病か霊か。

《何故、俺も巻き込む》


『本当に、猫被りが上手ですね』

《質問に答えないなら帰るぞ》


『コチラの経験不足だからです、助力を、お願いします』


 その霊障は偽りか、病か、本物か。

 その鑑定と処置を任され、直ぐに鑑定は出来た。


 けれど。


《貸しを幾つに定める》


『手頃なモノを2つでお願いします』


《良いだろう、新人割引だ》

『ありがとうございます』


 依頼者は金持ちだ。

 だからこそ、こうした事は秘密裏に、手際良く行わねばならない。


 しかも仕事を失敗してしまえば、次には偽者の手に、それ以下に渡ってしまうかも知れない。


 本来、失敗してはならない。

 例えどんな事であれ、果ては誰かの命が終わってしまうのだから。


《ぉお、大豪邸か、貸しの分量には再考が必要そうだな》




 俺を呼んだ理由は、複雑さだった。

 だが、これぞ田舎者が悩む問題だ。


「それで、ウチの子は」

《先ずは、少し確認をさせて下さい。この布、何処からが白、灰色や黒だとハッキリ断言出来ますか》


「いや、だが」

《低俗な雑誌は偽者だ、本物だと白黒付けたがりますが、こうした物事に明確な境は無い。あそこに書かれた文字が見えないからと言って、盲目だとは言いませんよね。要はどれだけ見えるか、どれだけ影響されているかです》


