絵師の従姉妹と婚約者。

《アナタは彼に相応しく無いわ》


 私が言った言葉が、こうして返って来るなんて。


『いい加減に』

《いいえ、言わせて頂きます。幼い頃からの口約束だけを信じ、何もせず黙って過ごし、自分が18になったら当然結婚するだろうといきなり押し掛ける。そんな女性と結婚するだなんて、家を没落させるも同然、急ぎ親族を招集し会議すべきだわ!》


『それは、本当なのかい』


「ごめんなさい」


《しかも、まだ有りますわよ。既に他の者と結婚していると知り、その相手が年上だからと年齢を謗った、本当に最低だわ》


『優しい君が、そんな』

「ごめんなさい」


《私は、本来なら邪魔するつもりは無かったわ。けれどね、身分差、年の差の方がまだマシだったわ。こんな幼稚な相手を》

『少し黙っていてくれないか!』


《黙りません!私を救ってくれた女医先生をアナタは傷付けようとした!しかも未だに謝罪すらしていない、絶対に許さないわ!》


「ち、違うの、謝る機会が」

『すまないが、2人とも今日は帰ってくれないか、親族は必ず招集する』

《分かりました、では、失礼致します》


「お願い、話を」

『すまないが他の者に事情を聞く、頼むから君も帰ってくれないか』


 全くコチラを見てくれない。


「ごめんなさい」


 そして私が戸を閉める直前、大きな溜め息が聞こえた。

 もう、この婚約はダメになってしまうかも知れない。


 でも、私は彼が好き。

 どうしても、彼と一緒になりたい。




『で、協力しろって都合が良過ぎじゃないか』

「違うの、ただ、お義姉様に同席して貰うだけで」

《良いわよ、偶にはお外に出たいものね、よちよち》


『お前』

《大丈夫よ、良い家ともなればちゃんとしているもの、それに病院外で元気になった元患者さんに会えるって貴重なのよ?》


『はぁ、分かった』

「ありがとうお義姉様」

《いえいえ》


 そうして当日、私は夫の従姉妹と共に彼女の婚約者の家へ。


《あぁ、先生》

《お元気そうで何よりです》


《ありがとうございます、本当に、可愛らしい赤ちゃんで》

《ふふふ、ありがとう》


《ごめんなさい、私、舞い上がってしまって。例の件も、先生を尊敬しております、何も言わずにいらっしゃたのは懸命ですわ》

《あぁ、お耳に入ってしまっているのね、恥ずかしいわ。復職して、直ぐにコレですもの》


《いいえ、だからこそ。あぁ、すみません、お席へどうぞ》

《ありがとう》


《あ、お飲み物は麦茶を、直ぐに用意させますね》


 やっぱり、相手方に何も伝えていなかったのね。


《ありがとう、良く勉強しているのね》

《はい、お陰様で》


《嬉しいわ、後で沢山お話しましょう》

《はい》


 この子が義理の従姉妹なら、可愛がったのに。


『では、全員揃いましたので、親族会議を始めさせて頂きます。申し訳御座いません先生、暫くお付き合い頂きます』

《はい》


 夫の為、他の作家先生の為にも、コレは良い糧になる筈だもの。

 逃す手は無いわよね。




『では、以下の証言で間違い無いでしょうか』

《細かい事は、私自身が興味が無かったので曖昧ですけれど、大筋で認めますわ》


『では、気にしてらっしゃらない、と』


《名乗りもせず、いきなり謗る方って病院にも来られますし、夫は私にしか興味が無い。ですので万が一も無いと分かっておりましたから、はい、気にしてはおりません》


 だとしても、した事がした事だ。


『分かりました。では、コレを踏まえ、彼女との交際に合意しない方は挙手を』


「そんな」

『すまないが、僕にも君と婚約を継続する気は無い。例え過去の過ちだとしても、事が起こってからかなり時間が経っている、なのにも関わらず最近まで謝罪をしていなかった。しかも乳飲み子を抱えた女性をコチラに何も伝えず連れて来た、そして詳細を僕に最初に伝わっているかの確認もしない、それら全てが無理だ』


