1-8 原田茜

原田茜は七草くんを割りとあっさり受け入れてくれた。


 安井秀明のように、早く事件を解決してほしいと思っての行動なのかはわからないが、あまりにも堂々としている様からして犯人には思えなかった。


「じゃあ、早速質問。犯行時刻に貴女は呼び出されたそうだけど、どれくらい電話無視してた?」


「それなら履歴が残っているわ。ちょっと待ってね。えぇっと……これね」


 見えやすいようにスマホが机の上に置かれた。


 スマホに表示された履歴にはズラリと被害者である長谷川恵の名前が並んでおり、その間わずが七分で数十件の電話をいれている。


 スクロールしても当分消えなかった被害者の名前に、恐ろしいくらいの執念を感じて鳥肌が立った。


 七草くんは、これほどまでのものだとは思っていなかったようで、必死にかみ殺そうとでもしたのか、小さい悲鳴を上げていた。


「こ、こっわ!」


「私も途中から怖かったわ」


 あぁ、原田茜の目が遠いものになってる……。


 ていうかこれ、絶対に途中からワンコールなった瞬間にきって、またかけてきてないと量がおかしいことになる……。


「最初は放置していて、二分くらいかしらね?着拒しようと思っていたのだけれど、だんだんとスマホが変な音を出すようになったし、あまりにも怖かったから呼び出しに応じたのよ」


 なんなら今でも着信音が変な音になったまま戻らないわ、と続けた。


 壊れてるじゃん……。


「こわ……。呼び出されたときはどんな感じだった?」


「怯えているけど怒っているって言う感じだったかしらね。一方的に用件を告げられて、きられちゃったからろくにか言わしてないわ。約束の場所って言われてもわからなかったから聞き返したときくらいね。錯乱してるって言えばいいのかしら?」


 恐怖が振りきれて怒りにかわったってところかな?


 まぁ、今までずっと支配する側だったから怯えるだけですむわけもないか。


「なるほどね。口論の内容は?」


「よくわからないものだったわ。“お前がUだろ”とか“私のキャリアを壊しやがって”とか“いい年こいたババアが若い私に恋人を盗られた復讐か”とか……。口論というか、一方的に罵られてたって言うのが正しいわね……」


 被害者は原田茜のことをUだと疑っていたのか。


 Uの正体は今だわかっていない。


 開示請求に時間がかかっているのだが、どうも特定に時間がかかりそうな気配がしていると横溝先輩が言っていた。


 長年刑事をやっているかんと言うのだろうか?


 あの人の事件関係の勘って結構当たるから、まだ当分はUの正体はわからないんだろうなと……。


「勿論、私はUなんて知らないわ。しかも、平手うちされて……。今思えば耳が一瞬痛かったから、あの時にピアスが取れたんでしょうね。私も平手打ちして、お腹の辺りに水をかけて置いて帰ったわ」


「頬の傷は、そのときの?」


「えぇ、その時のものよ」


 被害者の爪から原田茜さんのDNAが検知されたから間違いないだろう。


「すぐに帰ったの?まっすぐ?」


「えぇ、まっすぐに帰ったわ。気分が悪くて、早くお風呂に入って寝ようと思ったのよ。それを証明できるものはないわよ。ここのマンションの監視カメラって、今壊れちゃってるのよ」


 タイミング……。


 どこもかしこもザル警備というか、また微妙な感じだな……。


「う〜ん……。なるほど、失礼を承知で聞くけど。安井秀明と付き合っていて、略奪されたのは本当?」


「本当よ。忌々しいわ……。ほら、これ」


 見せられた写真には幸せそうな原田茜と安井秀明が写っていた。


「あんなヘタレで意思の弱い、簡単に他の女になびいて浮気するような男だと知ってたら付き合うなんてことしなかったのに……。この辺りに引っ越すこともしなかったわ」


 あ、やっぱりここに住んでたのは元恋人である安井秀明に会うためだったんだ。


「長谷川恵についてはどう思ってる?」


「最低最悪の猫かぶり女よ。人の男だと知っておきながら手を出したんだから……。最初はちょっと仕事ができないけど愛想が良くて可愛い後輩ができたと思ったのに、とんだ地雷だったわ」


