第2章: 蝶の羽ばたき

 それから数週間、美紗と隆二は寝食を忘れて研究に没頭した。彼らの天才的な頭脳が織りなす理論は、従来の物理学の常識を次々と覆していく。

 

 ある日の深夜、実験室で二人は向かい合っていた。

 

「美紗、これを見てくれ」


 隆二がホログラフィックディスプレイに新たな数式を投影する。


「君の理論を基に、時空間の歪みを数学的にモデル化してみたんだ」

 

 美紗は息を呑む。


「これは……まるで蝶の羽のよう」

 

 確かに、複雑な方程式が描き出す時空の歪みは、繊細な蝶の羽を思わせる形状をしていた。

 

「そう、蝶の羽ばたき理論さ」


 隆二が静かに言う。


「小さな変化が、予測不可能な大きな結果をもたらす……」

 

 美紗は隆二の横顔を見つめる。彼の真剣な表情に、胸の奥で何かが疼くのを感じた。

 

「隆二くん、私たちがしようとしていることは、この宇宙の根幹を揺るがすかもしれない」


 美紗の声は僅かに震えていた。

 

 隆二は美紗の方を向き、真摯な眼差しで言った。


「知っているよ。でも、僕たちにしかできないことなんだ。この発見が人類に何をもたらすか、誰にも予測できない。それでも、前に進むべきだと思う。それが科学者としての僕たちの使命だから」

 

 美紗は黙ってうなずいた。二人の指先が、ほんの僅かに触れ合う。その接点から、まるで電流が走ったかのような感覚が全身を駆け巡った。

 

「隆二くん、私……」

 

 その時、実験室の警報が鳴り響いた。

 

「異常発生! 粒子加速器の出力が限界を超えています!」

 

 緊急事態に、二人は慌てて制御パネルに駆け寄る。しかし、既に手遅れだった。

 眩い光が実験室を包み込み、美紗と隆二の意識が闇に沈んでいく。

 最後に聞こえたのは、お互いの名前を呼ぶ声だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る