古道具屋と野盗。

 昔々、私は流しの盗人をしていました。


 寺子屋も併設する孤児院に居たのですが。

 親に捨てられた事が恥ずかしく、そうして子を捨てる親の血筋だからなのか、常に捻くれ世を恨み。


 悪い人間とつるみ、悪い事を覚え直ぐに放浪する様になりました。


 ただ、人をどうにかする迄には至らず。

 寸借詐欺だ万引きだ、そうした事をしながら、親の故郷かも知れない東北へと向かいました。


 捨てられた時、唯一持たされていたお守りだけを頼りに。

 会ってどうしたいのか考える事も無く、ただただ親恋しさに北へ、北へ。


『あぁ、いらっしゃい』


 まだまだ餓鬼だった自分は、働く事すら嫌だった、けれども路銀を稼がなければいけない。

 そう小汚い人間でも怪しまれず入れるのが、古道具屋。


 くすね易い品を1つか2つ、持ち込んではくすね、持ち込んではくすね。

 そうしていつもの様に古道具屋に入り、品物を物色していると。


 ドンッ。


 驚いて店主を見ても、何にも無かった様に新聞を眺めているだけで。

 そうか、子供でも居るのか。


 そう考え、再び物色を始めると。


 ドンッ。


 どうやら、自分の真上で鳴っている。

 けれども、店主はコチラに目も向けずで。


 あぁ、子供が天井裏で悪戯でもしているんだろう。


 そう考え、何を盗むか、それとも売るかと考え。

 再び少し移動すると。


 ドンドンッ。


 今では信心深くなりましたが、当時は神も仏も信じてはおりませんでした。

 ましてや霊など、居るモノなら出て来てみやがれ、と思っていた程で。


 当時は小僧の悪戯に苛立ち。

 向こうがその気なら受けて立ってやろう、その地団駄で天井が抜けてしまえ、そう思いながら店内を右往左往していると。


 ふと、とんでもない事が起きていると気付いたんです。


 道中、偶に家を建てる手伝いをして、駄賃を貰っていたんですが。

 天井板は大概は薄い、しかも何かしらの梁だ柱が有って、何処かで必ず行き詰まる筈。


 けれども、ソレは何故か何の問題も無いかの様に自由自在に動き回り、天井板が抜けてもおかしくない程に鳴らしている。


 急に、あんまりにも怖くなり、店主の方を見ると。

 流石に怪しまれたのか、コチラをジッと見ていて。


「アンタの所、可笑しな鼠でも居るんじゃないか」


 取り繕う様に、何とか声を出すと。

 店主は納得がいったかの様に、頭を2回軽く振り。


『丁度、今ウチに凄い物が置いて有るんだ、だから悪さをするなよ坊主。ソレは俺も触らなかった品だ、死にたく無かったら、ココで悪さはしない方が良い』


 店主が、そう言いながら俺の後ろを指差した。

 途端、肩から全身が重くなり寒気がした。


 振り向くべきかどうか、思わず悩んだが。


 ドンッ。


「アンタ、この音もなのか」


 思わず尋ねたが。


『何の事か知らんが、俺には何も聞こえて無いぞ』


 流石に逃げ出した。

 どうしようもなく怖くなった俺は、例え騙されていようともお構いなしに逃げ出し、その晩は寺の軒下に泊まったんだが。




 ドンッ。


 日の出と共に足音に起こされ、飛び起きた拍子に、そのまま寺の住職に泣き付いた。


「古道具屋に行ったら、足音が付いてきちまった、どうにかしてくれないか」


《あぁ、お前さん、ココらの者じゃないね。コレはちょっと複雑だ、ココへ来るまでの事を、詳しく話してご覧》


 藁にも縋る思いで、産まれてからの事も全て話した。

 けれど住職は怒ったりもせず、朝飯を鱈腹食わせてくれた。


 その間、音が全くしなくなった事に気付いて。

 安心したせいか、すっかり泣いてしまっていた。


「俺が、悪い事ばっかり」

《お前さんが捻じ曲がるのも分かる、何の理由も無しに捨てられたら、犬猫でも捻くれるだろうさ。けれど、もしかすれば、何か有って何も言えなかったのかも知れない。そう考えてやってみるのも、優しさと賢さだ、先ずはそこから考えておやりなさい》


