第2話 元囚人と霊能者。

 俺は今、件の男の家に居る。


 冒頭には彼女の原稿そのままに。

 様々な関係者の証言も纏め、有識者にも傾向と対策について語って貰い、匿名では有るが警察関係者からの声も載せられ。


 直ぐにも発行された。

 彼女の四十九日を終えた次の日に。


『実名が出てないから良いですけど、せめて、出版する前に』

「どうぞ、出版停止命令を出されるならどうぞ、裁判は慣れていますから」


 初めてかも知れない。

 こんなにも厳しい林檎君の顔を見るのは。


『そうですか、弁護士と相談させて頂きます』

「でしたらコチラから助言を差し上げます、訴え出た場合、自分がこの悪逆非道な男だ。そう名乗り出るも同然ですので、どうぞお覚悟を、コチラには彼女の日誌も遺言も存在していますので。弊害をご検討の上、ご家族ともご相談なさった方が宜しいかと」


『コッチは被害し』

「アナタは器物破損と不法侵入の被害者であるだけ、殺人の被害者はアナタの悪友です。友情を大切になさり、彼を布団に寝かせて差し上げた、その優しさがご家族へも向けられているのでしたら。良く考え、ご相談なさってからが宜しいかと」


 彼女は恋人だと思い、近くの酒瓶で悪友の方を撲殺してしまった。

 友情を大切にするからと言っても、性格と性根とは全く関係無いもだと、コイツのお陰で思い知らされた。


『こんなの、まるで強迫じゃないか!』

「いいえ、コレは助言です。弁護士の方にも確認しました、ですよね?」


 俺はスーツを着込み、さも弁護士然とした態度で頷き。


《コチラは原本です、彼女の為にも、ご一読頂けますか》

「コチラが今回出版した本になります、では、ご連絡をお待ちしています」


《あ、くれぐれも破損や遺棄等はなさらないで下さい。既にとある方の品をお借りしている状態ですので、損害賠償請求ではかなりの額になりますから》

「では、失礼致しますね」


 そして、彼の傍に立っていた彼女は深くお辞儀をし、悲しそうに微笑んだ。

 今でも何処か好いてしまっているからこそ、四十九日を過ぎても尚、ココに居るのだろう。




《アナタ、何よコレ》


 金庫に入れていた筈の原稿が、どうしてココに。


『それを、何処から』

《答えなさいよ!》


『待ってくれ、それは預かり物で、破損させたら損害賠償を』

《ならハッキリ答えなさいよ、コレは本当なの》


『いや、違うんだ』

《そう、なら訴えましょう》


 彼女の手には、例の本まで。


『どうしてそれを』

《友人が貸してくれたの、悪しき見本の傑作だって。出だしが同じで、最初は驚いたわ、けれど原稿を読み進めるうちに》


『いや、待ってくれ、違うんだ。確かに少し彼女とは』

《中々一緒に住んでくれないと思ったら、こう言う事だったのね》


『いや、違うんだ、その女に付き纏われていて』

《なら、訴えましょうよ》


『いや、仮にも、そうした男だと認める事になってしまうんだ』


《まさか、向こうに証拠が有るとでも言うの》


『あぁ』


《出て行きます、離縁して、片付いたら再婚しましょう》

『待ってくれ、本当に君だけなんだ』


《バカにしないでよ!彼女にも言った台詞を言わないで頂戴!》


 腕を振り解かれ、頬を打たれ。

 俺は思わず。


「結婚するまでヤらせなかったお前が悪いんだろ!それに良い思いをしたのも、あの女で練習したおか」

《このクズが!死ね!アンタが死ねば良かったのよ!》


 再び頬を打たれ、俺は正気に戻り。


『違うんだ、今のはカッとなって嘘を』

《なら訴えなさいよ、私は出て行くわ》


『愛しているのは』

「君だけなんだ」


『ひっ』


 振り向いた妻が妻ではなく、彼女の声、彼女の顔で。


「君をずっと思っていた、君だけなんだ。ふふふ、悔しかったら訴えてみなさいよ、この愚図が」


 俺が腰を抜かしていると、向き直った彼女は妻の後ろ姿になり、出て行ってしまった。




《他の証拠を、お見せ頂く事は出来ませんか》


 僕らが件の家に向かった翌日、奥様がお尋ねになり。


