第6章 庶民と神様。

第1話 庶民と子息。

 何年も何年も探し続けた。

 きっと彼女は可愛らしく成長し、いや、もしかしたら妖艶な女性になっているのかも知れない。


 そんな思いを胸に、やっと彼女に会える場所へ、彼女の実家へと辿り着いた。

 今でも、何と言うべきか迷っている。


 結婚して欲しい。

 会いたかった。


 どれを言おう、何て言おう。


『失礼致します、高宮と申します』


 この戸を開けるのは誰だろうか。

 彼女だろうか。


「はい?」


 彼女は、使用人だろうか。

 逞しいと言うか、大きい。


『あの、ココに、谷田マユコと仰る方が』

「はい、私ですが」


 この、女性が。


『失礼ですが、以前、男児を助けた事は。迷子の子を』

「あー、有るとは思いますけど、数が多いので何とも。お使いの方ですか?お礼は要らないので大丈夫ですよ」


『違うんです、9年前、こんな男の子を助けませんでしたか』


「あー、紙飛行機を追い掛けて迷って、丘の上に戻した子が。何か有ったんですか?また行方不明に?」


 どうしよう、てっきり、もっと彼女は女性らしい女性に。

 いや、確かに女性らしい部分も有る。


 胸はしっかり膨らんでいるし、髪も豊か。

 少し肩幅が大きく、僕より少し高いだけで。


 いや、ダメだ、あまりに想像と違い過ぎて。


『すみません、お茶を1杯頂けますか』

「はい、どうぞ上がって下さい」


 そして彼女は、冷たい麦茶の他にも熱々の煎茶を出してくれた。

 こうして優しい気遣いに、やはり彼女なのだと思う反面。


 僕の想像からかなり外れた女性が、目の前で繕い物をしている。

 しかも刺繍の修復、器用だ。


『あの、お上手ですね』

「あぁ、この身なりだし、何でも出来無いと嫁げないだろうって。まぁ、実際に出来ても嫁げてないんだけどね」


 取り敢えずは、独身なのは確かだ。


『何でも、とは』

「庭木の選定、料理、西洋菓子も簡単なのなら作れる。それとコレ、和装の繕いなら大概の事は出来るよ」


 この暑い中、彼女は光が当たる場所で繕い物を。

 汗だくで。


『あ、すいません、扇風機を独占してしまって』

「良いよ、倒れそうに真っ青だったし、無理しないで」


 彼女が優しければ優しい程、僕の胸が痛む。

 勝手に可愛くなっただろう、綺麗になっただろう、だなんて。


 ココまで来て、僕は結婚を申し込もうと思っていたのに、外見で怖気付いてしまった。


 なんて、情けないんだろう。

 彼女が優しいからこそ、大勢助け、僕を思い出す事にすら時間が掛かった。


 優しい彼女にとって、人助けは当たり前。

 そんな事を考えもせず、僕は、彼女の外見にだけ拘って。


『こんな出来た方を娶らないなんて、不思議ですよね』

「子の外見は似るって言うし、嫌なんでしょう。華奢で細く儚いのが女、綺麗だったり可愛いのが女、結局中身なんてどうでも良いんですよ。お人形さんみたいなら、中身が空っぽでも愛される、寧ろ可愛いければ中身が空っぽな方が良いんですから」


 言葉の1つ1つが、太い杭の様に僕へと刺さっていった。

 例えそんなつもりが無かっとしても、今の僕は、彼女に結婚を申し込もうとは思っていないのだから。


『その口ぶりですと、思う方はいらっしゃらないんですね』

「あ、誰か紹介してくれます?」


『勿論!どんな方が宜しいですか』


「外見で人を判断せず、こんな私でも惚れてくれる人、ですかね」


 杭の刺さった場所に、まるで鉄球をぶつけられた様な鈍痛。

 僕は、結婚を申し込みに来た。


 彼女の外見を見るまでは。


『もし、良い方が見付かりましたら』

「私、色々な時期、色々な場所で人助けをしたんですよ。今でも見付けたら声を掛けますし、未だに探し当ててお礼をと来て下さる方も居るんです。さぞ、ガッカリしたでしょう、女らしくも無いガタイの良い女に育っていて」