 最初は猫を被っていたけど、だんだんと本性を現してきて男の人にすり寄ったり、自分の失敗を他人に押し付けたりとやっていたらしい。


 人心掌握術にたけているのか、親の権力をうまく使っているのか、信者のようになっている人間が複数いて苦情を言っても意味のない状態だったそう……。


「だから、私、番組やめるの。後引っ越すわ」


「え?そうなんですか?」


「従業員を守ってくれない会社に人生捧げるきなんてないわよ。ここにいると、あのバカに遭遇しそうだし、もう関わりたくないもの」


 原田茜はため息をこぼした。


 原田茜の言っていることも一理あるが、原田茜の仕事場は大きい魚を逃すのを由とするのだろうか……。


 この人、なかなかに人気みたいでファンも多いらしく、簡単にやめられるとは思えない……。


「炎上のことは知ってる?」


「えぇ、炎上事態は知ってるわ。顔も見たくなかったから、詳しい内容は知らないけれどね。あちこちのネットニュースに取り上げられてたから、ちょっと苦痛だったわ」


「そんなにネット記事になってたんだ」


 結構なってたのにこの反応ってことは、七草くんは興味なかったから覚えてすらないのかも……。


「あ、話は全く変わるんだけど、鉄バットが入るサイズの冷凍庫ってある?」


「ないわよそんなの。使い道ないし」


「だよね〜」


 この質問、安井秀明にも聞いてたけど、一体なんの目的で聞いてるんだろうか……。


 ていうか鉄バットが入るサイズの冷凍庫なんてあるのかな?


 思い付くのって業務用の冷蔵庫くらいしかないんだけどな……。


「じゃあ……事件が起きる前の長谷川恵に変わったところとかなかった?」


「ありまくりよ。普段の勝ち気さなんて、どこかに消えて怯えまくってたわ。まぁ、関わりたくないから避けてて、それ以外はわからないんだけどね」


「まぁ、そうなるよね」


 ずぅっと関り合いになりたくないって言ってますもんね。


「隠してることは?」


「……バレてるのね。その、もしかしたら私の勘違いかもしれないと思って黙ってたんだけれど……」


 原田茜は迷ったように視線を右往左往させる。


「誰かが、あそこの近くに……監視カメラがない方の道にいた気がしたの」


「ほんとう?」


「分からないわ。一瞬だったし、そのあと直ぐに口論になっちゃったから……。私も怖くなって、早く帰ったのよ」


 犯行現場に誰かがいたかもしれない、か。


 もしかして安井秀明なのかな?


「そうなんだ。教えてくれてありがとう、原田さん。最後に聞きたいんだけどさ、コート着てた?」


「コート?着てたわよ」


「ずっと?」


「えぇ、ずっと」


「へぇ〜……。そっか」


 原田茜の答えを聞いた七草くんはにこりと笑った。


 七草くんの最後の質問が終わったところで、私たちはお暇することになった。


 容疑者達から話が聞けた私たちは一度、カフェ・ド・クリシェに戻って情報をまとめることになった。


 カフェ・ド・クリシェに戻る道中は特に何か起こることもなく、あっさりとついた。


「久能さ〜ん!」


 七草くんは中に久能さん以外の人がいないことを確認したかと思えば、勢いよく扉を開けて飛び込んだ。


「は〜い?」


 来店を知らせるベルが荒ぶっているが、七草くんも久能さんも特に気にしてないようだった。


 育ての親らしいし、七草くんの破天荒っぷりっていうか、子供みたいなところに慣れきってるんだろうな。


「つかれた〜!甘いもの食べたい!」


「えぇ!・?さっき、四つくらいドーナツ食べてましたよね!?」


「それとこれとは別だよ」


 この人の胃の許容量、どうなっているんだろう……。


「プリン食べる?」


「食べる!食べる!」


「日乃屋刑事はプリン食べますか?カラメル多めの固めプリン、一個で二百円ですよ。四百円でプリンアラモードになります」


 ……コーンスープやサンドイッチも美味しかったから、きっとプリンも美味しいよね。


 でも、私はドーナツ一つだけど食べてるし、これ以上食べたら太りそう……。


 いや、でも動き回ってつかれたしな……。


「……食べます!プリンアラモードでお願いします!」


「俺も!オレンジジュースも!」


「私、リンゴジュースでお願いします!」


「は〜い、ご注文ありがとうございます」


 欲に負けてプリンアラモードを食べることにした。


 久能さんって商売上手だな……。


 久能さん特性のプリンアラモードを食べきった私たちは、ちょっと休憩してから情報の整理を始めることになった。

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