はい」


 コレは、神宮寺に知られた場合、確実に怒られる案件だ。

 霊障の影響が無くとも、事件には巻き込んでしまったのだから。


 その上で特別手当を貰ってしまうのは不味い、さっさと帰して報告をしよう。


『はい、どうぞ』

「はい、ご確認をお願いします」


《はい、確かに、ご協力に感謝致します。以降も、こうした事をお耳に挟みましたら》

『権禰宜、その忠言は必要無いだろう、コチラの方は本職の方だ』

『ですが彼1人の場合は通報が正しいです、それらの事は不意に訪れますから』


『ご理解頂き助かります、何か有りましたらご連絡下さい』


 彼は、裏切り者では無い。

 生粋の、里で産まれたコチラ側。


「あの、質問を1つ、宜しいでしょうか」


『あぁ、この事を書いて良いか、でしょうか』

「はい、出来事だけ、神社統括本庁の事は抜きますので」


『本来なら、抜いて頂きたくは無いんですが、検閲の事を気にしていらっしゃる』

「ですね、はい、主な取り扱いは文化部で。僕の部署は、はい」


『暫くすれば新たに検閲基準を明確に記載した物が出ますので、もし宜しければ見学も兼ねて、受け取りに来て頂くのはどうでしょうか』

「あ、出るんですね、宜しくお願い致します」


 林檎さんに奇妙な縁が出来てしまった。


 自身も含め、やはり彼とは、あまり関わるべきでは無いかも知れない。

 中には、関わっていた事を激しく後悔する者も居るのだから。




『さ、どうぞ』

「ありがとうございます、お邪魔します」


 僕が先日境内で知り合えた方は、明階位の一級身、権宮司職の大國 朱音氏。

 今日は神社統括本庁本部の、大國さんのお仕事場にお邪魔させて頂いています。


『コチラへどうぞ』

「はい、失礼します」


 でも、不思議なんですよね。

 一級の場合は浄階だ、と資料には書いていたので。


『粗茶ですが』

「ありがとうございます、頂きます」


『先ずは、どうですか』

「和室と洋室の組み合わせなんですね、何か意味が有るのでしょうか」


『区切り、ですね。それに手を出されたくないモノに、容易に近付けさせない為でも有ります、時に入り込まれる事も考えられますから』


「成程」

『他には、階位の事でしょうかね』


「あ、はい。一級身の場合ですと、浄階、なのではと」

『浄階に至るには歳月を必要としますので、純粋に年齢の問題ですね』


「成程、ではそうした例外が他にも有るのでしょうか」

『慣習ですが、浄階の更に上に、敬称として長老が存在しています。ですが殆どが内々に使われ、数も僅かですので、明記はされていませんね』


「あぁ、ご年齢で、成程。研究職にも近い、と言う部分も有るんですね」

『はい、実際にもほぼ神事に関わらず研究一筋の方もいらっしゃいますので、そこでも一種の例外が発生する事も有りますね』


「となると、正階位で四級身の録事、も有り得る」

『階位と級身の評価部門が違いますので、どうしても時差が出来、一時的にそうなる場合も有りますね』


「あ、違うんですね」

『職称は実際の現場で、級身は本庁での立場、階位は全体を通しての総評。とお考えになって頂ければ宜しいかと』


「はい、ありがとうございます」


『検閲について、どの様にお考えですか』


「不必要だとは決して思いません、ですが確実に扱い辛い題材だ、と皆さん思ってらっしゃいます。先生方は血肉を字として落とし込んでらっしゃいますので、字を削られるのは、身を削られるも同義なんです」


 勿論、削られるだろう身だと思い、そう書かれる場合も有りますが。


 骨まで削られてしまっては、酷ければ折れてしまう。

 だからこそ関わらない、あくまでも先生方が書くのは、書きたいからこそ。


 折られて喜ぶ方は非常に稀有です。


『折れた骨は、時に命を奪ってしまう』

「はい、ですので書いた挙げ句に殺されてしまうなら、誰も書きません」


『今まで、書き手に非常に不親切でしたね』


「ぶっちゃけてしまいますと、はい。読者と言う味方は多いですが、遠方からの強力な武器による攻撃には、どんなに身近に居て守っていても。その身すら貫通されては、先生も終わってしまいますから」