「本にも、書かれているのですが」

《あ、そうなのですね。原本しか、読んでいないので》


 眉間に皺を寄せ、何とか堪えている状態で。


「原本をお渡しする事は出来ないので、写しとなりますが」

《構いません、お願いします》


「分かりました、少しお待ち下さい」


 そして写しを渡し、読み終えると奥様は。


《ご病気が発覚したからこそ、追い詰められ、天井で待っていたんですね》

「はい」


《私も、全く気付かなかったんです、もし私が》

「失礼だとは思いますが、好いているからこそ、騙されてしまうのでは」


《そう、ですね》

「すみません」


《私は、彼女の為に、何が出来るのでしょうか》


「僕個人としては、彼に、旦那様には敢えて訴えて頂きたいたいです」

《訴えれば、注目を浴びる》


「はい」


《お忙しい中、ありがとうございました。失礼致します》


「はい」




 彼女の思惑通りになった、と言うべきなんだろうか。

 どうやら奥方が訴える様に仕向け、すっかり世間に広まった頃、提訴を取り下げた。


 そして各雑誌社は、今回は取材合戦を繰り広げはしなかった。


《学習した、と言うべきなのか、単なる損得勘定か》

「両方だと、良いんですけどね」


《林檎君、少なくとも君は彼女の救いとなったんです。もう、彼女は彼の傍には居ませんでしたから》


「本当なら、良いんですが」

《共感や共鳴すると見える場合も有るんです、だからこそ、あまり死者に傾倒してはならないんです》


「思えば、引き留めてしまう」

《はい》


「神宮寺さんのせいですかね、こうして色々な事が起こるのって」

《どうでしょうね、寧ろ僕としては、君を支える為に引き合わされた気がしますけどね》


 自ら言いつつも、多分、そうなのかも知れないと言う考えが過った。

 もし俺が居なければ、彼はもっと苦悩し、それこそ潰れて。


「コレで借り1つだなんて、お得ですね神宮寺さん」

《僕も僕で得はしましたからね、可のを成仏させる事が出来ましたから》


「ありがとうございます」


 彼女は、きっと地獄に行っても、きっと3日で戻って来るだろう。

 糞野郎の妻が、改めて糞旦那と共に供養がしたい、と。


 で、例の和尚を紹介させた。


 それに俺も、林檎君だって冥福を祈ってる。

 コレで何千年も地獄に落ちるだなんて、あまりに酷だろう、救いがなさ過ぎる。


《お地蔵さんへのお供え物、買いに行きましょうか》

「浅草の松風にしましょう、それときんつばも」


《良いですね、そのままお参りに行きましょうか》

「ですね」


 酷で救いの無い世に、誰が産まれたがるかよ。

 だから救ってくれよ、神でも仏でも良いから、どうか蜘蛛の糸を垂らしてやって欲しい。




『ひっ』


 彼は、すっかり怯える様になってしまった。

 彼女と似た背恰好の者に、押し入れに、私に。


《大丈夫、何もいないわ》


 それでも私は、離縁しなかった。

 彼を愛しているから。


『悪かった、本当にすまなかった』


 亡くなった彼女の気持ちが、痛い程分かる。

 私達を騙した事意外に、彼に何も不満は無い。


 けれど、許せない。


《良いのよ、大丈夫、アナタが良い子で居続ける限りは捨てないわ。大丈夫、良い子に出来るわね》

『する、だから捨てないでくれ、頼む、捨てないでくれ』


 出版には何の異存も無い、もし娘が、息子がこんな風に騙されるならと思うと。

 私は相手を絶対に許さないだろう。


 そして、こんな男の子供として産うむなんて、と。

 きっと私を恨む筈。


 だから私は産まない、産みたいけれど、こんな血筋は残すべきじゃない。

 女盛りを捨て様とも、私は彼女の復讐を称賛する、世の為に書いた彼女を嘆賞する。


 彼女は復讐を果たした。

 そして今でも果たし続けている。


 なら、私も。


《良い子にさえしていれば、捨てないわ》

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