第4章 僧侶と記者。

第1話 記者と僧侶。

「あの、コチラに旬波じゅんは和尚はいらっしゃいますでしょうか」


《私が旬波じゅんはですが》

「あ、良かった、お手紙を頂いた雑誌社の林檎と申します。僕が受け取り開封しました、他にご存知なのは会長だけですが、それも行き先だけです」


《ありがとうございます。どうぞ、お上がり下さい》

「はい、お邪魔致します」


 社に宛てられた封筒を、本当に偶々、僕が開ける事になり。

 こうしてお伺いするに至りました。


 いつも通りジャンケンをし、配る係りと選ぶ係、其々に分かれ、1枚1枚上から順番に配布。

 僕は3番目にその手紙の束を選び、席に戻り開封作業を始めました。


 寺院からの封筒で、やけに分厚いな、と。

 開けてみると、また封筒が顔を出し、コレは何か理由が有るのかと中身を取り出しました。


《コチラの縁側と、部屋と、どちらが宜しいですかね》

「あ、では縁側で、足を投げ出しても構いませんかね?」


《ええ、結構ですよ、どうぞ宜しければお履物もお使い下さい》

「ありがとうございます」


《では、お茶を淹れて参りますね》

「はい、お手数をお掛けします」


《いえ、では》


 封筒から取り出した封筒には、読む者を1人だけに限って頂きたい、と。


 ですので僕は会長に相談に向かい、僕だけが読む事に。

 そして封筒を開けると、書いて欲しい事が有る、とだけ書かれており。


 ココまで慎重になさるなら、さぞ秘するべき事なのだろう、と。

 僕は頂いた封筒を持参し、会長だけに行き先を告げ、ココに来た次第で。


「あ、ありがとうございます、美しい庭ですね」


 様々な色や種類の紫陽花が咲き誇り、時折差す光に照らされたり、降られたばかりの雫を落としたり。


《ありがとうございます、ココには愛しい人の一部が眠っているんです、その為の花なのです》


「お手紙で仰っていた事でしょうか」

《はい、聞いて頂けますか》


「はい」




 ご覧の通り、私には少し異国人の血が流れております。

 ですが何も不幸な血筋では有りません、私は大切に育てられ、何不自由無い暮らしをさせて頂いておりました。


《婚約を、申し込んでも良いだろうか》


『はい』


 幼い頃から家同士の知り合いで、幼馴染でもあった女性です。

 私の体格にしてみれば華奢で小さく、抱き締めれば壊れてしまいそうな、愛らしい女性でした。


 婚約をし、結納をし、婚礼をし。

 初夜を迎えた。


《無理をしない方が良い、今日はもうよそう》

『ごめんなさい』


《良いんだ、ゆっくり夫婦になろう》


 そうして、少しずつ夫婦として暮らそうとしていたのですが。


『痛い!』


 冗談に聞こえるかも知れませんが、どんな事をしても、彼女と結ばれ事は有りませんでした。


「すまないが、離縁してはくれないか」


《えっ、でも、医師は》

「君は悦びを教えてしまったろう、それでは可哀想だと、妻がな。すまない、こうした事には逆らえないんだ、産むのは女なのだから」


 私は諦めきれず、様々な医師に相談し、時にはインチキかも知れない者にも相談しました。

 ですが、最悪は不能になる事を覚悟し、身に刃物を入れる他にないとなり。


『止めて!私達は運が悪かっただけ、アナタに、合う方がきっと居る筈だわ』


 私は身を引き裂かれる思いで、何とか離縁を受け入れました。

 もし身を削り不運が有れば、彼女は無理にでも私と一緒に居る事を選ぶだろう、と。


 それは私の望みでは無い。

 身を引こう、そう決心するに至りました。




「それだけ、では無いのですよね」

《ですね、ココまでは、ココから少し先は酒の肴となるでしょう。あんまりの大きさに離縁だなんて、そう物語でもあるまいに、と》


 旬波じゅんは和尚は、実際に凡人離れした、とても素晴らしい体躯の持ち主でらっしゃいます。


 そしてお顔も、こんなにも綺麗な僧侶が居て良いのか、と僕が思う程に整ったお顔立ち。

 ほんの少し、ココの国では無い香りを纏った様な、それこそ絵から抜け出た様な横顔で。


「ココまで聞かせて頂いて申し訳無いのですが」

《書くに足らなければ、どうかお心にお留め頂くだけで結構です》