『敵では無い、と言っても、あまりに遠ければ目視も難しい』

「ですね、大変申し訳無いのですが、雑誌社の守るべき者は先生方やご家族ですから」


『そして姿が良く見えぬ何者かに対しては、距離を置く』

「はい、ココでは敢えて反読者、と呼称させて頂きますが。良く知らぬ者程、酷い見当違いを起こし、時には敢えて曲解させられた文言に踊らされてしまう場合も有る。僕らの職業にも詐欺師が出るんです、どんなに精巧に腕章を作っても、念入りに名刺を作っても」


『初めて見る者、知らぬ者には、偽物と同じ』

「はい、そこで知名度が関わってきてしまう。ですので知名度でご苦労される事は、非常に共感致します、そして正しく知って貰いたい。そうしたお考えも、非常に、身に染みて良く分かっている事ですから」


『ありがとうございます』




 彼は、コチラの取材を受けながらも、ソチラの取材を受ける。

 そうした難しい要求を、苦も無く終えてしまった。


《大学を出てらっしゃらなくても賢い方は賢い、その通りの方でしたね》

『そして真摯で真面目、ですが情も有る、コチラに引き入れてしまいたい方でしたね』

「どうだろうか、勧誘は出来無いのかね」


『無理でしょうね、生きている人間の興味を曲げるのは、死者の怨念を捨てさせるよりも難しい事ですから』

「そこをだね、こう」

《長老は欲張りですね、大國さんも彦さんも手元に置いてらっしゃるのに》


「だからこそだ、何の欲も無いのは直ぐに死ぬ、そして神様の欲にも沿えん」

《暴論ですので外での発言はお控え下さいね》


「なぁ、アレは本当に」

『無理ですね、守りも堅いですし』

《あ、本職の方だって仰ってましたけど、どの様な方なんですか?》


『どちらかと言えば、山ですね』

「あぁ、無理だね、うん」

《諦め早いですね》


「山と地なら、平野は山に勝てんよ、殆どの恵は山から。まぁ、海からの恵みも有るけどもだ、アレはアレで手に負えんのも居るからね」




 そして我が社は、真っ先に神社統括本庁に関わる本を出させて頂きました。

 但し、文化部から。


『ありがとうね、林檎君』

「いえいえ、ついででしたから、次こそは我が部署で出させて頂きます」


 親しき中にも礼儀あり。

 いきなり我が社の月刊怪奇実話で出してしまうと、軽く容易く扱われてしまうかも知れないから、と。


『その事なんだけれど、ウチに来ない?』

「ありがとうございます、お気遣い頂いて。では、失礼致しますね」


 そう意気込んだんですけど。

 次に出たのは文芸部から、でした。


 何でも凄い作家先生が来て、編集の方が本当に持ち込みは初めてなのかと疑った程、だそうで。


 ウチでは無いのが本当に残念です。

 本当に。




『河合さんですか』


『はい、何だろうか、道をお尋ねかな?』

『はい、何でも恋愛の道を極めてらっしゃる、とか』


『あぁ、そうした困り事、迷い事が有るんだね』

『はい。もしお時間が有れば、馴染みの店が有るので、そこでお伺い出来ればと』


『僕は安酒が合わない質でね、あんまりな店ならお断りさせて貰うよ』

『では、コチラへ』


 絶命する少し前の蟷螂は、まさか自分が食われてしまう、等とは思わないらしい。

 それは蜘蛛も同じく、糸に掛った餌へ向かっている時、まさか自分が食われるとは。


『おぉ、給仕の子達も、実に粒ぞろいだ』

『どの子もまだ、清い子ですから。どうぞ』


『なら、君のお気に入りの子は、どの子かな』


『あの子です、少し変わった毛色ですが、顔立ちがハッキリしていますから』


『確かに』


 不思議な事に、自らには無いモノに惹かれるのは人ばかり、らしい。

 これぞ人、これぞ里の人、らしい。


《いらっしゃいませ》


 その奥の奥に有る花や毒を、我こそは見抜ける、我こそは正せる。

 と思い込む者が居る。


 そうした者を魅了する者が、郷には稀に産まれる事が有る。


『君の名前を、良いだろうか』


《シノ、です》

『彼は河合さんだ』

『あぁ、画家をしている河合だ、宜しく』


《はい、宜しく、お願い致します》


 毒虫を毒蛇は平気で喰らう。

 そして稀に、毒蛇を喜んで食らう鳥も居る。


 海の向こうから来た、稀有な鳥。

 その色は毒を与えれば与える程、色鮮やかになるらしい。

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