第3話 庶民と氷屋。
1日目。
夕方になってから目を覚ましてしまい、急いで帰宅。
恐る恐る入浴すると、もう覗かないとの声が聞こえた。
幻聴かとも思ったが、覗かれない分には得なので放置。
そして布団に入るも全く眠れず、仕方無く明かりを付け繕い物をする。
朝焼けが輝く頃に仕事が終わり、もういっそ暑い日は昼寝してしまおうと、張り切って家の事を済まし。
すっかりお陽様が出た頃に就寝。
2日目。
暑さは氷と扇風機のお陰でかなりマシに、けれども喉が渇いて起きたので、水を飲んで厠に行き再び午睡。
日暮れ前に起床。
水浴びをしてから繕い物を届けて回る、ついでに定食屋で食事をし、再び繕い物を届けて回る。
すっかり夜になった頃、家に着いたにで、改めて竜神様との事を思い出そうとする。
せめて季節がいつなのか、そこを聞けば良かったかもしれないと気付き、入浴し尋ねる。
秋、と答えられ困惑する。
なら、何故七夕なのかと。
答えは、そう言う日だから、と。
風呂上がりに、再び考えてみる。
今とは違い、肌寒い季節。
そんな頃に。
《あ、起きてた起きてた》
「姐さん、どうしたの」
《どうしたもこうしたも無いよ、神社に行ったら全然帰って来ないし、昼前に氷を届けに来たら爆睡してんだもの。体調でも悪いのかい?それとも何か有ったのかい?》
「あー、出会いが有りまして」
《ほら!やったじゃないか、だから言ったろう、でどんな方なの》
「また、助けた方なんだけど、今回はちょっと事情が違って」
《ほうほう》
「コレでも良いと言ってくれて、けど、家が厳しい方で思い出せないと認められないと」
《まぁ、良い家の方なら詐欺師も来るだろうからねぇ》
「でまぁ、期限が決まってて、残り5日で思い出せないなら精々妾か。他の良い方を、紹介する、と」
《で》
「思い出せないんだよぉ、出会ったのは小さい頃で、その姿を見せて貰ってたけど。全然、ダメ」
《ほら、あれ、季節はどうなんだい》
「どうやら秋らしいんだけど、全然」
《あー、子供なら日の出てる時なんだろうけど》
「そう、日が出てる時らしいんだけど、思い出せない」
《その、相手の方はどうなんだい》
「詐欺を疑う程の美丈夫」
《っかー!思い出せい!》
「思い出してる最中だったわ!」
《はぁ、本当に詐欺じゃないのよね》
「そこは大丈夫なんだけど、むず痒い」
《あ、いつでも会えるのかい?》
「まぁ」
《なら会いに行きなさいよ夜更かしして無いで、嗅いで触ってみたら、もしかしたら思い出すかも知れないじゃないか。繕い物は残って無いんだろ?》
「まぁ、そうだけど」
《向こうは結婚したがってるんだろ?》
「駄々をこねる子供並に頑な」
《ならもう、思い出せるまで居てやんなよ》
「でもさぁ、思い出せ無かったら妾だよ?それで好くのはちょっと、あんまり」
《アンタ好みの美丈夫なんだね》
「私のと言うか、多分、姐さんの旦那でも見惚れる」
《はー、そりゃ尻込みするわね》
「正妻候補も既に居て、通りすがった使用人に日傘を笑われた」
《人の好みにケチ付けるヤツは、馬に蹴られて車に轢かれたら良いんだよ》
「誰かに聞かれてたみたいで、直ぐに処罰してくれた」
《あら中身も良い男じゃないか》
「うん、多分、そうだと思う」
《よし祝杯だ》
「いやせめて思い出してからにしておくれよ、良い男だからこそ、きっと妾は苦しいだろうなって。それに、一足離れた方がお互いの為になるかもだし」
《ヒュー、ビビてんの》
「そらビビるよ、便利に扱いたいんじゃなくて、ちゃんと惚れられた気がするから」
《アレはクズだ、死んだ方がマシって思いながら長生きしまくってから、地獄に落ちれば良いんだよ》
「今回は、違うとは思うけど」
《あんまりにも好いて、思い出せなかったら辛いもんね、その時は飲もうね》
「どうしたって飲むじゃん」
《いや今回は本気だよ、こうタガが外れて、ふと思い出すかも知れないじゃないか》
「あー、まぁ。でも明日、会いに行ってからにしてみるよ」
《おうおう、惚気話を待ってるよっ》
「もう、避けんな」
《はいはい、じゃあね、おやすみ》