「ぅう」

『君に最後に助言をさせて欲しい、こうして追い込まれた状態で泣く女性は、何処の家でも歓迎されないよ』


 泣き止み、謝罪をしてくれたら。 


 あぁ、本当に無理だな。

 すまない、僕からも誘い水を、出来ないな。


 こうした事は、何も無しに言ってこそなのだから。


《ごめんなさい先生》

《いえ、大丈夫、けれどそろそろオシメを変えてあげたいわ》

『では、親族会議を一時中断致します』


 そして僕が退出すると、彼女も。


「ごめんなさい」


『後は何か』


「そんな、私を好いていると言ったのは、嘘なの」

『いや、どんどん冷めている。君は淑女として、令嬢として恥ずべき行為を、こうして今でもし続けている。もう、これ以上、嫌わせないでくれないか』


 泣き止んでくれたなら、まだ良かったのに。


「ごめんなさい」

『休憩中に改めて君が連れ出した女性に謝罪したいんだ、もう用が無いならこのまま帰ってくれ、彼女はウチで責任を持って送り届ける』


 泣いてばかりで返事も無し。

 何処か幼くて可愛らしい、僕が支えなくては、支えれば何とかなると。


 驕り昂っていただけだ。

 必要とされたくて、誰かに認められたかっただけ、彼女の言う通り僕は愚かで弱い人間だ。




《はい、何でしょう》


『すまなかった、君の忠告を聞くべきだった』

《いえ、それだけ彼女の手練手管が凄かったのでしょう》


『違っ、いや、もう彼女の事で揉めたくは』

《何が良かったか、何故選んでしまったのか、ご理解頂けないのでしたら再び同じ様な事が起こるかと》


『すまない、ただ、手練手管を発揮する程の器用さは彼女には無いんだ』

《そう無知で無垢な所が良かったのでしょうね、こうしてキツく言うばかりの女は、さぞ可愛げの無い女に見えるでしょうから》


 あぁ、目から涙が。


『すまない、君を苦しませる気は』

《あぁ、すみません、目にゴミが入ってしまったみたいで。下がらせて頂きますね》


 あぁ、取れた。

 どうしてこんなに長い髪の毛が目に入るのよ、不思議が過ぎるわ、本当にどうやって入ったのかしら。


《あら、どうしたの?》

《見て下さいコレ、目に入ってて、どうやって入ったのか不思議だなと思っていたんですの》


《ふふふ、中々の長さね》

《はい。コレと同じですわよね、申し訳御座いません、彼の幼馴染としても謝罪致します》


《良いのよ、そう経験出来ない事だもの》

《ですが、向こうの家の方と》


《コチラに落ち度は無いし、夫の家の方も泥を塗られた件が有るもの、いざとなれば東北まで逃げるから大丈夫よ》

《どうかコチラでお守りさせて下さい、せめてもの恩返しに、どうかお願い致します》


《そうね、お願いね》

《はい》


 あの女と接点が出来た事の唯一の利点は、先生とこうしてお会い出来た事、だけね。


《あ、それともう1つ、あの子を簡単に諦めさせる方法を言おうと思っていたのよ》

《新しい恋、ですかね》


《そうそう、良い子ね。あ、ごめんなさい》

《いえ、ありがとうございます、その様に動かしてみます》


《宜しくね、そこまで悪い子では無いのよ、多分》

《まぁ、かも知れませんね》




 僕は、見るべき相手を間違えていたのかも知れない。

 彼女の涙が、幼馴染の涙が、嫌では無かった。


 もしかして、彼女は僕を。


「宜しいでしょうか、お坊ちゃま」

『あぁ、どうしたんだい』


「新たな婚約者についての親族会議の結果、候補に幼馴染の方が選ばれました」


『僕は、最初から、彼女に惚れるべきだったんじゃないだろうか』


「好意とは、実に複雑で御座いますし、ご返答致しかねます」


『他の候補に会う前に、先ず彼女と話し合いたい』




 私に、婚約者になってくれないか、だなんて。


《えっ、お断りします》


『えっ』

《えっ?だって、あんな女を好きになる方は、ちょっと》


「いや、でも、先日は涙を」


《あぁ、アレは髪の毛が入ってたんですの、こんなに長い髪の毛が。私驚いて、思わず女医先生に見せてしまった程ですの》


『なら、君は、全く』

《もし、逆の立場、そうですね。遊び人でとっくに童貞では無いのに童貞と偽ってらっしゃった方、そんな方を私が好いたとしたら、何も思わないでいられますか?》


『いや、けれど僕は』

《分かっております、肉体関係が何も無い事は、ですけどアレはちょっと。その次が私は、真意はどうであれ令嬢らしさを買い、好意より利点を優先させた。そう見えてしまうので、ちょっと、無理ですわね》


『どう、足掻いても』

《まぁ、私には嫌な事ばかりが映っておりましたから、そうですね。心が折れ旧知の仲に縋った安易さ、と申しますか、好意意外も多分に含んでらっしゃる気がして無理ですわね》


『そう、だね、すまない』

《では、今回は何も無かった、と言う事で。失礼致しますね》


『あぁ』


 私、彼の顔が先ず無理なんですの。

 出来るなら男臭い、むさ苦しく雄しか感じられない、力強い男性が好みですから。


 そうした男性を可愛がりたいのですけど、お父様が未だ嫁にはやらん、と仰って。


《だから先生、誰か紹介して下さらない?出来れば勢い余って破瓜してきそうな男性が》

《未婚の破瓜は止めておきましょうね、でも良い相手が居るわ、看護師なのだけど》


《素敵、まさに白衣の天使ね》

《天使と言うか熊ね》


《可愛らしい、なんて素敵なの》




 そうして、其々が別々の相手と結婚して終わり、なのよね。


「凄い、物語の決まり事が何1つ守られていない気がしますね」

《まぁ、事実だもの》


「でもありがとうございます、僕らの為にも立ち会いをなさって下さったんですよね」

《まぁ、好奇心には勝てなかったのよ、良い子には大いに幸せになって貰いたいじゃない》


「その白衣の熊さんとお幸せに?」


《前に紹介したでしょう、彼よ》

「本当に熊じゃないですか。八尺は有ろうかと思う様な体躯に屈強な腕、体の厚み、野太い眉」


《ふふふ、でもね、何だかとってもお似合いなの》

「成程、正に東洋版の美女と野獣なんですね」


《そうね、ふふふ》

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