第2話 庶民と使者。

「はぁ、来るんじゃなかった」


 昨日は結局、降るかと思えば振らず。

 で、今日はカンカン照り。


《やだー、可愛い日傘ー》

《日傘が可哀想ー》

《本当ねー、ふふふ》


 お前らの両親の方が余っ程可哀想だ、見てくれだけのクソ娘に。

 いや、寧ろ自業自得の親だ、そうに決まってる。


 と言うか、姿形が可愛い者しか可愛い物は身に付けてはいけないなら、そんな世はほろ。

 いや、止めておこう、もう神社の敷地内と言えば敷地内なんだし。


 うん、あの娘さん達には不妊になって貰えば良い、どうせ碌でも無い子育てしか出来ないに決まってる。

 うん、石女として離縁されて秒で他界し、生まれ変わって出直せ。


「はぁ、着いた」


 凄い珍しい、真っ白な神社。

 敷石まで、真っ白。


 綺麗だ、手入れが行き届いてる。

 手水の岩に苔すら無いし、柄杓置きも青々しい若竹、それこそ柄杓も新品だ。


 何か、行事でも有ったのかしら。


《ようこそお参り下さいました》

「あ、はい、どうも」


《先ずはお参りを、さ、どうぞ》

「はい」


 ビックリした、来た時は誰も居なかった筈なのに。

 あの藪の中にでも居たのかしら。


 はい、よし、二礼二拍手一礼ね。


『待っていたよ、俺の嫁』


 私は、暑さで頭がおかしくなったらしい。

 このクソ暑い中、真っ黒な紗を着た美丈夫が、お賽銭箱を挟んで目の前に居るのだから。


「あ、あの、休憩所って有ります?」

《はい、コチラへどうぞ》




 若様は、お若い頃にアナタ様と出会いました。

 そしてアナタの優しいさに惹かれ、竜神の花嫁とすべく、アナタ様に徳を積んで頂ける様にと縁を繋げておられたのです。


「お茶をもう1杯貰えますか?」

《あ、はい、どうぞ》


「どうも。お美しいアナタが花嫁になられては?」

《いえ、私は乳母です、既に夫も子供も居りますので無理ですね》


「成程、合点がいった、美醜の感覚が少し変わってらっしゃるのですね」

『いや、確かに乳母は美しいと呼ばれる分類だが、それはそれだ』

《幼い頃、お会いしたのを覚えてらっしゃいませんか?》


「いやー、私もこの見た目ですし、ぶっちゃけ何をしたか言って貰えないと」

《アナタ様がこの位、若様もこの位の頃、ですね》


 もし、思い出して頂かないと、婚約が不成立となり。

 彼女は妾となってしまうのですが。


「あの、思い出さないと不具合でも」

『有る』


《あの、正妻では無く、妾となってしまうのです》

『俺は絶対に嫌だ』

「となると正妻候補が他にもいらっしゃる?」


《はぃ》

『俺はお前が良い』

「何で」


『優しいし真面目だ』

「で、正妻候補の方って」

《あ、はい、同じ竜神や蛇神です》


『絶対に嫌だ』

「暑、くない」

《はい、竜も変温動物、だそうですから》


「暑くないですか?大丈夫ですか?」

『こう優しい所が良い』

《あ、先程の2名は正妻候補からの使者です》


『九族郎党皆殺しにしても良かったが、お前の言う通り石女になり直ぐ死ぬ様にしておいた』

「いや神様の使いを石女は」

《あんな慇懃無礼なモノは九族郎党皆殺しで構いませんから大丈夫ですよ》


『それに生まれ変わって出直せ、は温情だ、ぬる過ぎる』

《ですね》


「あの、暑くないですか?一緒にもう少し涼みに行きません?」

『行こう、裏手に良い川べりが有る』


「川べり」

《はい、行ってらっしゃいませ》


 好みは千差万別、若様は身悶えする程に彼女を待ち望んで居られました。

 それに、私も気に入っております。


 彼女はイボガエルにすらも優しい、車道のカエルを脇へ追い払ってあげる程、優しい。

 そして、とても人間らしい。


 清廉潔白な者は禰宜や巫女で十分、若様は、人間らしくも心優しい彼女に惹かれたのです。




「ご厚意は大変有り難いんですが、私は別に清廉潔白では」

『それも良い』


「あのですね、単に救った程度で」

『だけじゃない』


「背中が暑い」

『すまない』


「はぁ、私は手水辺りで昏倒でもしたんでしょうか」

『いや、意識は鮮明だ、妄想でも夢でも無い』


「もう少し顔が良いのを」

『嫌だ、中身も気に入ってる』


「あぁ、心と言うか頭をずっと読んでたんですかね」


『水に触れている時だけだ、姿も、考えも』


「まさか、お風呂場でも」


『それは、すまない』

「何で見ちゃいます?厠を覗かれる位に、いやそれよりはマシかもですけど。何で前を隠します?まさか何度も覗きました?何回ですか?回数覚えて無い位ですか?」