「うん、おやすみ、ありがとう姐さん」
3日目。
日の出の少し前に目覚めたので、水浴びをし神社へ。
《ようこそ、お待ちしておりました》
「お待たせしたお詫びです、お収め下さい」
《揖保乃糸、素敵な捧げ物をどうもありがとう》
「いえ、贈り物の流用で申し訳無いんですが、溶けかけですがコチラも」
《氷、良い氷だわね。あ、お参りしてらして》
「はい」
捧げ物をお渡しして、手水、お参り。
『会いたかった』
「まさか背後に現れるとは」
『直ぐに触りたかった』
「じゃあ最初は?」
『好きになって欲しかった』
美丈夫が可愛い事を言う。
「流石に、この顔を好まない者は」
『居る、整い過ぎてキモいと言われた事が有る』
「あらまぁ」
『土蜘蛛のに言われた』
「それこそ美醜の違いなのでは?」
『いや、お前も好かれる』
「いや美醜の違いじゃねぇかよ」
『いや、中身も好かれる』
「コレの何が良いんだか」
『口を見てると吸いたくなる、吸い込んで全て飲み込んでしまいたくなる』
日が出て少ししかたってのいないのに、暑い。
「川べりに行きましょうか」
『あぁ』
思い出す為に匂いを嗅いだり、触りたい、と。
俺は、我慢出来るだろうか。
「あの、もし」
『もし思い出す前に俺が手を出すと、妾になってしまうんだ』
「あぁ」
『だから、加減して欲しい』
「分かりました、そうなる前に止めて下さい、って言うか目を瞑って下さい」
『嫌だ、勿体無い』
「じゃあお好きにどうぞ」
俺の手に彼女が触れたり、匂いを嗅いだり。
感触が息が肌に。
『瞑る』
「もう、寧ろ逆効果なのでは」
その通りだった。
首筋に息が当たっただけで、堪らなく抱き締めたくなる。
『一旦待ってくれ』
「童貞か」
『童貞だ』
「処女じゃなくても良いのか」
『処女だろう』
「何で分かんの」
『処女膜の匂いがする』
「鼻が良いのね」
『お前の使ってる布団の匂いを嗅ぎたい』
「変態」
『ご褒美が欲しい、覗かなかったろう』
「えっ、捧げろって事?」
『成程、アリだな』
「いや無理無理、つかもう覗かれる方がマシだわ」
『嫁入り道具に使い古した布団を所望する』
「春にでも新品に入れ替えておけば良かった」
『入れ替えれば良い、古いのは貰う』
「凄い執着するじゃない」
『匂いも気に入った』
つまりは、匂いを嗅げる位の何かを俺達はしたんだが。
「今は?」
『もっと良い匂いになった、成熟した雌の匂い』
「雌て、そうか、雌か」
『俺の匂いは』
「雨が降る前の匂い」
『好ましいか』
「好ましい」
『なら嗅ぎ合いたい』
「いや、まだ、次は後ろから」
『分かった』
こうして思い出そうとしてくれている、俺の正妻になろうとしてくれている。
あんなにも意地の悪い様な事をしたのに、臍を曲げずに、また会いに来てくれた。
嬉しい。
触りたい。
食べたい。
「ちょっ、手出し禁止なんでしょうよ」
『入れなければどうと言う事は無い』
「ほう」
『そうした事も未経験だ』
「真の童貞か」
『真の童貞だ』
「なら大人しくしてなさい、暴発するかも知れないぞ」
『分かった』
早く思い出して欲しい。
俺に何をしてくれたのか、どう優しさをくれたのか。
3日目の夜。
「何の成果も得られませんでしたぁ」
寧ろ、ただ凄いムラムラしただけで終わってしまった。
だって、こう、撫でろと請われ添い寝しながら背中を撫でてたりして。
美丈夫が喜んで横になってて、もう、ムラムラと。
《ねぇ、幼少期を思い出す為にも、似た背恰好の子と戯れるのはどう?》
「はっ、天才か」
《でも、そう似た子で触れる子って》
「居る居る、幸いにも向こうにいらっしゃる、ご協力してくれる」
《あらー、随分と乗り気ね?》
「まぁ、美丈夫ですし、可愛いし」
《はー、それは酒の肴にするから取っておいて。今直ぐ寝て、お行きなさい》
「御意」
迂闊だった、小さくなって貰った時に試すべきだった。
いや、まだ時間は有る、こうした事は焦っても無駄だ。
明日、明日にしよう明日。
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