第4話 庶民と医者。

 4日目。


《おはようございます、いらっしゃい》

「お邪魔します」


 今日は、どう出て来るのだろう。


『髪がまだ湿っている』

「急いで来ましたから」


『行こう』

「はい」


 神域との境は大体、体感で3倍遅い。

 爆睡さえしなければ、丸1日一緒に居る気がする。


 でも食事は通常通り、体も3倍遅くなっているのだろう。


『今日は何をする』

「小さくなって下さい、色々と試す」


『分かった』

「何故、服まで縮むのか」


『神の御業』

「成程。高い高ーい」


『意外と楽しめるものだな』

「大きくなってから体験する事は無いでしょうからね」


『確かにな、妻になったらしてやろう』

「ありがとうございます、ではお散歩しましょうか」


『あぁ』


 ぅうん、ダメだ、コレで思い出せるかと重ったのに。

 全く、思い出せない。


 子供なら、大概は迷子だし。


 いや、迷子じゃなかったのか?

 じゃあ何で私は手を出した。


 何だ、彼に何が有った。


 多分、悲しい事か、拗ねる事で。

 いや、ココは聞けるだけ聞くか。


「困ってたのか、悲しかったのか」

『それは、答えられない』


「ですよねぇ」

『ただ、俺は元気になった』


「そっか、良い方へはいけたのね」

『あぁ』


 よし、仮に悲しかったなら、何だ。

 飼ってた生き物が死んだ?


 飼えなくて拗ねてた?


