第3話 後夜祭。

 初めての経験なので、実感として、大成功かどうかは良く分からないんですが。


『林檎君』

「あ、はい、何でしょう編集長」


『大賞受賞だ、おめでとう』


「いえ、いえいえいえいえ、僕は皆さんのお陰で。僕がした事は、それこそ資料を探すとか」

『まぁ、その謙虚さのお陰だろう、改めてウチでも見習わせるよ。ありがとう、おめでとう林檎君』


「あ、はい、ありがとうございます、おめでとうございます」

『じゃあ、またいつか』


「はい」


 僕が関わった祭りの記事が、記事報道調査賞の、大賞に選ばれた頃。

 僕は既に怪奇実話に戻れていました。


 神宮寺さんと共に帰社すると、会長から呼ばれ。

 元の部署に戻って構わない、と。


 流石に報道部の仕事が未完だったので、神宮寺さんをお借りし、僕の出来る範囲で纒め。

 後は報道部の方に丸投げだったんですが。


『林檎君、コレ見たかい』

「はい、先程、報道部の」

《林檎君、まさか報道部に戻るとか言わないよね?》


「戻るも何も、僕はずっと、この部署に居るつもりなんですけど」

『助かるよ、佐藤先生が奥様と喧嘩をしたらしくて』


「えっ」

《それに絵師先生もですよぉ、其々にご夫婦で、林檎君を呼べって》


「えっ、何でこんなに立て続けに」

『まぁまぁ』

《締め切りはまだだけど、復帰の挨拶に、差し入れをお願いします》


『頼むよ、林檎君』


「はい!」


 この時、他に気になる事が有ったんですけど。

 先ずは先生方にご挨拶が最優先で、はい、正直そのまま忘れてしまいました。




「ごめんなさいね、林檎ちゃん」


「良かったぁ」

《すまないね、無理にでも君を復帰させたくて、一芝居打たせて貰ったんだ》

「少しだけ、ね。さ、上がって」


「あ、でも、実は他の先生のご家庭でも」

「あら、お芝居か本当か、心配ね」

《僕らの所は大丈夫だから、ソチラへ、本当なら大事だからね》


「そうね、次はゆっくりしていって」

「はい!お邪魔しましたー」


「ふふふ、何だか悪い事をしてしまったわね」

《いや、今回は会長が悪いんだ、そう思っておく》


 本当に優しい人だから、厄介な事から、全て守ってあげたいのだけれど。

 今回は本当に、手も足も出なくて。


 会長からは、ただただ待っていてくれ、だけ。


「ですけど、何がお考えが有っての事、かも知れませんよ?」


《僕ら作家は安心して書けないと直ぐに行き詰まるんだ、林檎君の事は大事な事、キチンと書いていただけ褒めて貰いたいね》


 滅多に怒らない人なのよ。

 だからこそ、少し妬ましいわね、林檎君ちゃんが。


「そうね、前回も前々回もギリギリでしたし。ですけど今回は、大丈夫かしら」


《うん、書いてくる》

「はい」




 俺、と言うか嫁の案だ。


「もー、良かった、何ですか皆さんで徒党を組んで」

『あら、他の方も?』


「はい、なので急いで来ました」

『2番手なのね、残念』


「あ、いえ、今回は電話順です」

『あらあら、二番煎じになってしまったのね』


「こう、ご相談なさっての事では?」

『違うわ、けれど次に何か有れば、そうさせて貰うわね』


「あー」

『ふふふ』

《具合は良いのか》


「はい、バッチリです」

『でも病み上がりが1番厄介なのよ、振り回して何だけれど、気を付けてね』

《他のは緊張するから困るんだ、長生きしろよ》


「はい、えへへへ」

『あ、良い梨が有るの、食べていって』


「やったー、ありがとうございます」

《ついでに何してたか、心配してたんだぞコレが》

『はいはい、聞かせてくれるかしら?』


「あ、僕が関わった記事が大賞を取ったんですよ」


『あら、アレ、林檎君が関わっていたのね』

《元気じゃねぇかよ、損した》

「あの、どう伝わってたのでしょうか?」