「分かりました」


《私は、暫く次の縁談も無いだろう、と家の仕事に打ち込みました》




 ですが、人の口には戸が立てられない。

 私の噂が何処からか広まり、声を掛けて来る女性が増え、男性までもが声を掛けて来るに至り。


 とうとう、襲われ掛け。


『本当に君は良い男だね』

「本当に、大丈夫、私達が飼ってあげるわ」


 目覚めると顔見知りの夫婦が居り、薄暗い蔵の中で、私は完全に拘束されていました。

 今思えば、薬や薬酒を使われたのかと。


《離して下さい》

「大丈夫、大きさを確かめたら、ちゃんと合う子を紹介してあげるわ」

『百聞は一見に如かず、さ、確かめさせておくれね』


 若かったせいか、特に処理をしていなかったせいか。

 私は直ぐに見定められる状態になってしまい。


「コレは、思った以上ね」

『あぁ、そうだな』


 そうして夫婦に試される事になったのですが、未遂に終わりました。


「コレは、ちょっと、大き過ぎだわ」

『全くだ、コレは骨が折れそうだ』


 夫婦に暫く何もされない間は、無事でいられるのかと思ったのですが。

 今度は使用人達に弄ばれ、眺められる様になり、屈辱的な時間が終わるには暫く掛かりました。


 そして何日目かの、黄昏時に蔵が開き、私は救出されるに至りました。




「それ程の事件でしたら」

《其々が相応の地位に居りましたので、金銭で解決に至りました》


「ですが、金銭では癒されないかと」

《当時の私は、寧ろ自分を責めていました。思い切って身を切っていれば、こんな事にはならなかったのでは、と》


「それは元婚約者の方のお気持ちも」

《何処から漏れたのか、それは彼女の夫となった者でした》


 離縁したものの、彼の評判が下がる事は無く、寧ろ女性達は離縁を喜んだ。

 その事に僅かに嫉妬した妻を見て、夫は彼に苛立ちを募らせ。


 そしてとうとう、妻に辛く当たる様になり、詰め寄った。

 何故離縁したのか、自分の事を本当に好いているのか、と。


 思い詰めた彼女は、うっかり漏らしてしまった。

 そして夫は逆恨みと嫉妬から、彼の事を広めた。


「アナタが酷い目に遭った事で、彼女が告白したのですね」

《はい》




 そうして私は、生まれ故郷を離れ遠方で仕事を続ける事になり。


 新しく店を持つ忙しさは有りましたが。

 その間はとても平穏で、とても穏やかでした。


 ですが、それも長くは続きませんでした。


 漏れ出した噂は生き物の様に広まり、私の身に迫る事になりました。

 生まれ故郷から、私を追って、私の噂を追い女性が尋ねて来たのです。


 我こそは、御身を受け入れられる器です、と。


 私よりは低いですが、女性の割に背丈も有り、体躯も良い女性が。

 女性用の道具を私に差し出したのです。


『どう、でしょうか』

《私は、もう少し大きいですよ》


『分かりました、もう少し精進してからお伺い致しますね』

《あの、あまり無理をなさってはお怪我をしてしまいますよ》


『大丈夫です、私が作って試している物ですし、加減は心得ておりますから』


 彼女は木製の細工職人で、装飾品の簪、そうした道具も作って生計を立ててらっしゃる方で。


 明朗快活。

 人当たりも良い彼女は、直ぐにその場所に馴染みました。


《あぁ、出来上がったんですね》

『はい、どう、でしょうか』


 何回目かの試作品が、漸く。


《もう少し、反ってるんですが》

『あ、そうなのですね』


《もっと、この位》


『ぁあ、成程』

《冗談ですよ、試されたんですか?》


『はい』


《失礼な事を敢えてお尋ねします、体だけでしょうか、婚姻もでしょうか》

『両方ですが、私は商家では無いので、弁えるつもりです』


《では妻に、宜しくお願いします》

『いえ、ダメです、先ずはコレが本当に使用出来るのかお確かめ下さい』


 幾ばくか問答をしたのですが、怪我をさせてしまうかも知れないと考えると、どうしても断れず。

 目の前で確認させて頂く事になりました。


 そして、私達は夫婦となったのです。

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