第3話 霊能者と僧侶。

《彼女の家に連絡する事も考えましたが、私はもう、許せなかったのです》


「警察へ連絡なさったんですね」

《ですが、彼女の家は金を使い、心神喪失だったとし、直ぐに保釈させました》


「では、まだ」

《いえ、彼女は腱を切られ、田舎の座敷牢送りとなってくれました。私も妻も後日、改めて確認に行きましたから、確かです》


「あぁ、そうなんですね」


《ですが》


「もしかして奥様は、お怪我を」

《いえ、ただ、まだ続きが有るのです》


 再び、奥様を抱けなくなってしまった。


「僕はそうした経験は無いのですが、仕方の無い事かと」

《妻もそう言ってくれました。けれど私は、夫婦で居続けたい、また愛し合いたかったんです》


 けれど、どんなに求め合っても。

 心とは裏腹に、体は全く反応せず。


 様々な、ありとあらゆる事を試したそうですが。

 念願叶わず。


 そして奥様も、密かに病み。


「そんな、奥様は何も悪くないのに」

《はい、元はと言えば私が元妻を見誤り、見誤ったままでいた事も。この体に見切りを付けなかった事も、原因なんです》


 そして下半身の全てを取り去り、出家なさった。


「それしか、ご自分を許す術が無かったのでしょうか」

《問題を起こしてしまうなら、取り去れば良い、例え誰かが噂を聞き尋ねて来たとしても。お見せするだけで、直ぐに帰って頂けますから》


「まだ」

《いえ、ココではまだ。ですが、いつ、誰が尋ねて来るか分かりませから》


「でしたら」

《心を決めるまでに少し掛かりましたが、私も病に掛かり、決心したのです》


「そんな」

《現世との離別は、妻と幸せに暮らせる為の、1つの試練だと思っています。コレを終える事で、やっと、妻と平穏に暮らせるのだと。私はそう、考えているのです》


「出来るだけ早く世に出る様にします、ですのでどうか、お読みになって下さい。校閲し、検閲し、旬波じゅんは和尚がコレで良いのだと思った物を。どうか、世に出させて下さい」


《ありがとうございます》

「あの、今、初めて書くのですが。忘れない様に、ココで、書かせて頂いても」


《では、離れをご案内致しますね、今日は来客が有りますので》

「あ、そうなんですね、すみません」


《いえ、お気になさらず、コチラへどうぞ》


 そうして僕は、人生で初めて、原稿用紙に字を走らせた。

 絵師先生が言っていた様に、溢れるばかりで筆が遅くて、それがとても悔しかった。


 それに文才が無い事も、何もかも。

 だからこそ、出来るだけ忠実に書こう、と。




《それで、どうして僕に読ませるんですか》

「神宮寺さんは絶対に漏らさないじゃないですか、漏らしたら絶交は勿論の事、僕は怒りのあまり有る事無い事書いて貰うかも知れないので。神宮寺さんは絶対に漏らさないんです」