「あ、歩き難い?」

『少し』


「あ、抱っこしてみるか」

『ん』


 可愛いかよ。


「軽いなぁ」

『今はな』


「ですよね、似たような大きさだったし、よしよし」


『悪くない、落ち着く』


「子供か」

『子供だ、今はな』


「じゃあ次はおんぶか」

『ん』


 可愛い。




「大きくなると、とたんに淫靡」


 成人後の姿で、この体勢になるのは。


『押し倒したくなる』

「子供の姿の時は大人しかったのに」


『姿に影響される』


「成程」

『口付けたい』


「一旦退こうか」

『頬で良い、口付けたい』


 真っ赤に。

 堪らなく可愛い、愛おしい。


「思い出すのが最優先」


『分かった』

「収まるまで休憩にしよう」


『添い寝』

「はいはい」


 背を向けられてしまったけれど、まだ耳は赤いまま。


『昨夜は、どうしてあんな事をしたんだ』


「っそ、何で覗いてるの」

『布団をくれる約束をするまで覗き続ける事にした』


「だからって」

『覗かれる方がマシだと言った、けれどくれる約束すら無かった』


「竜神様は良く欲しがるの?」


『他をあまり知らないけれど、割と欲しがる方だと思う』

「あぁ、そうか、性癖と言えば性癖だものね」


『触って欲しい』

「へっ」


『嫌なら見てて欲しい』

「えっ、あ、収まらない?」


『昨夜のせいで』

「あー、もー、気が向いたら触る」


『顔を触ってて欲しい』

「それなら直ぐに、どうぞ」


 彼女の温もり、彼女の匂い。

 掌じゃなく、全身に口付けたい。


 早く、一緒になりたい。




「手を引くのも、抱っこもおんぶも、ダメでしたぁ」


《コレはもう、酒しか無いわね》

「あぃ」


《ベタ惚れじゃないの》


「可愛くて美丈夫で、淫靡」

《淫靡。ってアンタまさか》


「いや、こう、お見せ頂きまして」

《あらあら、お相手も本当に本気なのね。お酒とか何も無しでよね?》


「はぃ」


《よし、飲むわよ》

「はい」




 5日目。


 特に思い出せず。

 ココは一旦落ち着いて、家事を済ませる事に。


 下着や何や、洗う物が出ますからね、うん。




 6日目。


 ど偉い人身事故が起こって、向かえる様になったのはお昼前、電車に乗ったのは良いんだけれど。


 人生始めての痴漢に遭い。

 仕方無く、駅員に突き出す事に。


 示談にするかどうかは、この人の前歴次第だとして。

 結局、1度警察署に向かう事に。


 そしては私は、知り合いの弁護士に来て貰う事に。


《やぁやぁ、また、大変な目に遭ったね》

「痴漢は初めてです、お世話になります」


《構わないよ、君が偽証しないのは分かっているし、相手から毟り取るからね》

「程々で、逆恨みされても面倒ですから」


《じゃ、任せて》

「はい、宜しくお願いします」


 そして神社に着けたのは、夕方。


『すまなかった』


「何が」


『加護を、外してみた』


「は?」

『触られたのは、多分、俺が加護を外したからだ』


「またまた、加護って」

『今まで守ろうとして、時に邪魔もしていた、だからこそ今日は来ないんじゃないかと』


「触られた事は知っているのに、直ぐに来れなかった理由を知らないのは」

『触られた事を知ったのは八咫烏から、他は、何でもは知れない』


「ココに来る迄の乗り物が長く使えなくなってしまっていたんです、電車は分りますか?」

『知っている』


「それが事故で暫く止まっていたんです」


『怒っては』

「寧ろ黙って加護を解いた事の方が怒りたいんですが、間が悪かった、善意ですから怒りません」


『良かった、すまなかった無断で解いて』

「と言うか不運とは別ですかね」


『色々有る』


「正妻になると」

『お互い解こうと思わなければ解けない、妾の加護はその半分になる』


「なら正妻を目指した方が良さそうですね」


『それか、他の男か』

「弱気ですね」


『他の雌の相手をして、お前の相手もするのは嫌だ』

「それは私も嫌ですね、折角なら1人だけが良い」


『したい、早く思い出して欲しい』

「妾は嫌なので我慢して下さい」


『神社仏閣が日暮れを境に閉じるのも、夜までには帰すのにも理由が有る、逢魔時を境に魔の性質が増える』


「つまり、イヤラしくなってしまいますか」

『早朝の黄昏時も同じ事、波が起こる、雄はどうしても盛んになってしまう』


「あぁ、朝だ」

『きっと、褥を思い浮かべて、名残惜しいと思って盛り縋るのだと思う』


「まさに盛ってますものね」

『生き物とは違い出してもまた戻り、滞留し続ける』


「だからこその正妻候補、妾制度、成程」

『すまない、思い出させたいが、もう帰った方が良い』


「ではまた、明朝に」

『あぁ、明朝に』




 7日目。


 何やら参道が騒がしい。

 出店の準備だなんだ、と。


 そして参拝直後、正妻候補の方々に囲まれる。


『あら、随分としっかりなさった方ね』

『弱々しいより安心ね』

『本当、良い髪だわ』


 褒めてらっしゃるのか何なのか、絶妙な言い回しで。


『あ、そうそう、アナタの候補もココに来るのよ』

『そうそう、そうだったわね』

『もう少し、さぁ、来たわ』


 階段を登って来たのは、私よりも大柄な、竜神様と似た背恰好の若い男。

 手水で顔を洗ってらっしゃる。


 分かる、夜明けでも階段を登れば暑くもなるし。


《あ、おはようございます》

「おはようございます」


 お参り、ちゃんと出来る方だ。


《1番乗りだと思ったんですけどね、いつもお参りしてらっしゃるんですか?》

「まぁ、最近は特に、はい」


《1番乗りすると願いが叶うそうなんで、明日は譲って貰えませんか?》


「良いですよ」

《ありがとうございま、その根付け、何処で購入されたんですか?》


「あ、貰い物です、この日傘も帯も」


《女の子を助けた事は?》

「まぁ、女の子から貰った物ですが」


《おかっぱ頭の、真っ赤な振り袖の女の子》

「はい、私が七五三の時に、迷子の子を見付けて、その子に貰いましたけど」


《僕です僕、体が弱くて厄除けに着せられてて、紫の着物でしたよね》

「まぁ、はい」


《じゃあアレだと、同い年ですね》

「同い年とは」


《アレで7才だったんですよ、お礼参りにって》

「あ、それが嫌で走って逃げ出して迷子になった」


《そうそう、良かった、もう譲らないで良いですよ、叶いましたから。お礼を言いたかったんです、ちゃんとお礼参りしたから、こんなに大きくなったんですよって》

「確かに、同一人物とは思えない」


《アナタは面影が有りますね、浴衣も紫だし、素敵な女性になりましたね》


「ありがとうございます」

《結婚は、して無いですよね?》


「まぁ、はい」

《なら今度、そうだ、今夜の花火を一緒に見ませんか?》


「花火」

《打ち上げ花火が有るんですよ、七夕にって、毎年やってるんですけど。そっか、違う神社でしたもんね》


「天神様でしたからね」

《近いんですか?》


「まぁ、白焼きを気軽に食べに行ける程度には」

《美味しいんですよねぇ、天神通りの白焼き》


「良く行くんですか?」

《祝い事の時に、これ以上大きくなってくれるなって、滅多に食べさせて貰えませんでしたけどね》


「何で、今まで会わなかったんでしょうね」

《確かに、あ、でも常に探してたワケじゃないんですよ。お見合いしないかって言われて、ならあの子に会いたいな、お見合い相手があの子だったら面白いのにって。願掛けも兼ねて来てみたら、会えましたね》


「ですね」


《お見合いは、まだ正式に決まって無いので、少し知り合ってみませんか?》


 顔の良い爽やかな好青年、きっとご家族も良い方なんだろう。

 けれど、だからこそ、最良かと言われると。


 いや、だからこそ、受け入れてくれるかも知れない。

 でもそれは、私の遠慮が勝ってしまう。


「私、運が良いのか悪いのか、良く人を助けるんです。今までも、そうやって尋ねて来る人も多くて、皆さん私の姿を見てガッカリして帰るんですよね」


《きっとチープな西洋画の見過ぎなんですよ、しかも因習を強調した、腰回りがこーんなに細い貴婦人の絵ばかり見てるとか。アレ怖いなと思うんですけど、好みは其々ですからね、僕は肉々しい方が好みですよ》


 隙の無い完璧な答え。

 もしコレが、本物なら、私は幸せな家庭に入れるんだろう。


「すみません、あまりに突然のお誘いで」

《ですよね。あ、じゃあ、連絡先を渡しておきますね、どうぞ》


 お医者様。


「お医者様」

《体が弱かったので、小児科医なんですけど。良かったら、考えてみて下さい、もし良かったら、ココで待ってます》


「あ、はい」

《じゃあ、また》


 小説の様な事実は、神様が全て操作しているんじゃないだろうか。

 私は、もう、素直に喜べない。


「ひゃう」

『アレがお前に見合う男だ』


「徳を積まないとアレだけの男は捕ま」

『いや、積まれた徳が使われるのは後からだ。子宝に恵まれたり、不運を避けたり、アレはお前の素地の良さからだ』


「向こうを選んだ者はおりますか」


『居る。家族が身近に入れば家族と離れる事になる、コチラの容姿を好まない者も居るし、利を取る者も居る。神域はコチラとは違う不便さが有る、少し来てみないか』

「行きます」

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