第3話 孤児と元令嬢。

 厠にも互いに付き添い、祝いの席への礼も終え、挨拶回りも無事に終わった。


『一通り終えたから、もう大丈夫だよ』

「もし不備が有りましたら遠慮無く仰って下さい、精進させて頂きます」


『いや、君は十分にやってくれたよ、十分だ』


 着慣れぬ衣装に文句も言わず、疲れた顔色1つ見せず。

 本当に、十分にこなしてくれた。


 寧ろ十分過ぎる程。


「あの、お飲み物をお持ちしましょうか?」

『いや、こんなに魅力的な君を野獣達の中に放つ訳にはいかない、僕が取ってくるよ』


「すみません、ありがとうございます」


『息子よ、良くやった』

『父上、ありがとうございます』


『まぁまぁ、この場で襲われる事は無いんだ、ゆっくり話を聞かせておくれ』


 居なかった筈の父が不意に現れ、強引に引き留められてしまった。

 アイツらに気を取られ、全く気付かなかった。


『ですが』

『何の問題が有る、一体どんな問題を残したままなんだ』


 少なくとも、この場では言えな。

 けれど、このままでは。


『お話は追々で』

『コチラにも実は話が有る、彼女の事でだ』


 僕は一体、何を見逃し、何を失敗したと言うのだろうか。


『あの』

『どうする、別室を用意させているが、聞くか』


 もし、彼女が偽者なら。


 僕は、手放せるんだろうか。

 もし単なる孤児だったとしたら、僕は。


 いや、聞くしか無い。

 聞かされるまでの間に、答えを用意するんだ。


『はい』




 旦那様が男性に捕まった直後、音楽が更に大きくなり。

 フロアでは踊る方々まで現れ。


 旦那様の悪友でらっしゃる方が、私の隣に座り。


「あの」

《君はね、実は罪人の子なんだ》


「どうして、その様な」

《やっぱり、君は全く聞かされていないんだね》


「あの、何の事なのか」

《アイツはね、没落した家の娘さんを探していたんだよ。家の宣伝の為、跡継ぎになる為にね》


「あの、それで、どうして私が」

《詐欺師に陥れられた家の夫は亡くなり、妻は子を連れ居なくなった、何と仇討ちに出たんだ。その詐欺師を見付け、彼女は殺した、けれど彼もまた娘を抱えていた》


 その方は実子と罪人の子を連れ、遠い親戚の居る村まで向かった。

 けれども実子の容態が悪くなり、困り果てた所へ医者が通り掛った、そして奥方に惚れ込んだ。


 けれど、地方の医者はさして金持ちでも無い。


 迷った奥方は親戚の村まで行き、自分の子だとして預ける事にした。

 没落したと知っていた村の人々は、子の世話をする為、寺院に孤児院を併設させた。


 村に若い者は居ないからこそ、可愛らしい娘を大切に育てた。


 それが、私。


「お慈悲を、下さったのですね」

《君と娘さんが仲良くなってしまってね、けれど手元で育てるワケにはいかない、だからこそ遠縁の村に預けたそうだ》


「生きてらっしゃるのですね?」

《あぁ、ココへ来ているよ、会いたいかい?》


 勿論、お礼とお詫びを。


 けれど。

 けれど、私は、旦那様の所望する者とは違う。


「その、もう1人の娘さんは」

《未だに未婚だよ、だから君が望むなら彼女を本妻に据えさせる、それこそ離縁でも構わない》


「離縁と妾、どちらが旦那様の得になるのでしょうか」


《妾だね、本来なら妾を持つ事には良い顔はされない。けれど事情が事情だ、周りは寧ろ、慈悲深い者だと思うだろうね》


「ですが、あまりに申し訳が」

《君が事情を知り身を引くのも彼には得になる、それに、得になる様に俺も手助けするよ》


「何故ですか?」


《君も彼も、大事な友人だと思っているからね》


 例えコレが嘘でも、本当でも。

 私は旦那様に委ねるだけ。


「ありがとうございます、では旦那様へご相談させて頂きますね」

《無理をしなくても良いんだよ、君には帰る場所が有る》


