1-6 安井秀明

まさか七草くんの知り合いにホワイトハッカーがいるとは思わず、すっとんきょうな声を上げてしまう。


 いや、だって探偵がホワイトハッカーと知り合いだとは思わないじゃない。


「あ、そっか。本名じゃないからわかんないか。えっと……確か、海月くらげって名乗ってるんだよ」


 海月?海月でホワイトハッカーって……。


「もしかして警察に協力してくれているホワイトハッカーですか?」


「してるよ。なんだ、やっぱり知ってるんじゃん」


 七草くんはスマホから顔を上げて、呆れたようすで私を見た。


「いや、本名知らないんだからわかりませんよ……」


「そりゃそっか。倉敷 湊くらしき みなとって言うんだよ」


「そうなんですか……。あれ?倉敷湊ってエンジニアとして有名な人では?」


「そうだよ〜」


 いや、軽……。


 え、て言うか、警察に協力してくれている海月と凄腕エンジニアとして有名な倉敷湊と同一人物なの?


 七草くんの人脈、一体どう言うことになってるの……?


 海月は警察に協力してあり、その腕前はデミゴッド級__上から数えた方が早い__であり、何度か警察も助けられている。


 倉敷湊は海月と同じく腕のいいフリーのエンジニアとして有名であり、あちこちから勧誘されていて、それを断っている変わり者なのだそうだ。


「確かに二人とも人が好きじゃないのか、表に出ようとしないって共通点がありますけど、同一人物とは……。ビックリしました」


「そう?わかりやすくない?」


「え、どこがわかりやすいんですか?」


 七草くんの人脈もそうだけど思考回路も全くわからない。


 一体何をどうしたら海月と倉敷さんが同一人物ってわかるんだろうか……。


 アニメや漫画のように、探偵って一般人の思考回路と全く違う思考回路をしてるのかな……。


 七草くんの言葉に首をかしげていればブブッとスマホが細かく揺れてメールの返事が返ってきたことを知らせた。


 七草くんに一言断って、スマホを確認してみると横溝先輩から原田茜と安井秀明の二人に対するアポについての返事が返ってきていた。


 二人から色好い返事が返ってきたらしく、今からでも行動を起こしていいと書かれていた。


「……」


 横溝先輩、私たちの考えでも読んでいるのかのように先を読み、連絡を取ってくれたり、許可を取ってくれたりと動いてくれている。


 これさ、私じゃなくても横溝先輩が動けばもっとスラスラと事が進んだんじゃ……。


「日乃屋刑事」


「え?あ!はい。どうしました?」


 思考が余計な方向に行き書けたとき、それを察したかのように七草くんが私に声をかけてきた。


「さっきの、もしかしてアポの返事?」


「あぁ、はい。そうです。お二人とも今からでも大丈夫だそうですよ。どちらから行きますか?」


「ん〜……そうだね。安井秀明って人のところから行こうか」


「わかりました。えっと、安井秀明さんの家は……こっちですね」


 資料から安井秀明の住所を調べて七草くんの案内する。


 途中、ミスドを見かけた七草くんが入りたがって、手土産を買うのも予てドーナツを購入することになった。


「やっぱりフレンチクルーラーが最強だな」


「ポンデリングでは?」


「お?戦争始める?」


「言い負かされる未来しか見えませんので、やめておきます」


「賢いね」


 海月と倉敷さんが同一人物だって簡単にわかるような人に話術で勝てるとは思えないし、あまり安井秀明さんを待たせたくないので不戦敗の選択肢を取った。


 行き着いたのは富裕層向けのセキュリティバッチリ、高級マンションだった。


 来るの二回目だけど、なんか別世界って感じするな……。


 マンションの向かい側の歩道にマスコミがごったがしているのを見るに、外で会う事になればとんでもないことになってそうだ。


 エントランスに入り、機械に部屋番号を打ち込んで名乗れば横溝先輩が事前に連絡をいれていてくれたこともあり、あっさりと開けてくれた。


 エレベーターに乗り込み十四階のボタンを押して、いくらかすると到着した。


 ドアベルをならせば、すぐに出てくれたがマスコミをひどく警戒しているようで周囲に誰もいないのを確認して、やっと安心したのか、私たちの事を家に招き入れてくれた。


 入る前にカラカラと音が聞こえたが、一体なんの音なんだったんだろう。


 部屋はどちらかと言えば散らかっている__というよりは物が多いというべきか。


 まぁ、成人男性の一人暮らしと言えばこんなものではないのだろうか。


 前のときは玄関に金属バットが置いてあったのはビックリしたけどね。


 ……もしかして、凶器?


