第17章 霊感と担当。

作家と担当。

 僕には酷い癖が有る。

 文章に行き詰まってしまうと、付けペンの柄をガリガリと噛んでしまう事だ。


 そうして実際に何本もペンを壊してしまい、時には文章が浮かんだにも関わらず、原稿が進められない事も有った。


「先生、コレをどうぞ」


 僕の編集担当君は優秀で、癖を止めさせるのでは無く、とても硬い素材のペンをくれた。


 それから原稿が早く進む様になったか、と言うと僅かだ。

 相変わらず僕はガリガリガリガリと、今日もペンを噛んでいる。


 そんな時、ゴリっと言う音と同時に激痛が走り、書き掛けの原稿が真っ赤に染まった。


 僕はどう気が動転していたのか、件の担当編集君に電話をした。

 けれども話す事も出来ず、ただ唸るばかり。


 それでも担当君は、異変を察してか急いで来てくれた。


 なのに、僕は担当君の顔に真っ赤な血飛沫を浴びせながら、激怒した。


『君のくれたペンのせいだ!どうしてくれる!』


 理不尽な怒りを表す僕に、微笑む担当君。


「大丈夫ですよ先生、先生の原稿は僕の中に有りますから」


 一種、何の事か分からなかったが、僕は直ぐに納得し台所から包丁を持ち出し。

 担当君の腹を一突き。


 そして深く手を突っ込み、何とか無事な原稿を取り戻した。


『あぁ、良かった』

「先生、後は僕のお腹を何とかするだけですね」


 そこで初めて、僕はとんでもない事をした、と自覚し。


『ぁあ、ごめんよ、すまない』

「大丈夫です、僕は先生を信じてますから」


 僕にどうにか出来るワケが無い。

 そんな事を思いもせず、裁縫具箱を持ち出し、担当君を手術する事にした。


 けれど、手は滑るし匂いは臭い、しかも中は良く見えない。


 僕は泣きながら、謝りながらも何とか縫い合わせ続ける。

 けれど担当君は落ち着いたまま、僕を慰め励まし、微笑み続けている。


 そう探り探り縫い合わせていると、電話が鳴った。

 そしてその音は段々と大きくなり、とうとう僕の鼓膜が破れ、また原稿が血塗れになってしまった。


 あんまりにも悲しくて、僕は担当君をぶつ切りにし、鍋で良く煮込んで食べてしまった。


 けれども鍋の中身は減らない。

 怖くなった僕は空き地に停まる車の下に隠した後、今度は悲しくなり、ポロポロと泣き出してしまった。


 担当君とは気付かず美味しく食べてしまった、そう大泣きしていると。

 担当君が現れた。


『あぁ、良かった』

「先生、帰りましょう、美味しい肉じゃがを買って来ました」


 気が付くと僕は家に居り、喜んで肉じゃがを食べていた。

 そうして満腹になって寝転ぶと、担当君の開いたままの腹の中に、頭が半分入ってしまった。


『ぁあ、すまないね』

「大丈夫ですよ先生」


 藻掻けば藻掻く程、体が呑み込まれていき、とうとう全身が入ってしまった。


 僕は担当君が消えてしまった気がして、酷く悲しかった。

 あまりの悲しさに駆け出してしまったけれど、暗い夜道のせいなのか、思う様に担当君を追い掛けられなかった。


 そのあまりの悔しさ、悲しさに僕はしゃがみ込んでしまった。

 そうすると担当君は逃げる事を止め、僕に微笑んだ。


 そして僕が立ち上がると、今度は真っ暗になり。

 体も動かず、息が苦しくなった頃、不意に眩しさを感じ頭を上げると。


 目の前には、僕が居た。


『大丈夫ですよ先生、先生を信じてますから』




 僕の居ない間に、先生方には夢を題材に、とお願いしていたそうなんですが。

 どう巡り巡ってか、半ば僕を主人公にした原稿を渡されてしまい。


「先生、僕は嫌われているのでしょうか」


『いや、コレは寧ろ喜ぶべき事だよ、君が愛されている証拠だ』

「愛されてるんですかね?切られたり煮込まれたり乗っ取られたりしてますけど」


『酷い状況の君を懸命に何とかしようとした、そして君が消えた事を悲しみ、何より君を食べた』


「可愛さ余って」

『歯が折れる、コレは不安の表れだ。そうした不安は全ての事象に共通している、失敗への不安、甘えている事の申し訳無さやどうしようも無さ。成程、この原稿の解説文を添えてはどうだろうか。残酷だグロテスクだとする前に、夢の真実を人々は知るべき、だとは思わないかい』