『少し、具合が悪い、ってだけね』

「実は、霊障が有って」

《見たか》


「それが、見てないんですよぉ」

《才能がねぇなぁ》


「そうみたいで、本当に残念です」

『その、霊障って言うのは、どうなの?大丈夫?』


「はい、不思議な夢を2回見ただけなので、すみませんご心配をお掛けして」

『良いのよ、良い先生が居たからこそ、それだけで済んだのでしょうし』

《どんな夢だ》


「あ、書いて貰おうと思うので、後日で」

『なら、直ぐに読める様に、早めに仕上げないといけないわね』

《クソ、もう変な事になるなよ》


「はい」

『はい、梨』


「やったー」

《食わせろ》


『はいはい、林檎君、あの記事は』

「あ、最初は関東の神社でご指名が入って……」


 元気じゃねぇかよ。

 一生元気で居ろ、困る。




《おい、何だコレ》


 俺が住んでいた部屋に、川中島を暫く住まわせていたんだが。


『あぁ、生き達磨だったモノです』

《クソが、ココに呪物を置くな馬鹿が》


『住んでやってたんですが』

《持ってどっか行け》


『……婦女…暴行』

《ほう、なら今後、一切助力はしないぞ》


『住む家が無いのは困ります』

《金なら有るだろ》


『無いです』


《収入が有っただろ、どうしてるんだ》


『郷に、それと、食費』

《お前、どっかの寮に入れ、メシ付きの女子寮》


『男を連れ込めないと聞きましたが』

《お前、ココに連れ込んでたら本気で怒るからな》


『相手の家でしました』

《なら良し》


『助力をお願いします』




 助けられたなら、その分だけ助けるのが山の民。

 だからこそ、情けは人の為ならず、と言われている。


《身分証は》

『はい、有ります、しっかりとした物が』


《知り合いに引き合わせるが、もし迷惑を掛けたなら、金輪際家の事には関わらないからな》

『はい、承知しています、昨今の都会は厳しいと』


《お前は俺の従姉妹筋、良いな》


『はい』

《おい、何で躊躇った》


『あんまり遊び好きな女だと思われても迷惑ですので』

《真面目な方で通してる方だ、良いな》


『はい』




 僕の居ぬ間に、K君は会社を移ってしまっていました。

 そして同時に、作家先生と密かにご結婚された、と。


「あ、あの、K君に一体、何が起こったんですか?」

『いやね、うん。悪戦苦闘の結果、僕らは迷っていたんだよ、Kの解決策について』


「解決策」


 事の発端は、神宮寺さんと僕とで図書館に行った事から始まり、次には社内で取り憑かれてしまった事が要因なんですが。


 その社内での事は、実がK君が意図的に引き起こした事で。

 大問題だとなり、会長が社員に解決策を出させる期間を、設けたそうなんですが。




「K君、事の重大さを理解しているかどうか、例え話を出してくれるだろうか」


 先ずは社長が、コレは何処で働くにしても大事になる、とし。

 厳重注意後、彼が如何に事の重大さを理解しているか、そこを確かめる段取りだったんだが。


《大変そうな仕事を、気に食わない人間に回す事は、良くない。と》

「いや、もしコレが爆弾だったなら、君は未必の故意では済まなかった」


《そんな、別に爆弾だと思って》

「そうした周囲との、その場所での共通認識を、全く理解していない事が問題だ。鈴木君、事前説明や注意、警告はしたのかね」


『はい、コチラに日付と時刻の記録をして有ります』

「そうか」

《ぼ!僕、そんな事、一々覚えてません》


「一々」

《あ、いや、それは言葉のアヤで》

『俺は記録を取る様にとも進言しました、ココです』


《そんな細かい事》

「細かい、か。どの部署にも、爆弾には見えぬ爆弾が送られる事が有る。だからこそ、異変を感じたなら直ぐに報告をする様にと、厳しく定めている。そこまで、あの張り紙が見えなかったのか」


