第7章 元囚人と霊能者。

第1話 元囚人と霊能者。

「神宮寺さんは、神様とか竜って見えるんでしょうか」


《残念ながら、見えないんです、また違う世界に居るんだそうですよ》

「あぁ、現世と幽世が有るんですしね、成程。コレって、大丈夫ですかね?」


 今回、共作だったんです。

 幽霊画の絵師で有り、女医先生の旦那さんでも有る、緊縛絵師の小夢さゆめ 怜子先生と恋愛作家先生の共作。


 竜の太い胴体に捻り潰されそうになりながらも、顔が半分隠れつつも悦んでいる表情の女性の絵を、恋愛小説の後に掲載したのですが。

 少し、不安になってしまって。


《気に入る龍神様も、気に入らない龍神様も居ると思いますし、嘗て人だった神様もいらっしゃいますし。多分、大丈夫だと思いますけど、ご心配なら近くの龍神様にお参りに行ってみては?》


「あぁ、ですよね、そうしてみますね。事後ですけど」

《珍しいですね、事前にお参りに行きそうなものですけど》


「忙しくて」


《案内しましょうか、龍神様のお祀りされている神社》

「お願いします」


 そして案内の道すがら、どうして僕が忙しかったのか、と。


《囚人の遺品、ですか》

「はぃ、ご本人のご事情が書かれた原稿が、届きまして」


《死刑囚、なんですか?》

「いえ、ご病気で、お若い方だと聞いています」


《あぁ、全く面識が無い方だったんですね》

「はい。正直、亡くなられたからこそ、出せるんです。奇抜さは、そこまで無いですから」


《では、何が出版になる理由に》


「悪しき見本です、そう、出して欲しいと。正式な遺言付きで」

《ですけど、出版するか否かは》


「会長が許可したので、はい」

《しかも担当は、君に》


「はい」


 僕は、あまり酷い内容のモノは好みません。

 その酷い、と言うのは、あまりに理不尽で不条理なだけの物語や事実。


 何の救いも見い出せない、ただ理不尽と不条理だけが有る、酷な世界。


《それで、君が救いとなる、ワケですね》


「コレが、本当に救いとなるのか。僕は、多分、確認したくないのだと思います」


 教訓とせず、今日も平然と人を傷付ける者、裏切ったり哀しませたりする者。

 そんな人間達が、出版後も減らない、そうした事実が存在するのも嫌なんです。


《成程、どうして君が怪談実話の担当なのか分かった気がします、何処かに必ず救いが有りますもんね》

「会長が決めた約束事なんです、全く救いが無い物は、この雑誌には載せるな。そう決まりは多くは無いんですが、はい」


《僕にも読ませて貰えますか?きっと修正で悩んでいるんですよね?》


「お願いします」

《貸し1つですね》




 お参り後、共に出版社に赴き、件の原稿を読ませて貰ったが。

 林檎君を凹ませるには、十分だった。


 家族が事件に巻き込まれ被害者家族となった筈の一家は、ガセネタにより加害者を煽ったのかも知れない、とされ取材合戦に巻き込まれた。


 件の出版社は3ヶ月の発行停止処分となり、事態を重く受け止めた警察は、風説の流布でガセネタを提供した者を逮捕。

 それは、彼女の親友だった。


 取材に来た記者に、何か彼女にも悪い部分が有ったのでは無いのか、そう尋ねられ捻り出しただけだと供述。

 未成年の為、保護観察処分、以降は関連事項の掲載禁止措置が取られた。


 そうして数年が経ち。

 彼女は、当時の恋人と偶然の再会を果たしてしまう。


『Y子』


「T君」


『あ、あの時はごめん、親に止められていたんだ』


「そう、よね、騒動が騒動だったから」

『出来ればちゃんと話し合いたい、コレから仕事なんだけれど。連絡先を、貰えないだろうか』


「はい」


 彼女は連絡先を渡し、それから良く会う様になり。


『もう少し、長く一緒に居たい』


「でも、居るでしょう、恋人が」


『一体、何の事なのか』

「警察の方が買い出しに同行してくれて、見たの、M屋の前で抱き合っている所を」


 彼女は彼を責めている様で、顔を見れなかった、と。


『いや、アレは抱き着かれただけなんだ、なのに襲われたと言うと脅されて』

「なら今、お付き合いしてる方って」


『居ないよ、ずっと君の事を探してたんだ』


 一家は騒動の時期、警察からの保護を受けていた。

 そして、その代償に知り合いとの連絡を絶つ事が義務付けられていた、何処から漏れるか分からないからと。


「本当に?」

『君こそ、俺に何も連絡しなかったのは、その女の事を怒ってなのか?』


「もう、捨てられたのかと」

『違うんだ、本当に許してくれ、今でも君を好いたままなんだ』


 そして彼女は、婚前交渉を行ってしまった。


「あの、改めてご両親に」

『もう少しだけ待ってくれないか、青二才だからと、また前の様に邪魔されたくないんだ』


「うん、分かったわ」




 私は、待った。

 彼の家で、押し入れの天井から入れる屋根裏で。


 段々と素っ気無くなり、会える日も減り。

 彼の浮気を疑った私は、隠れて待った。


『あぁ、あの女ね。久し振りに会ったら意外と可愛らしくなって、まぁ他の女の事も見られていたらしいんだけど、何とか誤魔化せたからさ』

《で、今でも食って遊んでるのか、悪い男だなぁ》


『まぁ、親に反対されたと言えば引き下がるだろうからね。今でも事件の事を気にしているんだ、もう、世間はとっくに忘れているのに。ずっと忘れられなかった、と、全く粘着質な女で困るよ』


《そんなに具合いが良いのかよ》

『いや、そうでも、試すかい?』


《おぉ、良いね、お前が捨てたのを拾うかな》

『面倒は嫌なんでね、宜しく、悪友』


 彼は私の事をずっと思っていたワケでは無い、私が見た女は、結局は彼の遊び相手。


 私の光はそこで失われました。

 だから壊したんです、私と同じ様に壊そうと思ったんです。


 でも、私は念願を果たせなかった。


《地獄って言うのは、アンタが最も嫌だった事を繰り返される場所らしい。それでも良いなら、ソイツに手渡してやる》


 どうせ彼も地獄行き、宜しくお願いします。


《分かった》




 僕がお茶を淹れ、戻って来る寸前。

 神宮寺さんの声が。


 誰か部屋を訪ねて来たのだろうかと、戸を叩いてから、部屋に入ると。


「神宮寺さん、今何か仰って」

《彼女がね、この原稿に宿っていたんですけど、もう解放されました》


「そう、なんですね」

《ただ、頼み事をされてしまったんですよ、コレを知り合いに渡して欲しいって。この、件の彼に、見せて欲しいんだそうです》


 彼女は天井裏に潜み、彼らが眠り込んだ後、1人を殺害。

 もう1人は逃げ無事なんですが。


「到底、悔いる様な方では無いですよ、既にご結婚されてますから」

《もしかすれば、結婚をし、子を成すとなった時に悔いてくれるかも知れませんし。お願いします、例え読まなくても、彼が手に取るだけで十分ですから》


「分かりました」


 そして弁護士や会長に相談し。


 出版日当日、僕は神宮寺さんと共に、嘗て彼女の恋人だった者の家へと向かいました。

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