「はい、宜しくお願いします」


 その後、この合作は評判となり、僕が主人公のままに連載が決まってしまった。




《不服そうだね》

「だって僕が爪弾きにされてるんですから、当然じゃないですか、どの先生の夢かも混ざって分からないんですし」


《どう思っているかを知られるのは、気恥ずかしいものだよ》

「本当に神宮寺さんは僕を嫌いでは無いんですよね」


《勿論、気に入らない相手と無駄に時間を過ごす趣味は無いからね》


「じゃあ、神宮寺さんが見た夢って」

《追求するなら、今日は話が湧いてこなくなってしまうかも知れない》


「もー」

《夢は所詮夢、たかが夢なんだ、それより目の前を大事にした方が良いと思うけどね》


「嫌になったら、ちゃんと誰かに言って下さいね?交代しますから」


 俺が見た夢は、林檎君を煮込んで食べてしまう夢だ。


 知り合い、しかも好意的に思う相手を食べる夢は、一心同体になりたい暗喩らしい。

 俺は男色家では無い、林檎君に性欲が湧いた事も無い。


 にも拘わらず、俺は林檎君を煮込んで食べてしまった。

 そして、何処かに隠す事は、罪悪感と隠し事の暗喩だそうで。


 魂の片割れの様に感じている事を、隠したい、そう感じている事に恥ずかしさを持っているらしい。


 否定したいが、それは同時に林檎君を傷付ける事になってしまうかも知れない。

 なら、有耶無耶が1番だろう。


 けれど、林檎君の気にし具合はそうも言っていられない。


《もし、僕が君を食べた夢を見たなら、どうするつもりなんだい》


 こうした間は、酷くもどかしい。


「お味は?」

《君はどう思うんだい?》


「昨今話題の煮込み、カレー、ですかね」


《どうして、そう思うんだろうか》

「その煮込みの素、隠し味には林檎を入れてるそうなんです、だから僕はカレー味かと」


《ココに良く似た島国では、羊の煮込みが有るそうだよ》

「あー、美味しいですよね、羊」


《ほら、けれど癖が有るじゃないか》


「僕に癖が有ると仰ってます?」

《人の肉は、羊に似ているらしいね》


「こう、罪にならない様に食べるには、自分で自分を食べれば良いんですね。成程」

《いや、そう体に傷を付けるのは良くないと思うけれど》


「ですけど見えない場所なら、頬の内側から、こう」

《そうなると、歯科医師になるんだろうか》


「あ、確かに、通いの先生に尋ねてみますね」

《それは、大丈夫なんだろうか》


「大丈夫ですよ、大戸川先生が大好きな方ですから」


《それはそれで、どうなんだろうか》

「イヤだなぁ神宮寺さん、物語は物語、そんなに稀有な方が居たら僕らも刑事さんも苦労しませんよ」


《そうした人だったらどうするんだい》


「一緒に、ご相伴に預かろうかと。いや、自分のですよ、自分の」


《他の伝手で聞いておいた方が良いと思うよ、昨今の君は、少し運が悪いのだから》


「そうしておきます、はい」




 西洋の煮込み料理は、美味しい。


『美味しいです』

「ですよねぇ」

《自分が夢で煮込まれた、と聞いているのに、どうして君は平気で食べられるんだろうか》


「だって、知りたいじゃないですか、どんな塩梅なのだろうって」


『煮込まれてしまいましたか』

「はい、様々な作家先生に蹂躙されてしまっていました」

《人聞きの悪い言い方をしないで欲しいのだけれど》


「ですけどどれが誰なのか、川中島さんなら分かりそうですね」


 物凄い顔で睨まれてしまっている。


『とても高く付くので、林檎さんには難しいかと』


「成程」

《林檎君、どうしてそんなに知りたがるんだろうか》


「もし女作家先生に食べられていたなら、少し僕も期待を持てるな、と」


《いや、それはどうだろうか。逆ならまだしも、それだと君が枯らされてしまいそうだけどね》

『すっかり養分を吸い取られ、林檎には実も成らなくなりました』


「夢と希望だけに、しておきます」

《君には是非とも大らかで、朗らかで無神経では無い、優しい女性と結婚して貰いたいものだね》

『それは神宮寺が望む理想の女では』


《理想すら無さそうな君には分からないだろうけれど、大概の男には共通する理想の女像が有るものだよ》

『ほう、そうなんですか』

「まぁ、その理想が身の丈に合う様にとなると、そこまででは無いですけどね」


『大きなお胸がお望みと言う事で』


「神宮寺さん」

《君こそ》

『界隈で聞きました、あんまりな女に惚れるのは、下地に男色家の気が有るのだと』


「それは、好み其々、かと」

《まぁ、胸だけでは無いよ、胸だけでは》

『女の円熟期は18才です、それまで楽しみに育てると言うのも、昨今の界隈では流行りだそうで』


「そうなんですね、まるで何処かの、本当ですか?」

『はい』

《コレを食えているワケだし、暫く聞いてやりましょう》

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