第2話 記者と僧侶。

「ココまででしたら、大変お目出度い、素晴らしい美談となりそうですが」

《はい、問題が起こりました》


 私が、彼女を抱けなかったのです。


「敢えてお伺い致しますが、何故、でしょうか」

《彼女の体躯です》


 その時になって初めて、初恋に引きずられている事を知りました。


 彼女に親しみを覚えたからこそ、娶ったにも関わらず、肩を並べ歩む友の様に思えてしまい。

 女性として見れなかった。


「女性と言えば華奢で儚く、小さい」

《はい》


 自分の中に知らなかった事が有り、その事により彼女を傷付けた。

 そうした罪悪感から、私は更に不能となり。


 とうとう、口付けすらも出来なくなってしまったのです。


「口を挟ませて頂きますが、それはある種の」

《性癖、ですね》


 成人ながらも華奢で小さな者になら、反応するかも知れない。

 妻は思い詰め。




「そんな、足を」

《用意周到でした、私が買い付けに行っている間に、彼女は両足を木材に挟ませ潰した》


 そして買い付けから帰って来る頃には、既に傷が治り掛けていた。

 それ程、彼女は夫を愛していた。


「奥様は、理由を」

《ええ、事故に遭ったんだ、と。幸いにも手は無事だから、少しは家計の足しに出来る、と》


 そして、やっと思いを遂げられ、お子様をお腹に宿した。

 けれども不運が。


 奥様は半ば寝たきりに近い状態、遠く離れた病院での治療の甲斐も無く、お子様は残念な事に。


 そうした不運の中、更に不運が尋ねて来る事に。




『ごめんなさい、ずっと、謝りたかったの』


 元妻が前触れも無しにやって来た。

 そして妻の前で、私に泣き付き、縋り。


《止めてくれないか、妻の前で》

『知ってるわ、でも私離縁したの。お願い、妾で良いの、償わせて』


 前夫の暴力が酷くなり、離縁した彼女が押し掛けて来た。


 けれど、もう、全く気持ちは無かった。

 筈でした。


《どうして、ココに》


『奥様に教えて頂いたの、買い付け先も、何処に泊まるかも』

《どうして妻が》


『1度だけ償わせて下さい、しっかり受け入れられる様になりました、まだ惚れてしまっているのです。そうお伝えした後、お確かめになって頂いたら、教えて頂けたんです』

《以前は》


『元夫のお陰なんです、そこだけは感謝しております』


 彼女がそう言いながら、下着を徐に脱いだ。


 何よりも悲しかった事は、自身が反応してしまった事。

 そして彼女がそんな卑怯な女性になってしまった事が、とても悲しかった。


《すまない》


『どうして?奥様も許して下さっているのだし、こうしてアナタも』

《君はもう赤の他人だ》


 私は彼女を追い出した、けれど彼女は引かず、寧ろ罵り始めた。

 なんと彼女は金を使って宿の者を買収し、人払いをさせ、私が受け入れるまで閉じ込めるつもりだと叫んだ。


 もう、何処へ行っても生きてはいけないのかも知れない。


 そう考え始めた時、今度は妻の事を話し始めたのです。


『あの女は!アナタが私を受け入れたら!離縁するって言ってるのよ!少しは!彼女の情愛を受け入れてあげなさいよ!』

《君に言われたくない!》


『私がとても好みでしょう?小さくて華奢な女が好き、分かってるわ。あの足、どうせアナタが切ったのでしょう。あんな巨女、あぁでもしないと』

《違う!彼女は事故で》


『本当に事故かしらね!私、彼女を見た事が有るのよ、思い出したの。私とアナタの婚礼品を見に行った先で、働いてた子よ』


 そこで初めて、彼女が敢えて足を失くしたのかも知れない、と。

 思い至れなかった。


 悲しみと怒りから、自身を引き裂こうとさえ思いました。

 けれど、妻を愛せなくなる事は辛い。


 あの夫婦の営みを知り、それを失うのが、とても惜しくなってしまった。


《僕らは僕らで生きていく、どうか忘れてくれないか》