 だが、そうした能力を明確に数値化する事は、ほぼ不可能だ。


 その土地との相性、関わる神との相性。

 そして、そもそも運命で決められていたなら、介入すら出来無い事も有る。


「なら、出来無いと言うのかね」

《いえ、今回は可能ですが。以降、出来無いと仰る者を偽者とは扱わないで下さい、その者がどうにかすべきでは無い事だとして、他をお探し下さい》


「それで、娘はどうなんだ」

《病3割、霊障が6割です。霊障の完治はすれど寛解は難しい、再発してしまう事を覚悟して下さい》


 ココで、心の有る親は迷う。

 だが。


「では放置すればどうなる、早々に命を落とせばどうなる」


《どちらにしても、芽吹き、後の対処がより大事になるでしょうね》


「処置なら、幾らだ」


 コレは安全に殺せと言う事だ。

 もう、ココは子宝には恵まれないだろう、産土に鬼子母神が。


 そうか。


《本物は相当な事が無い限りは条件を変えません、今回は変わらず応じますが、お困りなら相応の態度で居た方が安全ですよ》


「急ぎ執り行ってくれ」

《はい、承知しました》




 時は金なり。

 不慣れな自分では説明にも、納得を得るにも時間を要しただろう。


『ありがとうございました』

《まだだ、までは、な》


 関東近郊に存在しながらも、コチラの領地である樹海に。


『何故』

《ココの産土は鬼子母神だ、後はもう、自分で考えろ》


『まさか』

《混ざりは薄いが確かだ、何度か見た事が有る》


『こうなる事が多いんですか』


《ウブが、どうしてお前が知らなかったのかも、自分で考えろ》




 山の民の血が薄く、悪く出た場合、こうなる。

 俺が思うに、コレは呪いであり、守護だ。


『こうして、帰るべき場所に送られる為に』

《そうとも言えるが、真実を言っちまうかも知れない、それを覆い隠す呪いだろうな》


 姥捨て山、忌地、禁足地。

 子であれ何であれ、何故山に捨てるか、それは引き取り手が居るからだ。


 神々は勿論、妖怪、山の民が居る。


 良くも悪くも、しっかり利用する。

 山も獣も人も、平等に、余す事無く利用するのが山の民。


 そこに幾ばくは人へ肩入れし、里へ下った者は、全て裏切り者と呼ばれる。


 本来、子種を宿した者は郷に戻る約束だ。

 だが、里を愛しく思う者、人を愛しく思う者が現れる。


 特に罰は無いが、もう2度と郷には帰れない。


 帰りを待つ親兄弟、全てを裏切った者。

 俺はその裏切り者の血族、決して郷へは入れない、裏切り者。


『帰りたいですか』

《いや、ただ、無性に寂しくなる時は有るが。別に死ぬワケでも無い、紛らわす事も出来る、大した思いじゃない》


 本来なら、何処かに心の安らげる場所が有った筈。

 そう思わせる仕掛けが、裏切り者の血筋には存在している。


 だからこそ各地を渡り歩き、人肌を求める。


 欠けを埋める様に。

 穴を埋める様に。


『だからと言ってホイホイ作らないで下さい、こうした子が多く産まれる事は望みません』

《誰がするか、何件も見てんだよ俺は》


 常に満たされぬ、常に宙に浮いた心根を持ち、安心感を与える事は無い。


 それが里の者には酷く蠱惑的に映り、抗い難い魅力となるらしく。

 時には軟禁、監禁、殺される事も有る。


 得られないのなら、殺してしまおう、と。


 梓巫女とて危険が伴う。

 だからこそ常に連絡を取り合い、文が滞れば其々から救出用の者が送られ、時には山の民と力を合せる事も有る。


 某村での大量虐殺は、そうした件が絡んでいるんだが。

 林檎君に言ったなら、どんな顔をするか。


 いや、もう暫く間を空けよう、この前も無理矢理巻き込んだばかりだ。

 何も林檎君の結婚を遠退かせたいワケでも無い、死なない、死ぬ様な事でも無い。


『あの、どうすれば』

《あぁ、見て覚えろ、ソッチの得意分野だろう》




 彼は大量に処方されていた薬を調合し、彼女に投与。

 塩梅は様子次第だ、と。


『どう塩梅を』

《ウブが、自分で使ってみるんだよ、幾ばくか拝借して覚えろ》


 裏切り者の要領が良い事は聞いていた。

 けれど、コレは都会住みだからこそなんだろう、こんな薬は地方では手に入らないのだから。


『実に非合法で効率的ですね』

《覚えろ、忙しくなるのは察してるだろう》


『はい』


 そうしてスッカリ薬が効いた頃。

 やっと霊障への対処が始まった。


《酷い雑音だとか、逆に耳の聞こえが悪い状態を改善させた》

『通じなければ祝詞も意味を成しませんからね』


《で、聞かないヤツは殴る》


 殴る、とは言っているが。

 彼は寧ろ掴み、ゆっくりと握り潰した。


 今回、彼女に憑いているのは、全て呪詛だ。


 不完全な蠱毒から始まり、呪物を介しての素人の呪詛、本来父親へ向かう筈だった全ての怨嗟。


 だが、この家の持衰とも言える彼女を、当主は手放す選択をした。

 実に愚かだ。


『どうすれば、座敷童を平気で手放せるんでしょうか』

《座敷童に見えないなら、単なるゴミだろう》


 郷では、裏切り者で無ければ、山の民は座敷童の様に扱われると聞いていた。

 けれど、それは時と事情による事だった。


 最初は望んだ筈だろうに、どうして、こんな事に。


『分かりません』


《死ねば飽きる、忘れる。大方、殺されたか事故か。どちらにせよ、コレの親が居ない事が、原因だろうな》


『子に罪は無い筈』

《罪も何も関係無く、本体が無いならゴミに成り下がるだけ、それだけだろう》


 身勝手に奪い、邪魔になれば捨てる。

 あまりに愚かだ。


 あぁ、だからか。




『では、コチラで引き取らせて頂きますが』

「あぁ、約束の金だ」

《確かに、では、失礼します》


「待て、数えないのか」

《慣れてますから、重さだ匂いだで十分です。では、失礼します》


 仮死状態にさせる薬は、紙一重。

 コイツの匙加減は確かだろうが、問題は、魂が戻りたがるかどうか。


 魂が体から離れれば離れる程、時間が経てば経つ程、戻りは悪い。


『戻すコツは』

《知ってるだろ、羨ましがらせる事だ、精々自慢し続けろ》


 生き返るかどうかは、執着次第だ。

 棺桶に片足を突っ込ませている以上、冥府も冥府で魂を呼ぶ。


 地上で彷徨わぬ様に、怨霊とならぬ様に。


『美味しいです、都会には美食が本当に集まっています、それこそ外国の料理も食べられる。その料理を食べる為、頑張って働く者が出る程、美味しい料理を出す店が何軒も有ります』