「はい、ありがとうございます」


《分かった、彼の居る部屋に案内するよ》




 僕が娶ったのは、偽者だった。


《ふふふ、で、私が本物》

『父に言われて僕に近付いたのか』


《勿論、義父や母を助けられるかも知れない、そう仰って下さいました》


 彼女を見付けた次の日、父に呼び出され引き留める為にも練習すべきじゃないのか、と。

 仕方無く出向いた先で声を掛けられ、彼女と出会った筈だった。


 全て、父の掌の上だった。


『何だ、どうして落ち込む。綺麗に話題を広めれば妾すら美談になるんだ、両方を手にしているのだから問題は無い筈だろう』


『父上には、まだ、足元にも及ばない、と』

『なに、コレも元は運が有ってこそ。さぁ、どうする息子よ、どう生きる』


 跡継ぎとしてなら、正解は、どれだ。


《どうして悩まれますの?あんなに愛し合ったじゃないですか、それに奥様の愚痴も言ってらっしゃった、朝勃ちを利用しないと抱けないとも》


 どうして、彼女が腹を撫でながら態々そんな事を言ったのか、直ぐに分かってしまった。


 目の前に、妻が。

 音楽の音にかき消され、全く、気付かなかった。


「旦那様」


 目に、たっぷりと涙を蓄え。

 悲しそうな顔で。


『コレは、違っ』

「全て聞かせて頂きました、私は罪人の子、なのにも関わらず。いえ、勘違いとは言えど、今まで大変良くして頂きました。旦那様のご決断に全てお任せ致します、幸いにもこのお腹の中は空です、どうかお心の赴くままにご決断下さい」


 この悲しみの表情は、同情。

 俺が他の女で試していた事も、何度も逢瀬が合った事も、跡継ぎ争いの為に娶った事も気にはしていない。


 それが堪らなく、腹立たしかった。


『君は、つまりは妾でも良いと言う事なんだね』

「あのままでは私が味わえない事を、様々な事を経験させて頂きました。例えどんな策が有ったにせよ、私を迎え入れ、粗末に扱う事も無かった。そして今でも、こうして尋ねて下さる。それに、私には彼女の様な色香は有りませんし、罪人の子ですから」


 頭を抱えていた僕は、ふと、彼女がどんな表情をしているのかと。

 また同情なら、僕は。




『君は、罪人の子じゃない、君は僕の妻だ』


「あの、ですが」

『彼女とは君の為に、君を引き留める為にと。香りを付けて帰ったのは、君を、嫉妬させる為だけだ。コレはアイツの茶番、君は僕の言う事だけを信じてくれればい良い。すみません父上、悪友の悪巫山戯に付き合わせてしまいましたね、大変失礼致しました』


 俺は、彼が本物を正妻に選ぶか、妾にするのだろうと思っていた。

 捻じ曲がりながらも何処か真面目で、妾となった母親を嫌いながらも、心配はする。


 俺には姉4人、しかも俺が末っ子だったから、彼が可愛くて仕方が無かった。

 本当の弟の様に可愛がった。


 けれど、だからこそ、俺はある日を境に嫌われ始めた。

 俺を別れる口実に使って良い、と好いた女に言ったら、一気に俺と付き合っている女が10人以上も現れてしまい。


 果ては、その女同士で喧嘩し合い、敢えて傍観していた俺に敵意が向いた。

 その頃にはもう、すっかり彼に嫌われていた。


 そこまで潔癖なのに、彼は跡継ぎ争いの為、女に手を出した。

 そして彼女を虜にした。


 欲しかったんだけどな、あの子。

 あの清らかさは、そう無い。


『なら、つまりお前は、この娘さんがどちらでも良いワケだな』

『はい』


『ふふふ、この話にはな、更に続きが有る。今度は寺院に預けた娘が熱を出し、件の医院へ、そして結局また入れ替えられた』

「えっ、でも、あの」

《そうよ、本物の罪人の子は私。でも、凄く幸せだった、けれどアナタの事も聞かされていた。だから、仕返しがしたかったの、罪人の子かも知れないだなんて思いもせず、大切に育てられてて、少し苦しめば良いと思っただけ》


