第5話 庶民と神様。

『今日だけしか見せられない掟が有る』

「でしょうね」


 神域では既にお祭りが始まり、屋台が立ち並んでいる。

 猫娘だ狸だ、妖怪や神様がもう、ワラワラと。


 そして子供も。


『7才までは神の子、不運にも亡くなった子もココで過ごし、輪廻の環に還る』


「私達の寿命は」


『孫が生まれ7年経てば寿命となる』

「かと言って作らないワケにはいかない、か」


『嫉妬も有って今直ぐにも食べてしまいたい』


「どちらが幸せになると思う」


『アレより幸せにしたいと思っている、けれどココの生活に馴れる事が出来ず離れた者も居ると聞く、だからこそ全て見せ選ばせる。昔はもっと強引だったらしい』

「その方が良い場合も有る、悩むのは辛い」


『すまない、本当は会わせたく無かった』

「でも掟だから、泣く泣く、致し方無く」


『妾は、両方選べる』


「あらあら、贅沢」

『けれど寿命は人と同じ』


「あー、成程、絶妙」

『神は人を幸せにするモノ、例え娶る相手でも、だからこそ不幸にしてはならない』


「例え妾でも」


『妾は嫌だ』

「でしょうね」


『俺だけのモノにしたい』


『はいはいはーい、おっぱじめないで』

『そうそう、さ、次はお相手の番』

『どう覗いてたか見せるわ』


 そうして攫われ、境の泉にとうちゃくすると。

 まさに水鏡が彼の姿を映し、声まで。


『コレは、台所の水滴ね』

「水滴」

『竜は水を司る神、八咫烏は風に乗った音だけ、土蜘蛛は土の有る場所』

『良い朝食ね』


「アナタ達も掟に従って」

『まぁ、そうね』

『そうそう、全然抱かれられる』

『例えアナタを好いているとしても、ね』


「強い」

『まぁ、良い雄だし』

『エロティックだし』

『純朴でエロティックはモテる』


「分かる」

『敵対より協調、共存』

『アナタに味方する事で、私達の勝算も増える』

『まさに三竦み』


「どちらが良いと思いますか」


『アナタ達の生活を知っていても、私達とは違うわ』

『私達は私達の居る世界が幸せ、だからこそ呼ぼうとする、あの方を選びたいと思う』

『稀に神が人の地に行く事も有る、けれど私達にしてみれば束の間、どちらが幸せかは私達には分からない』


『でも、どちらでも幸せになれる』

『そうそう、両方を選ぶ事も出来る』

『そうして選べるモノと諦めなければならないモノが有る、全ては無理、正しく選ぶにはコレしか無い』


「私が不相応だとかは」

『無いわね』

『彼がずっと待ってた事を知ってるもの』

『その一途さもグッとくる』


「分かる」

『そうよね』

『だから悩んでいるのだものね』

『其々に魅力が有る、其々に利が有る、幸福はアナタ次第』


「無いんですが、どれも選ばないとか有ったんでしょうか」


『ふふふ』

『有った有った』

『愛も恋も子も要らんとね、それで全く別の者を選んで、幸福に天寿を全うしていたそうな』


「居るんですねぇ、真の変わり者が」

『居るわね』

『居るのよね』

『だからこそあの方は不安なの、神だからと必ず選ばれるワケでも無い、アナタがどちらを幸福とするかとても不安なの』


「あ、お布団を欲しがりますか」


『まぁ、其々よね』

『ね』

『さ、返すわね』


 お布団の事、誤魔化された気が。




『思い出すより、先ずは選んで欲しい』


「そうよね、思い出したからと言っても、結局は選ぶのだし」

『本当は俺を選んで欲しい』


 快楽で落としたい。

 体で落としてしまいたい。


「あ、何で真の童貞の筈が上手なの」


『見ていたから』

「あー、墓穴掘った」


『赤くなっても可愛い』

「止めて、考えらんなくなる」


『どっちに傾いてる』

「驚く程均等」


『なら考えられなくさせる』

「今ので向こうに傾いた」


『ならこうして傾かせる』

「コッチに傾いた」


『邪魔をしたくないのに、不安で、堪らない』

「ごめんよ、頑張ってるんだけどね」


『分かってる、努力してくれてるのも分かってる』

「じゃあはい、少し大人しくしてて」


 この柔らかい体も、優しい心も、全てアレに取られてしまうかも知れない。


 妾は嫌だ。

 けれど、完全に奪われるよりは。




『俺だけを選んで欲しい』

「ちょっ」


『ずっと触れたかった』

「待て待て、まだ時間が有るでしょうに」


『アレは優しい、良い男で、顔も良い』

「落ち着いて、応援してどうする。ちゃんと選ぶし思い出す、落ち着いて、大丈夫」


『離れたくない』


 後ろから羽交い締めにされ、うつ伏せに。

 幾らガタイが良くても、男手には勝てない。


 地面に押し付けられて。

 重い。


 苦しい。

 なのに息が掛かってくすぐったい。


 コレ、何か、覚えが有るような。


「あ、思い出したかも」


『出来るだけ細かく、鮮明に』


「無理におんぶしようとした、しかも電車で。飛び跳ねてたから、前を見せようと思って、それで、見せようと思って」