《それと景色だな、今は黄昏時、紫と橙で実に美味そうだぞ。知り合いが綿菓子にして食ってみたい、と、本も面白い。笑える、泣ける、納得出来るモノが山程有る。お前を分かってくれる、必要とする者が必ず現れる、だから戻って来い》




 彼女は、無事に樹海で目を覚ました。

 そして、彼女も梓巫女になる。


 郷には入れてあげられない。

 嘗て入れてしまった郷は、全滅してしまったのだから。


『ありがとうございました』

《あぁ、駅まで送れ、後は適当に過ごす》


『はい』


 郷の外で産まれてしまうと、呪いが付帯するらしい。

 梓巫女をさせる為、居場所を作らせない為に、真に愛する者とは添い遂げられない呪い。


 一体、誰が与えたんだろうか。


《じゃあな》

『あの、ご結婚は』


《出来る気がしないが、善処はする、じゃあな》


 裏切り者同士は、同族嫌悪から婚姻が成立する事は殆ど無いらしい。


 彼は、本当に結婚出来るんだろうか。

 山の民より鋭い感覚を持つ裏切り者に、里の者を愛せるんだろうか。




「お茶、静岡まで、もしかして逢引ですか?」


《まぁ》

「はいはい、見栄を張らないで下さい、どうでした掛川」


《景色は良かったよ》


「何か、収穫は?」


《津山の大量虐殺、実は裏に山の民が絡んでいるんだよ》

「もし嘘なら差別になるんですからね?」


《驚いて無さそうだね》

「どんなに名刀でも、骨を避け急所への一撃で、やっと出来るかどうかだそうで。なので最低でも名刀名人が揃わなければ、1本だけでは不可能、それ以外ですと最低でも20本程度は必要になる。幾ら何でもあの奥地で20本以上の刀を、良い状態のままで保つ、所有は無理かと。ですので、何かしらの集団から助力を受けていただろう、と」


《その資料は、谷舘先生かな》

「だそうです、僕も又聞きなので、実際の資料は拝見していないんですけど。取り寄せてみようかな」


《その資料が、どう作られたかは知ってるかい》


「一応、豚肉を使い、同じ段位の方に頼んだそうですけど。本当に言ってます?」

《どうだろう、良い景色を見て思い付いたんだけれど》


「もー、良いですね、はい」

《仕事をしないと堪え性が無くなるみたいだね君は》


「まぁ、ですね。前なら、誰かと話したいだなんて、さして思わなかったんですけど。何かを知ると、どうしても先生方と話し合いたいなと、つい思ってしまって。贅沢ですよね、本当」


 コレは罪悪感だ。

 俺の油断と、不甲斐無さ。


 やっぱり、離れた方が良いな、いつか本当に巻き込むかも知れない。


《まだ、許可が出ないんですね》

「はぃ、会長が許してくれないんです」


 伝手が有るのか、勘が良いのか、やたらに手腕の良い会長。

 もしかすれば、こうして接触している事も知っており、だからこそ復職を妨げているのかも知れない。


《僕からも尋ねてみますよ、どんな条件が揃えば良いのかも含めて》


「ありがとうございます、宜しくお願いします」


 だが、予想とは真逆の反応だった。


 ただ一言、林檎を宜しく、と。

 そして復職についても、もう少しだ、と。


 そして封筒を渡され、中身を見ると。


 夜行列車の切符が2枚、2人分。

 一体、何処まで察しての事なんだろうか、購入日は今日だ。


 俺は思わず会長は妖怪か神かと疑ったが、空気は人そのもの。


 分からない。

 アレなら、川中島なら。


 いや、止めておこう、少なくとも悪意は一切絡んでいないんだ。

 精々、甘えさせて貰おう。


 コレが林檎君との、最後の旅になるかも知れないのだから。

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