 コイツ、言い切りやがった。


《分かったよ》

「それに、もし奥様の霊がいらっしゃったら、どうにかして頂きたいなと思うんです。思えば思う程、思い合うだけ、この世に縛り付けられると仰っていたので」


《ぁあ、まぁ、そうですけど》

「お願いします、僕の代わりに原稿を届けに行って、様子を伺って貰えませんか?」


 貸し1つ、いや、2つだな。


《コレ、本当に怖くないんですよね?》

「はい」


《分かりました、ですけど貸し2つですからね》

「はい、ありがとうございます」


 あの林檎君が、これだけ思い入れるとなれば。

 どの道協力はしようと思っていた。


 けれども、だ。


《コレ、怖いじゃないですか》


「あぁ、幽霊より怖かったですか?」

《はい、何ですかこの色狂いを極めた様な女性は》


「僕は、実在する、と思うんですよね。僕、嘘を見抜くのが下手だって言われるんですけど、作り話と実話を見抜く力が有るみたいなんです」


 危なかった。

 あそこで変に作り話をしていたら、もしかすれば軒並み俺の嘘がバレてたかも知れないな。


《だから、この怪奇実話の担当なんですね》


「と、会長が仰って下さったので、頑張っています」


 曖昧で、微妙な返事の仕方をする。

 コイツ、偶に異様に小狡い言い回しをするんだよな、全く油断出来ん。


《成程》


「それで、どうでしょう」

《真に迫ってると思いますよ、かなり荒削りですけど》


「ですよねぇ。もっと表現したい事が有るんですけど、何か、邪魔な気がして」

《他の作家さんに手直しをして貰うワケには、いかないんですかね?》


「もし、その合間に亡くなられたらと思うと」

《そこまでお痩せに?》


「いえ、ですけど、とても消えてしまいそうに儚げな方ですし。若いと早いんです、早くに叔母が亡くなったので」


《分かりました、様子を見に行って差し上げます》

「ありがとうございます」


 そうして、林檎君が初めて書いた原稿を片手に、寺院へ。


《どうも、林檎の代理の者です》


《あの、アナタは》

《神宮寺と申します、林檎君とは事件を通じ、親友となった者です》


《そうでしたか、それで、今日は》


《林檎君はどうしても原稿の受け取りに行かなければならないので、コチラを。初めて林檎君が書き上げた原稿です、ですので先ずはお読み頂きたいそうで、そろそろ電話が来る頃かと》


 僧侶が困惑している間に、玄関先に有る電話が鳴り。


《確かに、林檎君が任せた方の様ですね》

《読ませて頂きました、ご愁傷様です》


《どうも。玄関先で失礼を、どうぞ、お上がり下さい》


 どう見ても、生気と精気に満ち溢れているんだよな、この坊主。

 とても病気とは思えない、それこそ取り去ったとは。


 だが、もし林檎君の勘が本物なら、奥方は亡くなっている筈。


《あぁ、コレが、本当に素敵な庭ですね》

《ありがとうございます》


《ですけど、どうして紫陽花なんですか、確か花言葉は》

《移り気。コレは自戒を込めてです、そして妻が好きな花なので、植えさせて頂きました》


 霊魂や何かの気配が全く。

 いや、僅かに有るが、何かが違う。


《あ、そのまま加筆して頂いて結構だそうなので》

《はい、では、少し部屋で読ませて頂きます》


 茶は無しか、成程。


《どうぞお構いなく》

《あ、お茶をお淹れします、少しお待ち下さい》


《あ、すみません、ありがとうございます》


 あぁ、少し慌てていたのか。

 なら、それは何故か。




《お待たせしました》

《いえ、どうでしたか》


《はい、私はコレで、十分かと》


《分かりました、ですが一応、念の為にも作家先生にも見せ、手直しをお願いするつもりです》

《この悲劇が悪しき見本となるなら、如何様にも。どうぞ、宜しくお願い致します》


《今回は見逃しますが、1つ、2つ忠告しておきます。アイツはとても良いヤツなので、コレ以上利用しようとするなら暴きます、それとあまり悲しませないでやって下さい。では、失礼致します》


《何処から》

《あぁ、簡単ですよ、俺は見えるんです。初めから居ないのか、成仏したのか、死に際が近いかどうか。それに耳も良い、遠くで子供のはしゃぐ声が聞こえてる、きっと林檎君は集中して聞こえなかったのでしょう。害をなさないなら黙ってて差し上げますから、どうぞお幸せに》


《はい、ありがとうございました》


 人を欺こうとするものでは無いですね。


 天罰覿面。

 こうも直ぐに罰が下るとは。


 なら、どうして神仏は彼女達を。


 いえ、今は止めておきましょう。

 それにコレは、寧ろ釘を刺された程度、天からの忠告なのでしょうから。


『凄い人が来てしまったね』

《そうですね》


 私は幾つかの事件を入れ替え、幾つかの嘘を入れた。

 家族を守る為、子供を守る為に。


『ふふふ、ココまでは流石に噂は流れて無いそうで』

《これで、やっと、安心して暮らせますかね》


『今の彼の様に、都会には色々な人が居るんです、多少は誤魔化されましょう』


《後は、私に似ない事を祈るばかりです》

『いえ、似ても良いんです。時代は進みます、探し方次第、お見合いの仕方次第。私達が改良すれば良いんですよ、じっくり、ゆっくり慣れて貰ったら良い』


《そうですね、私達の経験が有るのですし》

『本も出るんです、きっと、私達よりは出会い易いでしょう』


《そうですね》


 お腹の子にも、林檎君にも、あの彼にも幸福が訪れますように。

 これからもお祈り申し上げます、ずっと、いつまでも。

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