第2話 騒々しい作家達。

『あー、雪見温泉は堪らないなぁ、今回の取材旅行は当たりだねぇ』


 ココは田舎の田舎、山形の山奥に有る肘折温泉郷。

 様々な湯が湧き、雪深い、缶詰めにはピッタリだ。


 なんせ豪雪地帯で、今年は良く振っている年なのだから。


 雪解けまで、休養と筆の為にと実に太っ腹。

 いや、ココは顔見知りの顔見知りの宿だと言っていたし、安いは安いのかも知れないな。


 なんせ、殆ど人が居ないのだから。

 若いのは僅か、殆どが出稼ぎに出て、雪解けと共に戻って来る。


 雪下ろしの番は交代制、毎日だからと若い男衆が村に7人残り、お相手が居れば相手も残る。


 まぁ、閉鎖的な村だ、殆どは相手が居ない者が出稼ぎに行く。

 そして相手を連れ、桜の咲く春頃に祝言。


 温泉に山の幸。

 疲れた都会の者には新鮮で、美味い。


 いや実に美味いんだ、川魚は豊富だし、山菜の漬物が最高にご飯の友となる。


 そして雪が本当に音を吸うのか、静かだ。

 他の泊り客は居ないし、川べりだと言うのに。


「あの、寒いんですけど」

『空気の入れ替えだよ、頭に良いらしいからね』


「なら散歩に行ったらどうですか」

『そこまでは嫌だよ、懲りたんだ、雪道は体力をこそぐ』


 初日に浮かれ散歩に出て、帰りはもう、クタクタで。

 温泉に入りメシを食って、そのまま眠ってしまい、次の日にはもう筋肉痛の地獄が。


 こうして眺めるだけで良い。

 うん、雪は歩くものじゃない、眺めるものだ。


「少しすれば飽きますよ、雪なんて」

『全く、雪に慣れてる者はコレだから、全く勿体無い』


 彼ら兄弟は、本当に兄弟が多く大変だったそうで。

 勉強も出来る方だからと、降雪地帯から都会に出て来た兄弟だった。


 さぞこんなに喜ぶのは物珍しかろう。

 けれど僕には田舎が無い、昔っから都会子なんだ、こんなの面白いと思わずにはいられないだろう。


「雪の、田舎の何がそんなに良いんですかね」

『先ず緩急が有るじゃないか、そうして節目をしっかり大切にして、区切る』


 都会はね、催しが有っても流れ作業に近い。

 流され流され、忙しくて大した区切りも無い、有るとしても盆休みか正月位。


 こうしてお天道様に休めって言われて、しっかり休む為に備える。

 無理の無い良い流れ、緩急と区切りが有って、人と会うにも粗末にしない。


「まぁ、都会の人は偶に不親切ですけど、理由が理由ですし」

『田舎者のフリした詐欺師だ、老人だ病人だ、寸借詐欺の横行ぶりは目に余るからね』


 まぁ罪が軽いものだから、ひょいっと、やろうとする者が現れる。


 この前なんか、私服の警官に寸借詐欺を働いた者がしょっ引かれたって記事が載ってたけど、本当に生活に困っての事。

 詐欺に遭い金を失くした出稼ぎ労働者が、泣く泣く、メシの為にした事。


 無事に送り返して貰い、お礼の米を受け取るべきかどうかで、新聞が偉く賑わっていた。

 結末としては、その警官は孤児院に米を寄付して、事は穏やかに締めくくられたワケだけれど。


 あぁ、そろそろ書かないとな、ココで書き溜めれば暫く楽になるのだし。


 けれどもなぁ、鬱憤有ってこその作家なんだよね僕は。

 こうして良き恋人に恵まれてしまうと、あまり筆が進まない。


「何ですか、顔を眺めて」

『何か酷い事を言っておくれよ、見下したりだとか、蔑んだりだとかなじってくれないと僕は書けないんだ』


「俺以外に抱かれた淫売」

『あぁ、良いねぇ、それで書こう』




 この人は多分、酷い目に遭い過ぎて、麻痺してしまっているのだと思う。

 好意を真っ直ぐに伝えても伝わりきらない、そして謗れと言う、それこそ行為の最中でも。


 それが作家としての養分になるのは良い。


 けれど、俺としては心苦しい。

 半ば思ってもいない事を言っているのだから。


 いや、ある意味ではそう思っている。

 そう思っていた。


 裏切られたと思い、事実を知るまで、ずっと。


「好きです」

『いや罵ってよ、上手く書けなくなる』


 あぁ、憎たらしい、忌々しい。

 今までの男全て、その男を受け入れたこの人が憎らしい。


「破廉恥に慣らされた下賤の淫売、惚れた男もアンタも本当に可哀想だ」

『良いねぇ、流石、実に良い謗りだね』


 喜んで筆を進める彼が妬ましい。

 俺は俺の理想の為なのか、純愛や綺麗な物語が多く、彼程にドロドロとした物は書けない。