「でも、お腹を」

《それも嫌がらせよ、最後までして無いもの、それこそ私は練習台》


「でも、旦那様が」

《結構よ、私は彼に引き取って貰うし》

『は』


《まぁ、らしい》

《つまり、最初からこうする為だったワケ。それと彼の事を誤解しているアナタへの罰、こんなに良い人は居ないもの、潔癖も程々になさった方が宜しいわ》


 俺は、全く何も知らされていないんだけれど。

 まぁ良い、こうして強がってくれる女も、そう居ないだろうし。


 あぁ、本当に、彼の父親の掌で転がされていただけか。

 コロコロと。


「あの、えっ、え?」

『また後で整理しよう、さ、ウチへ帰ろう』


「あ、はい」


 そうして彼女は、彼に手を引かれ部屋を出て行った。


《過保護ですね》

『君もだろう、すまないね、ウチのが拗らせていて』


《いえ》


『この彼女が、本当に罪人の子だ。償いの為、彼女の幸せに、とね』


 彼が、事実はどうでも良いとしたのは、こうした思いからなんだろうか。

 些末な事だ、と。


《そうですか、行きましょうか》


《えっ》

《さ、手をどうぞ》


《あの》

《時に重要な事は人によって変わります、アナタが気にしている事が俺には些細な事かも知れない、先ずは今日を楽しんでから色々と考えてみて下さい》


《はい》




 それから旦那様は、跡取り候補から降りられました。

 あまりに忙しいと、私と子供との時間が無くなってしまうから、と。


『いやいや、我が息子と君の子は実に愛らしい。お爺ちゃまでちゅよう、はむはむ』

『食べてしまわないで下さい、それに写真を撮るんですから、あまり緩んだ顔は』


『良いんだよ、身内に甘いと見せられる時は見せる、2枚撮れば良いんだからね』

「成程、流石お義父様です」


『そうだろうそうだろう』


 候補を降りられたのですが、前よりお忙しそうで。

 かと言って、甘い香りを漂わせる事はありませんでした。


 嫉妬はいけない事だと分かっているのですが。

 私は事実を知り、とてもとても嫉妬してしまいました。


 ですが、お慕いしているからこそ、身を引く事も考えるべきだと。


『良いかい、コレで』

「はい、生まれながらに歓迎されていたのだと、良く分かるお写真になる筈ですから」

『それにだ、折角の君の晴れ着も残しておきたいからね』


『口説かないで下さい』

「ありがとうございます、ふふふ」

『よし、撮るかな』


 旦那様が仰っていた通り、このご縁は神仏が繋いで下さったご縁だと思います。

 そして皆様の優しさに支えられ、私はとても幸せに過ごしております。


 それは彼女も。


 《それではお取りしまーす、盛大に顔を緩めて下さいませー。はい、ニッコリ》




 偶には編集の相手をしてやろう、と思ったら。

 随分と綺麗事が書かれてる物を読まされた。


「あ、ご不満ですかね」


『女を偶像崇拝みてぇに扱うのは、俺の好みじゃない』

「まぁ、菩薩様みたいな方ですからねぇ」

《本当にいらっしゃったら少し困るわね、不意に取られてしまいそうだもの》


『俺はこう言うのは好かない』

《はいはい、それで、コレがどうしたって言うの?》

「今月号の、記憶を失くした男と女、を読んでみて下さい」


『どうせまた綺麗事だろう、読まない、膝貸せ』

《はいはい》


 俺は女に嫌な事をする男は大嫌いなんだ、腹が立つ。

 そんな物を読むより、こうしてる方が遥かにマシだ。


 この柔らかい下っ腹の肉が堪らん。

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