第11章 孤児と元令嬢。

第1話 孤児と元令嬢。

「おはようございます」

『あぁ、おはよう』


 私は寺院に併設された孤児院で育ち、このまま孤児院を支えるつもりでした。

 御仏に使え、育てて下さった恩を返そうと思っていた。


 けれど突然、神仏の定めし相手だから、と。


 孤児院の方も、寺院の方も困った様子で。

 私は、事情をお伺いする為に、とお屋敷まで向かったのですが。


「その」

『先ずは幾ばくか着る物を用意させよう、もっと似合う物を』


「いえ、頂いても」

『そうだね、先ずは祝言を挙げに行こう』


 そして私は上等なお着物で、お屋敷近くの神社で祝言を挙げる事に。


「その、ご事情を」

『神仏が定めた縁、僕らは赤い糸で結ばれているんだよ』


 私が育った場所には、若い者も幼い者も居ない。

 孤児院とは名ばかりで、私は寺院で暮らし続けるのかと。


 でも、だからこそ村の皆さんは止めなかったのかも知れない。

 若く素敵な身なりの良い男性が来たからこそ、私の為に、お嫁さんにと。


「分かりました」

『行こうか』


 そうして御仏に仕えていた私は、神前式で祝言を挙げ。

 そのまま、日も高いうちから、初夜を。


「あ、の」

『空腹だろうけど、少しだけ我慢して欲しい、食事は用意させているから』


「あの私、お作法を」

『大丈夫、任せて』




 致してしまいました。

 そしてお布団を汚してしまいました。


「すみません、粗相を」

『気にするなと言うのは無理かな、食事の合間に変えさせる、おいで』


「はい」


 お食事の後は湯浴みをさせて頂き、そのまま寝間着で部屋で休む様にと。

 体力は余っているのですが、日当たりの良いお部屋で、つい。


『長旅も重なって疲れたろう、すまないね』

「いえ、日当たりが良いので」


『この庭に見覚えは無いかい』


「いえ、けど素敵なお庭ですね」


『あぁ、あまり寝過ぎない様にね』

「はい」




 そしてその夜、再び夜伽が有り、私は直ぐに眠ってしまった。

 そうして目を覚ますと、旦那様が目の前に。


 私は日の出と共に起きてしまう質なので、ゆっくりと寝屋を抜け出し、お台所へ。


《あら早い》

「おはようございます、すみません、何もせず」


《良いんですよ、私達が居るんですし、新婚さんなんですから。ふふふ》

「ありがとうございます」


《あ、湯浴みですね》

「あ、いえ、桶でお湯を頂ければ」


《いえいえ、少しゆっくりなさってて下さい、お声掛けしますから》


「はい、ありがとうございます」


 そうして旦那様の部屋に戻ると。


『早いね、そうか、成程』

「すみません」


『良いんだよ、おいで』


 それから少ししてお風呂を頂き、朝食のお手伝いをさせて頂き、旦那様にも食べて頂こうと思った矢先。


「あ、お仕事へ行かれるのですね」

『すまないけれど急用でね、良い子にしてておくれ』


「はい」


 そうして幾日か過ぎ、旦那様のお部屋の花を生けさせて貰った日に、旦那様が帰ってらっしゃった。


『ただいま』

「お帰りなさいませ」


 旦那様は商いをしており、こうして何日も帰って来ない日が有るそうで、無事に帰って来て下さって嬉しかったのですが。

 旦那様から、良い香りが。


 お花とは違う、甘い。


『ん?寂しかったかい?』

「あ、いえ、はい、少し心配しておりました」


『あぁ、コレは、香の買い付けもしたからね、移り香だよ』

「良い香りですね」


『君も欲しいかい』

「いえ、私は結構です、お世話になっておりますし」


『良いんだよ、後で届けさせよう、君に寂しい思いをさせたお詫びだよ』

「あ、ありがとうございます」


 それから旦那様はお仕事へ行かれても、家に帰って来て下さる様になった。

 けれど、あのお香が良く売れているのか、時折甘い香りをさせて帰って来る事が有り。


『ただいま』

「お帰りなさいませ、あのお香、良く売れているのですね」


『ぁあ、そうなんだ。湯浴みをしてくるよ、その後に食事の用意を頼む』

「はい」


 甘い香りを漂わせる日は、いつも湯浴みへ直行し、お食事となる事が殆どだった。


『君は、あのお香はあまり使わないんだね』

「え、いえ。その、下着や肌着に、焚きしめていますので」


『勿体ぶらなくても良いよ、妻に満足して貰うのも夫の務めだからね』


「でしたら、あの、今度はすずらんの様に軽やかな香りをお願い致します。あの香りばかりでは旦那様が、飽きてらっしゃるでしょうから」


『ありがとう、君に似合う香りだね、見繕わせて貰うよ』

「はい、ありがとうございます」


 このままでは、貰ってばかりになってしまう。

 私はそう考え、使用人のトメさんに頼んでみると。


《では、何か身に付ける物を商人に持って来て頂きましょう》

「でも、内々に贈りたいの」


《分かってます、坊ちゃまのお知り合いに頼みますからお任せを、見るだけ見せて頂きましょう》

「はい、ありがとうございます」


 そうして来て下さったのは、旦那様と似た年の、若い男性。


《まぁ、お久し振りですね》

《お久し振りです、相変わらずトメさんは若々しい》


《ありがとうございます、でも》

《見るだけなんでしょう、だから来たんです、悪友のお嫁さんがどんな方か見たくてね。どうも、宜しく》

「あ、はい、宜しくお願い致します」


《取り敢えずは無難なモノを持って来たんで、今出しますね》

「あの、上がって下さい」


《では、お言葉に甘えて》


 旦那様とは違った魅力を持ってらっしゃる、凛々しい男性は、意外にも品物を丁寧に取り出し。