『そんな事、本当に出来ると思う?また私の体を見たのよ、あの女とは全く違う、細くて華奢な体。胸も私の方が有るわ、あんな男みたいな』

《君に何が分かるんだ!》


『本当に妻として夫を支えられているのか、元妻として、確かめてあげたの』


《妻に何を》

『そんな、流石に幾ら足が無くても無理強いは出来無いわ。私が試して見せて、彼女にも試して貰っただけよ』


《使用人を》

『アナタからの恋文を見せて、大事な話を少しだけさせて欲しいって、お金をあげたら少しだけ居なくなってくれたわ。それから彼女にもアナタからの恋文を見せてあげたの、問題は無くなったのだから、私に返すべきよねって。そうしたら大人しくココを教えてくれたわ』


《どうしてそんな事を、彼女は何も》

『アナタを!奪ったからよ!!あんな男みたいな巨女の分際で、アナタに惚れたからよ!!身の程を弁えるべきなのよ!!』


《それは君だ!!》


『お願い、愛してるの、ずっと。だから元夫の仕打ちにも耐えたわ、アナタに合う様に頑張ってたのに、邪魔をして酷い人よね』


《君は、ワザと漏らしたのか》


『本当にごめんなさい、でもまさか、あんなに』

《どうしてなんだ!幸せになってくれと》


『仕方無いじゃない!もう既に次が、元夫が居て、そう言うしか無かったんだもの!!』


 自分がどれだけ彼女を見誤っていたか。

 こんな女に惚れていただなんて、なんて愚か者なんだろうか。


《頼むから、もう、関わらないでくれ》


 私は、何も考えず言葉を吐き出してしまった。

 その結果も考えず。


『そう、やっぱり……ダメなのね、分かったわ』


 彼女が立ち去ったのかどうか分からないまま、私は静かになった事に気が緩み。

 眠り込んでしまった。




《今でも、眠るのが怖いのです。何か間違ってはいないか、何かやり残した事は無いか、見逃していないか》


「彼女は、奥様の下へ」

《やっぱり、彼女が居る限り、ダメなのね。と》


 目を覚まし取り敢えずはと身支度を整えていた時、ふと、そう言ったのではと。

 そうして急いで汽車に乗り、家に着くと。


 人払いがされており、中に入ると。

 奥様はお世話もされず、人質となっており。


「そこまで」

《今では、色狂いとなってしまったのだ、と思っています。私は元夫のせいで、そう、そうした事にした縋れなくなってしまった》


 最初から歪んでいたのではなく、歪んでしまった、歪められてしまった。

 暴力に、情愛に、情欲に。




『この女の命が惜しかったら、脱ぎなさい。ちゃんと見せてあげましょう?分かって貰いましょう?ね?』


 私はもう、従うしか無かった。

 助けを呼ばずに家に駆け付けた事を、心の底から後悔した。


《分かった》


 私の返事に満足げな顔をすると、彼女も裸となった。

 けれど、もう、私は彼女に反応せず。


『どうして』


《僕は妻を》

『あ、この女が居るからね、私だけを見て』


 妻に手を掛けられてしまうと思った、けれど彼女は妻の前に出て、徐々に私へと近付き始め。


《いや、もう》

『触れば大丈夫よ、大丈夫、前みたいに良くしてあげるわ』


 私は、彼女に恐怖し、怯えてしまった。

 目を血走らせ刃物を持ち、全裸でコチラににじり寄る。


 まるで、物の怪か何かだ、と。


《来ないでくれ》

『大丈夫、ちゃんと覚えてるわ、そんなになってても大丈夫』


『お願い、もう彼を許して、離縁する。だから』

『ほらね。さ、署名をお願いね』


 彼女が振り向くと同時に、妻が飛び掛かった。


『逃げて!』


 勿論、そんな事は出来ません。

 私は急いで服を身に付け、その服の一部を使い彼女を縛り上げた。


『何でよー!!どうして邪魔をするのよ!この男女!!』


《すまなかった》

『いえ、ココまでとは、私も思わなかったから。見張ってるわ、助けを呼んできて』


《直ぐに戻る、待っててくれ》

『はい』

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