第2話 後の祭り。

《あ》


「ちょ、待って下さいよ神宮寺さーん」

《すまない、ちょっと、用事を思い出したんだ》


「なら、お付き合いしますね」


《いや》

「急ぎなんですよね、どちらまで?」


《君、運動部、だったのかい》

「いえ、ですけど仕事で、走るって、楽しいですよね」


《はぁ、はぁ》


「車を止めますか?お急ぎなんですよね?」

《はぁ、はぁ》


「顔を合わせたく無かったんですよね、神宮寺さん、なので改めて理由をお伺いしようかと思って」


《君、もう、息が》

「あ、はい、大丈夫ですか?」


《すまない、驚いたのも、あって》

「あぁ、ココ京都ですもんね」


《どうして、君が、ココに》

「仕事です、神社の、今は報道部なんです」


《どうして》

「分かりません、あまり考えたくないんですけど、会長は不適格だと思われたのかも知れません」


《それは無いよ、絶対に》

「だと良いんですけど、どうして顔を合わせたく無かったのか、ちゃんと理由を聞かせて頂けませんか」


 情けない、脚力で負けた。

 林檎君は引き籠っていた筈が。


 あぁ、いや、運動をしていないとは言っていないか。


《はぁ》


「僕、大丈夫ですよ、嫌われる事も良く有るので。八方美人だとか、お調子者だとか」

《いや、別に、君を嫌っての事じゃないんだ》


「なら、どうしてなんですか」


《君の婚期が遅れる事を、誰も、望んでいないと言う事だよ》


 そして自分の婚期が遅れる事も。

 もし、本当に俺の婚期が遅れたなら、林檎君への影響を認める事になってしまう。


 だからこそ、俺は知り合いの紹介する見合いと仕事を、片っ端から受けた。

 けれど、どれもダメだった。


 だからこそ、ココまで逃げて来たと言うのに。


「僕、先生方にご相談させて頂いたんです、友人と結婚の関係について。やはりどうしても疎遠になるとお伺いしましたし、時にどちらか、と言った場面に遭遇する場合も有るとも。ですけど、その友人含め、僕が良いと仰って下さる方と結婚した方が良い、君の良さが台無しになる。そう皆さんに言って頂いて、僕は、でも神宮寺さんが嫌なら諦めます」