『あの、いえ、僕は』

「晴れ晴れした顔から一転、青白くなったり、何度も確認したり。多いんですよ、そうした方が、ね」


 僕は、なんて事を。


『すみ』

「謝らないで下さい、それでは認める事になる。どうぞ、黙ってお帰り下さい」


 僕では相応しく無い、だなんて思う事すら許されない。

 顔色に出した時点で、人として失格だ。


 しかも取り繕う為に、誰かを紹介しようだなんて。


 改めてお詫びの品を送ろう。

 有名店の菓子を。


 いや、氷にしよう。

 まだまだ暑い時期なのだから。




《まーた、先日助けて頂いた者です、コレで彼女に氷をって。良い時期に来てくれたねぇ、丁度切れる頃合いだろう》


「私より小さいお坊ちゃんだろう、灰色のスーツに薄い色の帽子の」

《そうそう、って、またアンタ。アレだったのかい》


「まぁね、だから敢えて汗だくで繕い物してやったよ」

《だから電話が無かったんだね》


「それは寝てたから、不貞寝してた、お見合いを断られた」

《はぁ、馬鹿な男達だよ、勝手に夢見て勝手に落胆して》


「仕方無いよ、女は父親に似て、男は母親に似るって言うんだし」


《アンタを気に入らない男は皆、死ねば良いんだ》

「客が減るよ」


《客が減ってアンタが幸せになるのが1番だよ》

「はいはい」


《そうだ、縁結びの神社にでも行ってきなさいよ》

「断る、暑い、死ぬ。それにもう、あまり外に出たく無いんだよ、男は皆可愛らしい娘さんに助けて貰いたがってるんだ。その機会を私は潰しちまうか。変なのに絡まれるかだ」


《アホみたいに出会うからねぇ》

「態々必死で探してるんじゃないんだけどね、しかももう、最近は5回家を出たら必ず1回は出会う」


《そう宝くじも当たれば良いのにねぇ》

「最近は当たらないねぇ」


《あ、アレだよ、実はアンタ良い子だから神様に目を付けられてんだよ》

「いや、そこまで良い子でも無いんだけど」


《そんなの、今日のクズよりましさね。で、アンタを娶る為に、徳を積ませてくれてんだよ》

「何で私が徳を積まにゃならんのさ」


《だから娶る為だって、ただの人間じゃダメだから、神様が引き合わせてくれてんのさ》

「で、ガッカリされて私は偉く傷付いてるんだが」


《それだよ、そう傷心で諦めてる所を。ほら、雷鳴だ、当たってるから余計な事を言うんじゃないって事さ》


「姐さん、詐欺師か物売りになんなよ」

《イワシの頭も何とやら、私の聞いた縁結びの神社も竜神様がお祀りされてるんだよ、試しに行ってみたらどうだい?》


「また、人助けだけか嫌な目に遭うか、若しくは何も無かったらどうすんのさ」

《今年の分のかき氷はタダだ》


「大した原価も掛かって無いクセに」

《よし、ダメなら天神通り白焼きだ》


「乗った、明日な」

《そうだねぇ、本当に降りそうだし、私は帰るわ》


「ありがとう姐さん」

《良いの良いの、じゃあね》


 確かに若い子にしてみれば、確かに野暮ったいし、パッと見は女らしいとは言い難いさ。

 けどね、優しいんだよ、真面目で優しい。


 あんなクソ男、家に上げてやんなきゃ良かったのにさ、きっと真っ青になってたから上げてやったんだろ。


 私も、目の前で見たからね。

 あの子だよって答えたら暫く固まって、ウチで休んで帰ってったけど。


 本当に、良い人に、それこそ竜人様でも何でも良いからあの子を幸せにしてやって欲しいんだけど。


 もしかして、神様も。

 いや、神様なら面食いじゃないのも居る筈、そんであの子の好みの。


 あぁ、私、あの子の好みを知らないや。

 何てこった、どうか、良い縁をあの子に。

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