第3話 騒々しい作家達。

『いやー、本当に熱かったよねぇ。やっぱり最初は何も感じないんだけれど、お、刺されてるぞと思うとさ。あ、痛いかも、痛い、熱い!って』


 あ、興奮すると痛いかも。

 うん、痛い。


「はぁ、電話で聞いた時は心臓が止まるかと。でも、お元気そうで何よりです先生」

「すみませんでした、俺が居ながら」

『ついさぁ、あ、コレはヤバそうだと思ったらさ。君に任せておけば良かったよ』


「すみません」

「是非!今度からは、逃げて下さい」

『あー、うん、だからさ、彼の田舎に引っ越そうと思って』


「へ?」

「ウチも東北なので、適当に家でも建てて、同居しようかと」


「あぁ、成程」

『鉄道が通ってる場所で、駅の近くに住むからさ、来てくれるよね?』


「勿論ですよ、肘折より楽なら寧ろ大歓迎ですよ」

『あそこも良いんだけどねぇ、町に出るまでが大変だからねぇ』

「缶詰めになるにはい良いんですけどね、俺らだと逆に違う事が捗ってしまうんで」


『ねー、してないのは厠位だしねぇ』

「成程」

「なので、まぁ、刺される前からどちらに住むか話し合ってたんですけど」


『折角だし、田舎が良いかなと思って』

「あの、ご家族の方は大丈夫ですか?」

「はい、こんだけ居れば1人位はそう言うのが居ても仕方が無いだろう、と。もう孫もいますから、あんまり欲張るとバチが当たるって、はい」


「そうなんですね、良かった」

「本当に、ありがとうございました」

『まだまだお世話になるよ、老後は楽しく暮らしたいしね』


「はい、楽しみにしてます」

『よーし、コレを糧に今日も書くから、またお見舞いに来てね』


「はい」


 死ぬとは思わなかったけど、コレで死んでも良いかな、とか思っちゃったんだよね。

 僕は男しか愛せないけれど、彼はまだ若いんだから、コレから更に変わるかも知れない。


 彼女が言ってた事に納得したから、折角だし刺されちゃえと思ったんだけど。

 肉を刺す感触に驚いたのか、ひっ、って言って手を離されちゃったんだよねぇ。


 憎いならさ、ちゃんと深く刺して捻ってから、抜かないと。




『ふふふ、心臓が止まるかと思ったって、本当に言うんだねぇ』


「本当に、俺も、俺の方の心臓が止まるかと思った」

『なら糧にして何か書いておくれよ、コレで何も無しは刺され損になる、しかも暫く君の相手が出来無いから大損だ』


 彼を刺したのは、俺の熱狂的な読者、俺自身の信奉者だった。


 愛しているなら身を引け、子を望まないのか、と。

 俺が目の前に立ちはだかったのに、彼は俺の後ろから姿を現し、横腹を刺された。


 刺し身包丁だったにも関わらず、刺さりが浅かった為、幸いにも大きな血管や臓器に傷は無く。

 抜糸が済めば退院が出来る。


「何で出ようとしたんですか」

『だから、君が刺されたら困ると思ったんだよ、僕じゃ君の介護は難しいのは目に見えて分かる事だし』


「アナタが出なければ」

『刺してたよ、愛憎ってコロコロ標的が変わる事が有るし、現に彼女は迷ってたしね。どちらを刺すか、刺さないと収まらないんだろうなと思って、なら僕がって感じ』


「死んでたらどうするんですか」

『そしたら彼女の言う通り、10年後でも女とくっ付くかも知れないじゃない。そうすれば皆幸せでしょ』


「俺は」

『20年後でも良いけど。男は僕だけが良い、やっぱり、何処かで女には勝てないと思ってるからね』


「俺は童貞です」

『嘘、僕としたじゃない』


「だから」

『別に、永遠に僕を思ってろなんて思わないよ。そんなの、それこそ愛が無いじゃないか、君には書けるだけ書いて貰わ。いや死んだら僕の分も書いてよ、出来るでしょ、散々読んでたんだし』


「言うんじゃなかった」

『愛だよ、愛、コレも愛』


「一緒に死にましょう、置いて行くのも置いて行かれるのも嫌です」

『まるで結婚の申し込みみたいだけど、出来無いからねぇ』


「養子縁組って手が有ります」


『それ、僕の名前になっちゃう筈だよね、年上の方にしか入れないって聞いてるけど』

「はい、ウチはもう山程継ぐのが居るんで、寧ろ揉めない為にも良いんです」


『刺されたから?』


「今度、改めて申し込みます、退院してから」


『どうしようかなぁ、遠路はるばる放火しに来られちゃうかもだし』


「大丈夫です、観光地でも何でも無い場所に家を建てるつもりなんで、変なのが来たら直ぐに伝わりますから」


『海の物も食べたいんだよねぇ』

「盆休み以外は何も無い場所ですよ、雪と林檎、海の近くならホタテとヒラメですかね」


『あー、スイカ食べたい』

「実家で分けて貰いましょう、手伝えば食わせてくれます」


『コレ家族にしちゃうの?』

「はい」


『そんなに百合が好きかぁ』


「はぁ」

『冗談冗談、家の仕上がり次第で考えてようかな、もしかしたら急に反対されるかもだし』


「絶対、良い家を建てます」

『はいはい、楽しみにしておくよ』




 退院後暫くして先生方は引っ越し、更に暫くして、同じ苗字になりました。

 そして作品にも変化が。


 薔薇作家先生は柔らかい雰囲気の両想いになる作品が多くなり、反対に百合作家先生はドロドロの人死も有る作品を出したり。


 事件を知る読者からは、さもありなん、と。

 ですよね、愛する男性を女性に刺されたなら、女性が憎くなってもおかしくは無い。


 それでも作品の良さは濁らず、百合作家先生の作品は映画にもなりました。

 憎しみが高じて殺し方の手が込んでしまい、最早ミステリィとなったからです。


 そして薔薇作家先生は、牧歌的な男女の甘酸っぱい恋模様を描いた作品が、映画に。


 熱心な読者は、今、コレが先生の望む幸せなのだろうと涙ぐんでいましたけど。

 多分、今、その幸せを味わってらっしゃるんだと思います。


 その原稿を取りに行った時、見ちゃったんですよね、セーラー服の裾が押し入れからひょっこりと。


 資料に使ってらっしゃるのかと思っていたんですけど。

 原稿を読み、はたと事実に気付いたので、雑誌と共に資料になりそうな物を色々と送らせて頂いております。


 そのお陰か、僕宛てに毎年魚介類やホタテが届きます、ウチの実家も林檎農家ですからね。

 林檎を送ろうと宛名を書こうとして気付き、念の為にもと連絡を下さいました、林檎は好きかと。


 実際、食べ過ぎててあんまり好きじゃないんですよねぇ、実家から送られて来るのはご近所さん用だし。

 ココでは比較的高級品ですけど、まぁ、実家に帰れば山程有るので。


 ただ、匂いは好きですよ。

 慣れ親しんだ甘酸っぱい匂い、果物の匂いと言えば林檎か苺。


 けど、苺もなぁ。

 苺牛乳は好きですけど、そのままはどうも、アレは練乳を食べる為の果物と言っても過言では無いワケで。


 あ、サクランボの味、好きですよ。

 酸っぱくないのが良い。


 それに梨も。


『林檎くーん、3番に電話だよー』

「はーい」


 さ、どの先生からの電話かな。

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