《えっ、前は》

「前から存在しているが」

『この記録を取る様にと進言した日に、俺は指を差し、彼が目視したであろう挙動を確認しました』


《あ、わ、忘れてただけで》

「それで、君、記録は取っていたんだろうか」


《あ、はい》


「提出を」

《あ、はい》


「コレを、何回、読み返した」

《そん、それは、覚えてません》


「では、何処で読んでいた」


《それは、色々と、ですけど》

『俺は何処か、若しくはいつか、毎回定期的に確認している。そう進言したのがココです』


《な、どうしてそんなに記録してるんですか》

『指導不足だったと責任転嫁されない為、指導改良の為だが』


《俺を、虐める為に》

『いや、会長が入社を決めた以上、俺達は会長の意思に従う。それが、この会社だ、私情を挟むのは相手が限度を超えた時だけ。その事も、この日、この時刻に伝えました』

「K君、君は何回、その話を聞いたか覚えているか」


 長い長い沈黙だった。

 時刻としては、半刻。


《俺が嫌なら、辞めさせれば良いじゃないですか》

「君は、相手が気に入らないからと、直ぐに辞めさせられる様な会社が良い会社だと本気で思っているのか」


 それからまた、長い沈黙が流れ。


《いえ、ですけど》


 誘い水が無い限り、次の言葉を続ける事は無い。

 俺の嫁は寡黙症を、今でも患っている。


 だが、それとは全く違う。


「ですけど、何だい」


《いえ》


 本当に、罪悪感が有る、と俺には思えない。

 ただ叱られている事に対し、反応しているだけ、そうとしか見えない。


「では、1つ前の質問に戻る、私情を挟むのは相手が限度を超えた時だけ。その事を何度聞いたか、覚えているか」


《いえ》

「5回、他の者の記録も合わせ、5回だ。だが、君はそうした文言は覚えていない、と」


《そうやって、追い詰めるから、少し忘れてただけじゃないですか。何なんですか、そうやって》

「穏やかに、優しく進言した際、君は何と言った」


 俺は、ココで社長の指示を無視してしまった。

 明らかに思い出しているにも関わらず、返事すら敢えてせずに、先ずは言い訳を探しているとしか思えなかったからだ。


『そうやってニコニコと注意して、楽しそうですよね』


「鈴木君」

『失礼しました』


「褒められれば伸びる方なので、そう叱られるとか苦手なんですよね。別に悪意は無いんだし、そっちの受け取り方の問題だと思います。ちょっと言う言葉を間違えただけで激怒されたんですよね、コッチに悪気は無いのに。これらの発言について、思い当たるか」