 そうして風呂にも入れてくれて、下ろしたての服も着せてくれた。

 それから自分が読経する間、親にどんな悪い事が有り、どんな悲しい事が有って捨てたのか考えてみなさい。


 そして読経が終わってから、どう考えたのかを聞いてくれた。


 コレだけ話すのはあんまりにも久し振りで、すっかり声が枯れてしまい。

 その日はもうお終いにして、少し手伝ってくれと言われ、何の躊躇いも無しに言う通りにしていた。


 そうして1日が過ぎ、10日が過ぎた頃。

 もしかすれば、あの音は親かも知れない。


 そう思い、俺はマトモに稼ぐ方法を教えて貰う事にした。


 ちゃんと稼いで、北へ行く。

 その決意を住職は助けてくれた。


 それから3年、金も溜まり住職にも半分の恩返しを終えた頃、再び北へ。




『あぁ、そのお守りはココのですね』


 少し変わった神社の名前なもので、そのお守りは確かにココのだ、と。

 そして自分に似た誰かが、夫婦が買った記憶は無いかと尋ねると。


 丁度、ココで流行病が起きる前は、良く夫婦揃って買いに来る者が多かったそうで。

 覚えてはいない、と。


 けれど病が流行り、人も何もかもが減った。


 アンタさんの親は、ちょっと預けただけ。

 そうして病に掛かり、アンタを迎えに行けなかったのかも知れない、そうした者はアチコチに居るそうだからね。


 自分だけが、そう捨てられたんじゃない。


 当たり前と言えば当たり前を、全く頭に入れていなかった。

 もしかしたら憎くて捨てたのかも知れないけれど、同じ様に、もしかしたら守る為に預けただけかも知れない。


 だからって、何て馬鹿な事をして来たのだろう。

 どっちにしたって、自分も周りも粗末にする理由にはならない。


 当たり前を分からなかった自分を酷く悔やみました。

 酷い事をした後悔と、情けなさで、またオイオイと泣いてしまいました。


 それからどれだけ泣いたのか。

 また、ドンッ、と音がしました。


 けれど、怒っていると言うよりは、励ましている様に思えました。


 アレは怨霊だったのか、親だったのか、それこそ神様か仏様だったのか。

 それが最後でした。


 すっかり泣き止んだ自分は、ココで生きる事を改めよう、償おうと決心しました。


 神主さんに働き口を斡旋して貰い、そこでは何でもしました。

 そうして幾ばくか貯めさせて貰い、また、元居た場所へ帰りながら金を返しに行く事にしました。


 ただ、恥ずかしい事をしていたとは思っていますので。

 謝罪の文に金を包み、その場に置いて行くだけ、でしたが。


 世話になった寺に行き、また元の場所に戻る事を報告すると。


《あぁ、良かった、アレは本当に呪い殺される所だったんだよ。良かった》


 どうやら憑いていたのは、住職でもどうにもならない程に強いモノだったそうですが。

 ただただ、改心する事だけを求める奇妙な大怨霊だったそうで、言いたい事すら封じられてしまっていたらしく。


 言いたい事を言えぬままだった、旅先で死んではいまいか。

 ずっと、そう心配していてくれた、と。


 文を出す習慣が無いもので、平謝りをしました。


「文を出せば良かったです、すみませんでした」

《いや、こうして生きて会えたんだ、もう十分だよ》


 そして私は元の孤児院に文を出し、ココにも年に1度は文を出す事にし。

 再び償いの旅路に出ては、日雇いで稼ぎ、真っ当に帰路に着きました。


 そうして孤児院に着くと。

 黙ってメシと風呂を与えてくれて、全てを聞いてくれました。


「本当に、すみませんでした」


『コレから、どうする』

「真っ当に働いて、死んでも親に顔向け出来る程度には、何処かに恩が売りたいです」


「分かった」


 孤児院は働き口を紹介してくれました。

 程々に働けて、程々に稼げる場所でした。


 ですが暇が有ると不安で不安で、そのウチに孤児院も手伝う様になりました。


 そうして、自分の境遇に似た者が預けられる場にも遭遇する事になり。

 泣く泣く置いていく親、本当に憎くて置いて行かれる、けれどもそれすら後悔し引き取ろうとする者も居ると改めて知りました。


 本当の所、自分がどう捨てられたのか分かりません。

 憎くて捨てられたかも知れません。


 それでも、良くしてくれる人を恨むのは筋違い。

 その親ですら、誰か他を恨んでいるのかも知れない、恨みを買っての逆恨みかも知れない。


 けれども、幸いにも巻き込まれない場所に今は居る。


 自分は運が良かったとは思います、改心する切っ掛けを何かに与えられましたから。

 だからこそ、親が憎いなら、親と同じ様に周りを不幸に巻き込んではいけない。


 生きているウチだけならまだ良い、もしアレで死んでいたら、私はもっと苦しめられていただろう。

 そう住職に言われました。


 そして今でも、そう思える程、アレは怖いモノなんです。


 そうした事に巻き込まれたなら、改心を。

 どうか、悪しき道に行かぬ事を、皆様にご忠告申し上げます。

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