 書けなかった。


 書いてみよう。

 敢えて彼に素っ気無くし、俺はこのドロドロした思いを紙に吐き出す。


 彼にぶつける様に。

 彼を傷付けるつもりで。


「見ないで下さい、って言うか部屋有るでしょう」

『タダと言えど暖房費は馬鹿にならないんだ、良いじゃないか、2人の方が暖かいんだから』


 炬燵で向かい合わせに、互いに筆を走らせる。

 本当なら、コレだけで十分だった筈が。




《アンタが悪いんだ》


 結局、振り向て貰えなかった男は、彼の首を絞め殺してしまった。

 既に気を失っていた彼を抱く事も出来たのに、敢えてせず、敢えて彼を手に掛けた。


 誰にも奪われない様に。

 もう、誰にも触れられない様に。


 彼は彼を手折った。




『ごめんなさい』


 結局、彼女は彼女を手折った。

 誰にも触れさせない為に、彼女の純潔を守る為に、彼女は彼女を抱かずに首を絞めた。


 そして、彼女に死化粧を施し、彼女は1人冷たい川へと身を投げた。


 いつか彼女と来世で、あの世で、添い遂げられる様に。

 その願いだけを胸に、彼女は岩清水の流れる清い川へと、身を投げた。




「はい、確かに頂きました」

『でさぁ、林檎君、もう少し書けそうだからココで書いてて良い?あ、部屋は1つで良いからさ』


「構いませんが、取材費には余裕が有りますし、そう遠慮しないでも大丈夫ですよ?」

『良いの良いの、2人の方が暖かいし、彼にも了承して貰ってるから』


「あの」

『話はソッチでして、僕は温泉に行ってくる』


「あ、はい」


「どう、でしたか」

「はい、良い出来ですけど。共作されたんですか?」


「いえ、同じ部屋で書きましたけど、原稿は見せてませんし見てもいません」

「そうですかそうですか、今回の企画は既に大成功と言えますから、もう少しココで書いて頂いて構わないんですが。どうでしょう、部屋や、仲については」


「俺への気持ちを、書いた、と。なので、刷り上がったら、お願いします」


「では、配送で」

「はい」


「他に何か必要な物は無いですか?送りますよ」


「荒縄を、お願い出来ますか」


「あ、はいはいはい、じゃあそれら一式も送らせて頂きますね」


「はぃ」

「はい、では、また出来上がりましたらお願い致します」


「はい、ありがとうございました」

「いえいえ、では」


 つまりは、先生のお気持ちはすっかり届いてらっしゃる、筈。

 多分。


 けれど、もし違うのなら。

 道具を送って良いものか、悪いものか。


 いや、いやいやいや。


 僕は悪い疑念を振り払う様に、大きく首を横に振った。

 まさか、まさか心中なんてしないだろう。


 まさか、あの先生は兎も角、あの先生はそこまで追い詰められる方でも無い。

 まさか、まさね。


 そうして、社に帰っても僕は僅かに心配していた。


 あの作家さんは不意に心中してしまったし、あの作家さんは自死。

 そう過去の作家先生達の死が、僕をグルグルと苛んでいたけれど、本は出来上がったし道具は揃った。


 贈らざるを得ず、届いたら連絡してくれる様に、と一筆添えて段ボールを送り暫く経ったある日の事。


《林檎君ー!お電話よー!》

「はーい」


 何気なく取った電話には。


【もしもし】

「あ、先生、どうしてコチラに?」


【品物が届いたのと】


「と?」


【案が、浮かんだので】

「はいはい、是非是非お聞かせ下さい」


 そして百合作家先生から、とんでも無い案を聞かされる事に。


【やはり、難しいでしょうか】

「そうですねぇ、ですけど良いとも思います。話題にはなりますし、議論も、それこそ読み返したくもなりますし。相談させて頂いて、折り返し社から電話させて頂きますね」


【はい、宜しくお願いします】


 そして、許可が出たのは良いけれど。

 大問題作品となってしまった。


 薔薇本に載っていた者が百合へ、百合本に載っていた者が薔薇へ。

 そうして交差させ、更に複雑な愛憎劇が繰り広げられ、殺人すら起こる。


 前作で本当に作家先生同士がデキている、と確信した熱心な読者の半分は、コレを歓迎した。


 けれども一部の過激派が。

 先生を刺した。


 桜を満喫し帰って来た2人を前にし、一突き。

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