《何だか、僕に、結婚を申し込んでいる様にも思えるけれど》

「あ、確かに、成程」


《いや、成程、では無くて》

「僕と友人で居るのが嫌なら仰って下さい、悪癖は治したいですし。何でも話せる友人を失うには、理由を知らなければ、納得は凄く難しいですから」


《少し、場所を移動しようか》

「あ、はい、ですね」


 俺は、どう言うべきか悩んだ。

 俺の血のせいかも知れない、そう伝える事から逃げていたのだから。


 けれど、林檎君にも知る権利が有る。


 それは分かっている。

 分かっていても。


《多分、君に、何かしら拒絶される事が嫌だったんだと思います》


 そうして居心地の良さを失う事も。

 居場所を失う事も。


 理想ともしていなかった、この何とも言えない付き合い方を。


 俺は、決定的に失ってしまうかも知れない事が、酷く嫌だった。

 出来るなら、またいつか、何の気も無しに元に戻れる。


 そう曖昧で、不安定で、薄い確証しか無い状態を失いたく無かった。


「僕が拒絶、ですか?」

《拒否され、否定される事が、嫌なんだ》


「もしかして、男色」

《いや、そうじゃないんだ本当に、君に性欲は湧かない》


「あ、はい」


《血が、君の邪魔をするかも、していたかも知れないんだ》


「血、血筋の、梓巫女の系譜の事ですか?」


《あぁ、すまなかった》




 僕が神宮寺さんに魅了され、その血筋に引っ掛かり、婚期が遅れてしまうかも知れない。


「そんなに、凄い、魅了が出てるんですか?」


《どうやら、同性にも効くらしい》

「凄いですね、山の民の方って」


《いや、僕は厳密に言うと山の民じゃない、遠い祖先に血が入ったかも知れない程度なんだ》


「その血の影響で、僕の婚期が遅れてしまう」

《あぁ》


「迷信では?」


《いや、山の民も、そうらしい。あの黒木家の現当主も、そうだろう、と》

「へー、凄い、じゃあもしかしたら会長もそうなのかもですよね」


《あぁ、確かに》

「でも皆さん、ちゃんと結婚してらっしゃいますし、その周りでそんな問題が有るなら。それこそ低俗なゴシップ誌が騒ぎ立てるのでは?」


《それは、それこそ向こうは、結婚しなければ出世が難しいのだろう》

「あぁ、確かに」


《最初に言った通り、僕に君の婚期を遅らせる気は無い、だからこそ》

「あ、だから川中島さんを宛がったんですね」


《すまなかった》


「神宮寺さん、僕の人生ですよ?僕が選びます、それとも僕がそんなに信用なりませんか?」


《いや、けれど》

「僕、少し前に心変わりをしたんですよ、普通に結婚して家族を作るのが嫌だなって。それが神宮寺さんだけのせいでも、僕が本当に不満に思うと思いますか?」


《今は良いかも知れないけれど》

「老後が大変そうだから結婚する、子供を作るって、方々に失礼だとは思いませんか?」


《それだけなら、けれど》

「僕って、凄く人に恵まれてると思うんです、そこに神宮寺さんも含まれるんです。それで結婚出来無いなら、何か何処かで帳尻合わせが効いてて、結局はトントンだと思うんですよ。それでも不意に結婚出来るかも知れない、なら神宮寺さんは関係無い、結局は運ですよ運」


《だとしても、困らせる様な事は避けたいんだ》

「大丈夫ですって、場合によっては、百合娘との偽装結婚も有りかもしれませんね」


《林檎君、アレの、川中島の何がダメなんだい》


「んー、性欲が湧かないって言うか。そうですね、神宮寺さんと違って、誰でも良いワケでは無いので」

《別に僕は、誰でも良いと言うワケでは》


「聞きましたよ?不意に子供が出来るんじゃないか、と、だから早く仲直りしてくれって」


《君、アレに手を出さなかったのか?》

「ですから、どうして出すんですか?」


《いや、アレは結婚を押し付けないワケだし》

「神宮寺さんが羨ましいとは言われましたけど、だからこそ、ちゃんとした相手を選ぶって言ってましたよ?」


《本当に、君は、男色》

「だから違いますって、僕にだって好みが有るんですから」


《本当に有るのかい?》


「幼い方はちょっと、大らかそうで、神宮寺さんとも上手くやれる方。ですかね」


《本当に、川中島とは何も》

「もしかして、凄い嫌われてませんか?何をしたんです?」


《いや、いや、うん。はぁ》


「僕の事を真剣に考えて下さるのは嬉しいんですけど、流石に行き過ぎかと、だから疑われるんですよ男色家だって」

《悪かった、悪かったよ林檎君》


「本当ですよ、仕事も出来無い、無二の親友だと思っていた方には急に露骨に避けられるし。いきなり部署異動で、その先で親友だと思っていた相手に走って逃げられる、厄年なんですかね?」

《いや、違うのは分かっているだろうに、運だよ運》


「僕、凄い可哀想だと思いませんか?」


《悪かった、万が一にも修復出来無い様な事に、本当になりたくなかっただけなんだよ》


「神宮寺さん、もしかしてご友人が少ない?」


《分かった、やはりココは絶縁しよう》

「もー、そうならそうと。いや、確かに、女遊びばかりではさもありなんですね」


《いや、僕は本当に仕事ばかりだったんだよ、本当に》


「やっぱり、川中島さんに嫌われているのでは」


《若干、思い当たる節は》

「先ずは謝りましょう、良いですね?」


《あぁ、そうさせて貰うよ》




 本当に、俺が羨ましかったらしい。

 あの林檎君に気に入られている事が、特に。


 『確かに嘘も混ぜましたが、事実は事実です、子種は頂きました』


《林檎君からでは無い、と言う事だね》


 『はい、ですが虚しいので、本腰を入れて相手を探しています。虚しさを腹に入れたまま、十月十日を過ごす、私には無理ですので』


《人騒がせな》


 『覚悟の無いまま手を出したのは、お互い様では』


《あぁ、甘く見ていたのは確かだが》


 『成程、友人が少ないとそうなるんですね』


《もう切りますね、では、さようなら》


「もう、神宮寺さん、謝って無いじゃないですか」

《アレの妬みに付き合う気は無いので、と言うかアレの言う事を鵜呑みにして、すみませんでした》


「あ、何か僕の名前が出てましたけど」

《君とヤった、そう聞いていたんです》


「見抜けなかったんですか?」

《同業他社ですよ、お互いに化かし合えば泥沼になる、本来は誤情報を混ぜないのが暗黙の了解なんです》


「けれど、混ぜられてしまった、何をしたんですか?」


《君と親しい事が、妬ましかったそうです》


「僕?」

《霊能者は時にペテン師扱いされ、時に気味悪がられ、時に利用されそうになる。知りながらも悪意の無い対応をされる、それだけでも救いになったりもするんですよ》


「成程、神宮寺さんが僕を手放し難いのは、そう言う所なんですね」


《まぁ、そうだね》

「でも別に、僕みたいなのは山程居ると思うんですけど、意外と居ないものですか?」


《まぁ、そうだね》

「もっと褒めてくれても良いんですよ?」


《君は実に、侮れない人物だと思うよ》

「ありがとうございます、えへへへ」

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