『すまない』


「はぁ、こんなの」

『お前と想像が真逆になる様に、少し操作した』


「は?」


『それで、偶に嫌な者にも関わる結果に』

「は?何で?と言うか可哀想でしょうが、そのせいで自分を」


『別の良縁に繋がってる、問題無い』

「いや有りますって、私も傷付くわ向こうも傷付くわで」


『取られたく無かった』


「別に、そこまでしなくとも」

『いや、操作しなければ惚れられていた』


「まぁ、もう、確認のしようが無いですし」

『すまない、本当に誰にも取られたく無かったんだ』


「それで、皆さんちゃんと幸せなんですか」

『程々から結局ダメなのも色々と居る、俺と番えば見に行かせる事も出来る』


「それ、妾でも」

『絶対に嫌だ、しかも無理だ』


「そんなに性根が悪い者ばかりですか」

『いや、だがお前じゃないからダメだ、嫌だ』


「子供か」


『そうか、ほら、コレでどうだ』


 初めて会った頃の姿を見せれば、思い出すんじゃないかと期待したんだが。


「んー」

『ダメか』


「何をした、とかは」

『言えない』


「コレ、しきたり?」

『あぁ、人を娶るのに必要な事だった』


「あぁ、じゃあ氷屋の姐さんの言ってた事」

『操作した』


「アナタはココから」

『出れない』


「いつから」

『精通すると社を任され出れなくなる』


「童貞か?」

『童貞だ』


「美丈夫なのに勿体無い」

『単なる人にお前は勿体無い』


「清廉潔白じゃないのに」

『俺の好みは人間らしいのが良い』


「あんまり口説かないでくれ、思い出せなかったら妾になるんだし」

『受け入れてくれるんだな』


「断ったらどうなんの?」

『嫌だ』


「嫌だじゃない」


『今までの徳を使い、最も相応しい者と添わせる』

「お」


『ダメだ、絶対に許さない』

「選んで貰えない杞憂は無かったんかい」


『有った、だから操作した』

「それでもダメなら他の者を正妻にするワケだ」


『そうなる』


「単に我儘を通したいだけでは?」


『違う、本当に』

「分かった分かった、ごめんごめん」


『会いたかった、慰めたかった、すまない』


 母親が亡くなった時も、家から逃げ出した時も、何も助けてやれなかった。

 雨に打たれて泣いていた時も、慰める事も、声を掛ける事も出来無かった。


「私は家を、親を捨てた、そう優しくは」

『身を守って当然だ、相手の願いを無闇に叶えるのは優しさじゃない』


「あぁ、本当に色々と知ってらっしゃる」

『もう見守るだけは嫌だ、早く思い出して欲しい』


「期限が有りますか」

『7日間』


「七夕までか」

『8日の日の出迄に思い出さなければ、妾か俺以外を選ぶかになる』


「どうしても思い出せない時は」

『嫌だ、それ以外は死にたい』


「それは困る、綺麗な顔が勿体無い」


『じゃあ焼く』

「焼くな勿体無い」


『ずっとココに居て欲しい』

「あ、仕事が残ってるんだった」


『仕事は、続けるつもりなんだろうか』

「あー、んー、妾とか正妻ってどう生活するの?」


『捧げ物と、賽銭と同じ額を神域で使える、神域は俺達が住む場所。ココは神域と現し世の境』


「あぁ、神の域で、神域か」

『ココは時の進みが遅くなる、神域は現し世が反映され、ほぼ時が止まる。現し世でも仕事がしたいなら手を回す』


「正妻の場合のみ?」

『そうなる』


「それはちょっと、考えものね」

『良く考えて欲しい、思い出して欲しい』


「思い出すだけで好きにならないでも良い、とかは無いのね」

『生き辛くした、嫌われても仕方が無いとは思う、でも好きで一緒に居る為だった。分かって欲しい、許し愛して欲しい、思い出して欲しい』


「欲張りさんだねぇ」

『自分でもそう思う、すまない』


 半ば俺が傷付けた。

 娶る為の試練の1つだとしても、嫌だった。


「よし、お昼寝して良い?何か思い出すかも知れない」

『ならあそこで寝よう』


「あんな場所無かった筈」

『今出来た』


「便利」

『お前の為なら何でもする』


「本当に何でもしてしまいそうだ」

『する』


「では、お休み」

『おやすみ』


 柔らかい頬。

 肉付きだって良い、顔も愛らしい、俺が操作しなければ件の男も惚れていた。


 本当に、お前は魅力的なんだ。

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