 1つ1つ、解説して下さいました。


 定番で定期的に売れる品、今が流行りの品、新しく出たばかりの品。

 カフスやタイピン、時計、万年筆。


「どれも、迷ってしまいますね」

《どう扱って欲しいか、ですよ。常に身に付けて欲しいか、家に置き眺めて欲しいか》


「出来れば、身に付けて頂きたいのですが、旦那様の好みをあまり知らなくて」

《合うだろう物でも良いんですよ、似合うと思うなら》


「私、洋装は、特に都会のハイソな方の事は分からないので」

《あぁ、なら刺繍はどうでしょう、男物の色柄で先ずは贈ってみて。それから探るんですよ、好みの色や柄をね》


「はい、ありがとうございます」

《では、長居しました》


「いえ、ありが」

『何故ココに居る』

《奥様が上げて下さったんだよ》


「あの、旦那様」

『君は少し黙っててくれ』

《何もしていないよ、それこそトメさんが証人だし。もう帰る所なんだけれど、まだ長居しても良いのかな》


『送る』

《どうも、じゃ、また》


 私は、怒ってらっしゃる旦那様に驚いて、お返事が返せませんでした。

 私は、家に上げてはいけない方を上げてはしまったのでしょうか。


「トメさん」

《だ、大丈夫ですよ、きっとヤキモチですよヤキモチ》




 コイツと彼女を会わせる気は、全く無かったと言うのに。


《彼女、怯えてたけど良いのかい?》

『本当に何も言って無いんだろうな』


《品物の説明だけだよ》

『なら帰れ、2度と来るな』


《俺には、悪友の愚行を止める義務が有ると思うんだけど、どうかな》

『良い家の本家筋のお前に何が分かる、もう跡継ぎだと決まっているお前に、何が分かるんだ』


《そこまでして欲しいかね、跡継ぎの座》

『持つ者には分からないだろうな』


 コイツは有名な商人の本家の血筋で、跡取り息子として正式に決定されている。

 片や俺は妾の子、しかもウチは成り上がりで、未だに新参者。


 だからこそ、宣伝も兼ねて良い家の娘を娶れ、と。

 だが殆どの娘は既に決まった相手が居るか、そもそも僕の様な者を相手にすらしない。


 そこで、没落した家の娘をと考えた。

 資金提供は父、どうしても父に説明する必要が有り、悔しいけれど僕の手の内を明かす事に。


 そして父は喜々として他の兄弟達にも広め、僕は急いで祝言を挙げ、夫婦となるしか無かった。

 その証も父に確認して貰い、僕は何とか跡継ぎ候補に残れた。


 他の者は間違えて単なる捨て子を拾って来たり、それこそ詐欺師に引っ掛かっていたけれど、僕は最終選考に残った。

 彼女は本物の、没落した旧家の娘。


《良い子そうだし、説明すれば》

『それでダメだったらどうする、コレで逃げ出されたら僕は終わる』


《だからこそさ、少しは言っておかないと、幾ら閉じ込めてたって不意に外に出て耳にしたらどうするんだい》


『出さなければ良い、何処にも』


《跡継ぎとなれても、それは流石に無理じゃないだろうか》


『病弱だと言う、僕が惚れて出さないでも何でも良いだろう』


《まぁ、君がそう言うなら良いけど、あんまり幸せにしないならすり替えちゃうよ》

『絶対に関わってくれるな』


《はいはい、邪魔はしない邪魔はしないって、じゃあね》


 全て持っているからこその余裕なんだろう、必ず見返してやる。

 僕を蔑んだ全ての者を、見返してやる。




「申し訳御座いませんでした」


『まさか、ずっとココに』

《すみません、大丈夫だと言っても》

「本当に申し訳御座いませんでした」


 トメが上手く丸め込めない程、意外にも頑固なのか。


『すまなかった、あのまま急ぎの商談が入ってね。彼は商売敵と言う程では無いんだ、ただ人のモノを欲しがる悪い癖が少しだけ有って、それで君が心配になっただけなんだ』

「はい、申し訳御座いませんでした」


『もう良いんだ、さ、行こう』


「あの、少ししたら参りますので」

《もう、だから言ったじゃないですか》

『肩を貸すよ、おいで』


「いえ、その、私は肉付きが良いので」

『構わないよ、おいで』


「はぃ」


 この家は、本来なら彼女の生家だった場所。

 彼女が4才の時、この家は詐欺に遭い資金繰りが困難となり破産、それを苦に父親は自死。


 母親はこの子を寺院に置いて、それきり消息が掴めないまま。


『冷えたろう、すまなかった』

「いえ、私の不手際ですから」


『トメが断らなかったんだろう、仕方が無い』

「今思うと、何かを言い淀んでらして、それは若い男性だからなのかとばかり。なのに、旦那様のお知り合いと聞き、上がって頂いてしまいました」


『どうして、かな』


「私は旦那様の事を何も知りません、色の好みも、何も。贈り物を頂いてばかりなので、何かお返ししたかったんですが、洋装は見慣れていないのでご相談しようと。すみませんでした」


 きっと、彼女は大切に育てられたのだろう。

 僕から漂う香りすらも、全く疑わない程。


『すまなかった、ありがとう』


「あの、先ずは刺繍をと助言頂いたのですが、それすらもお嫌でしたら」

『嫌では無いよ』


「あ、じゃあ、色柄のお好みは御座いませんか?」


『部屋の花は君だろう、なら僕に合う花の刺繍を頼むよ、あまり派手な色合いでは無い物でね』

「はい、分かりました」


 彼女は僕に惚れてくれている。

 大丈夫、例えバレても一目惚れだと言えば、きっと純粋な彼女は納得してくれる筈だ。

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