 通りで思い出せないワケだ。

 恥ずかしい思い出で、すっかり封印してたんだ。


『最後まで話して欲しい』


「無理しておぶろうとして、前に傾いて、一緒に頭をぶつけて大泣きさせた」

『あの時はありがとう』


「いやいや、助けるも何もケガさせたじゃない」

『善意で、喜ばせようとしてくれた、直ぐ親が来たけれどあの時は迷子になっていたんだ』


「だとしても」

『あのまま成功しても、迷子だと思い出して泣いていたと思う』


「でもおデコが真っ赤に」

『君も真っ赤だったけれど泣かないで、ずっと謝ってくれていた』


「そりゃ失敗したし」

『言い訳もしなかった、おぶろうとしてごめんなさい、そう言って。ウチの親も許したのに、ずっと謝って、俺が泣き止むまで背中を擦っていてくれた』


「ぅう、恥ずかしい、こりゃ思い出したく無いワケだ」

『でも思い出してくれた、後は選ぶだけ、もう選ぶまで触れない』


「それでベタベタしてたのか」

『それも有る、直ぐに思い出す者も居るらしく、幸運だったと思う」


「いや凄い焦ってたじゃないの」


『布団を貰っておけば良かった』

「まだ言うか、万が一が有れば、正妻さんに悪いから渡せない」


『夫婦になったら』

「あ、それで匂いか、頭の匂い。成程」


『匂いを嗅げたのも幸運だった、偶に合わない場合も有るらしい』

「あー、直ぐに思い出して嗅げず、いざ夫婦になったら匂いが合わず離縁」


『有るらしい』

「そら確かに幸運だわな」


『触れないと不安で堪らない』

「淫靡な美丈夫が不安になる、そんな良い女かね」


『アレと、好ましいと思う部分が同じなのが憎らしい』

「肉々しいのが良いのか」


『後ろから抱き着いて折れたら困る』

「体格が良いものね」


『丁度、頭の匂いを嗅げる』

「あの時の思い出が美化され過ぎじゃなかろうか」


『俺の為に生まれて来たんだと思う』

「多分、向こうも思うだろうね」


『嫌だ』

「急に下る語彙力」


『あのイヤラしい顔は俺だけに見せて欲しい』

「かと思えば猥雑に、必死ですね」


『必死だ』


「全く別の相手を選ぶ者が居たそうで」


『情に訴えかける力が足りなかったんだと思う』

「まぁ、そうかもね」


『でも、出来る事ならあまりしたくない』


「あの人に、最後にお礼を言って良いかね、それとごめんなさいも」


『本当に、俺で良いんだろうか』

「あんまり人の世が合わないらしい、宜しくお願いします」


『幸せにする、幸せになろう』




 実は、彼女に少し嘘を言ってしまった。


 紫色の着物や浴衣を見た時、七五三の時期、似た根付けを持ってる女性を見掛けた時。

 そうした時に良く思い出していた。


 元気だろうか、今でも優しいんだろうか、面倒見が良過ぎて困っているんじゃないだろうか。


 正直、どんな姿でも良いから会ってみたかった。

 そうした久し振りの再会で、それこそ父や母の同窓会での話を聞いていたのもあって、全く期待していなかったし。


 そもそも、好意と言うか、思い出や懐かしさで。


 けど、会ってみたら、思いのほか舞い上がってしまって。

 性急過ぎたかなとも思っている。


 同じ様に他の人にも優しくて、なのに傷付く事が何度も起きてて、凄く胸糞が悪かった。

 世間では外見じゃない中身だと言っておいて、と言うか別に、何がダメなのか全く分からなくて。


 だからこそ、焦ってしまったんだと思う。

 少なくとも僕には魅力的だし、周りにも、そうした趣味の者は多いし。


《あ》

「すみません、断わりに来ました」


 まだ昼間なのに、家まで探しに来てくれたんだろうか。


《そうなんですね、ありがとうございます》

「既に他の方からも声を掛けて頂いていて、天秤に掛けました」


《良いんですよ、人生の一大事ですから》

「ありがとうございました、お返します、どうかお幸せに」


《あの、良い男ですか、ちゃんとしてて、幸せになれそうですか》

「はい」


《お幸せに》

「はい、アナタも」


 深々とお辞儀をすると、振り向いて、可愛い日傘を差して歩き出した。

 そして陽炎の向こうで、灰色の紗を着た体格の良い男性と、並んで帰って行った。


 どうしてなのか、既の所で出遅れて負けた気がした。


 もう少し早く出会えていたら、もう少し早く動いていたら。

 逃した魚が大き過ぎて、鯉が竜になって滝を登り逃げてしまった、そんな感覚が何処からか湧いて来た。


 男だと分かっても誂わず、似合うと笑顔で言ってくれて、お礼参りが終わればもっと元気になれると励ましてくれて。


 その子がそのまま大きくなって、その子に初恋をして、一瞬で終わってしまった。

 あっと言う間に、半日も保たずに。


 いや、寧ろ半日で終わらせてくれたとも言える。

 あの隣に居た人は、もっと思っていたのだろうと、そんな気がする。


《はー、泣きたい、母さんお見合い紹介して》

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