 ココでも、長い沈黙が待っているだろう。

 その予測は正しかった。


 常に会社は忙しい。

 そして特に、林檎君が抜けた穴が有る、こんな茶番は誰もがサッサと終わらせたい。


 だが、彼は自己弁護しか頭に無い。

 どうして、こんなに自分勝手なんだろうか。


 如何に上手く言い逃れをするか、それだけしか考えていないのは、今までの文言からして明白だ。


 だがコイツは、本当に言葉が上手く出ない者と自分を、同じだと思っている。

 けれど、全く違う。


 そうした者は先ず、必ず先に謝罪をする。

 そして、どの言葉が相手に正しく伝わるか、を考える。


 だがコイツは如何に事を丸く収めるか、如何に自分には非が無いかを伝えるか、だ。


 相手がどう受け取るか、全く考えもしない。

 しまいには誤解だ、相手の受け取り方が悪い、少しの言い間違いだと事実を捻じ曲げようとする。


 あまりに根本が違う。

 基本的に自分が正しく、客観性においてはほぼ皆無、けれども物事を大局から見れ賢さが有ると信じて止まない。


 だからこそ、平気で針小棒大をこなす。


 勝手に物事の大小を自分の都合で変え、他者の事となるとその大きさが変わり、一貫性は全く無い。

 いや、自己保身と言う点に於いてのみ、一貫性は有る。


 しかも。


《どうして、俺を虐めるんですか》


 俺は、怒りを通り越し、驚いた。

 彼は、彼こそ、昨今話題の虚ろ船の乗客。


 異なる場所から来た、人に似た何かなのでは、と。




《鈴木さぁん、もう本当、八方に聞き込みをしたので。もう、ウチでは出ませんよぉ》


 私達は部署其々で案を練る事になり、友人知人、それこそ恩師にまで相談した。

 けれど、コレと言った解決策は出ないまま、林檎君の有給休暇が切れる3日前は非常に現場は暗い雰囲気に包まれていた。


 林檎君が居ない事は勿論。

 K君が無罪放免、又は野に放たれてしまう可能性について、酷く落ち込んでいたからだ。


 今となってはそんな事は無いだろう、と思えるのだけれど。

 私達は散々な話も含め聞いていた為に、非常に絶望視していた。


『だが、あの異星人を単に放つワケにはいかないだろう。第二、第三の林檎君が現れてしまったら、俺達はあまりにも顔向けが出来無い』


 私は、もう、事故で死んでくれたら良いのにと思ってしまった。


 人は簡単に変えられないですし、そう変わるワケも無い。

 自分も他人も見ていれば、それが道理だと、それでも変わる事を望むのは寧ろ烏滸がましいと。


 諦めていたと言えば確かにそうです。

 幾ら何でも、ココまで道理が理解出来無い人と、接した事が無いので。


《ココはもう、勉強、と思って貰うしか。私達に出来る事は、注意、警告だけで》

『それは最終手段だ、もし、子供があんな教師の元で育ったらと思うと。俺は、酷く怖いんだ、アレが当たり前に許容されたらどうなると思う』


 確かに、私の考えは甘いものでした。


 もし、子供がそんな人に育てられたなら。

 先ずは常識が育たない。


 一貫性の無い裁判官。

 二律背反を気にしない警察官。


 私は、もう、誰かに殺されてくれたら良いのにと思ってしまった。


 悪意の無い加害者。

 被害者のフリをする加害者なのだから。




「あら、じゃあ私に引き取らせて下さいな」


『へっ?』

《えっ、先生、本当にアレで良いんですか?》


「ふふふ、だって、可愛いじゃない?」


《そんな、可愛いだなんて、それこそ最初だけで》

「いつまでも見下げて居られる、しかも私が常に上、そして定期的に調子に乗るなら定期的に叱れるじゃない。私、手間の掛かる子が欲しかったの」


《ですけど先生》

『相当、ですよ、先生』


《そうですよ、一貫性は無いですし、針小棒大と尊大な自尊心だけで》

「ふふ、大丈夫よ、ちゃんと分かっているわ。誰にも漏らさないと誓うなら、私の策を教えるわね」


『分かりました』


《鈴木君》

『但し、不備が有るとコチラが判断した場合、お引き取りは再考して頂きます』

「優しいのね、ありがとう。では、詳細を教えるわね」




 俺が思うに、アレに人の心は無い。

 良く人に擬態した、人の様なナニか、最早怪異だ。


《林檎君、彼女なら大丈夫だろう、心配無いよ》


「霊能者の方って、そんな事まで分かるんですか?」

《今回は偶々だよ、彼女は、少し特別だからね》


「それは、どう、特別なんでしょうか?」

《コレ以上は彼女の事、個人的な情報だ、あまり立ち入らない方が良いよ》


「あ、はい」

《大丈夫、もし彼女が酷く悲しむ様な事が有れば、君の言う事を何でも3回だけ聞くよ》


「本当ですね?」

《本当だよ、指切りでもしようか?》


「はい、指切りげんま、嘘ついたら針千本呑ます、指切った」


《この針千本って、どの種類の針なんだと思いますか》

「あー、確かに、針って色々と種類が有りますもんね」


《噂によると、針を使う術者が居るらしくてね》

「あー、そっか、鍼灸の針も有りますもんね」


《そうそう、凄い太い針も有るんだよ》

「畳にも使いますしね、大変ですね神宮寺さん」


《信用が無いなぁ》

「念の為ですよ、念の為」

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