 手土産のドーナツを渡すと、早々に家から出られないことに鬱憤がたまっていたのか、それとも単純にドーナツが好きなのか、予想以上に喜んでくれた。


 机にゴツイ男性用の腕時計が置かれていた。


 あと、腕には革製だろう、安井秀明の趣味ではないようなシンプルなブレスレットがはまっている。


「オールドファッション、うめ〜。……っと。何が聞きたいわけ?前に全部話したんだけど……。ていうか、そっちのは?見ない顔だけど」


「あぁ、俺?探偵の七草雛密」


「あ、ちょっ!」


 探偵って知られると、難色示されたりして話聞けないかもしれないのに……。


 私が止めるよりも早く、七草くんは探偵だと名乗ってしまった。


「探偵?まぁ、早く解決してくれるんなら、なんでもいいや」


「え?あ、そうですか」


 予想していた反応とは違い、ちょっと気が抜けてしまった。


 アニメや漫画で見たように「探偵に話すことなんてない」とか言われるかもしれないとハラハラしてたんだけどな……。


「えっと、安井さんに聞きたいことがいくつかあるんでけどいい?」


「事件解決してくれるんだったらなんでもいいわ」


 安井秀明さんは、そういってオールドファッションをかじった。


「それじゃあ、それじゃあ犯行時刻はどうしてた?」


「寝てたよ。寝落ちする前まで弟と電話してた」


「どれくらいに起きた?それを証言できる人は?」


「ん〜……ハンコージコク?の一時間くらいあと。証言できるやつなんていねえよ。その後、時間が時間だったから二度寝したし」


 私は安井秀明さんの言葉をメモに書き留めていく。


「じゃあ、指輪がなくなったのは本当に気がつかなかったの?」


「おう、物多いからな……」


「あーいうの好きなの?」


「おう。趣味で集めてる」


「じゃあ、今ネットで出回ってる長谷川恵のやっていることは知ってる?」


 その一言に、時間がピタリと止まったかのように安井秀明さんは黙ってしまった。


 安井秀明さんは息を吸って、言葉を続ける。


「知らなかった。知ってたら付き合ってねえよ……。口外するなよ?俺は元々苛められっ子だったんだよ。だから、別れようか悩んでたんだ」


「なるほどね。それは知ってたら付き合おうとは思わないや」


「なぁ、もういいだろ?きっと、茜が犯人だって。アイツも容疑者に上がってるんだろ?」


「なんでそう思うの?」


「そ、それは……後輩の人気妬んでたんじゃねえの?」


 一瞬言葉に詰まった。


 それを七草くんは見逃すことはなく、ニコリと作り物の笑顔を浮かべて追撃する。


「君が原田茜から長谷川恵に乗り換えたから?」


「は?い、いやいやいや!いきなり何を言い出すんだよ!言いがかりもほどほどにしろよ!」


 安井秀明は七草くんの発言に驚き、立ち上がったかと思えば凄まじい動揺っぷりと勢いで否定した。


「そう?ならいいけど……。それじゃあ、わかる限りの事件数日前の長谷川恵がどんな風だったか教えて?」


「知らねえよ。昔の子とがネットに出回ってから、俺のほうから避けてたからな。昔の子と思い出して胸くそ悪い……」


「一度も会わなかったの?」


「俺は最近はドラマの撮影ばっかりで外にいることが多かったからな。アイツは局でニュースの撮影とかしてたから、会おうとしなきゃ会わないんだよ」


 なるほど。


 職場の人の証言からしても、これは嘘じゃなくて本当か。


「あ、でも一回だけ家に来たわ。えっと、事件の二日前だったかな。まあ、追い返したんだけどよ。鍵使ってリビングまで来てたわ」


 その時に指輪を持っていってたのかな?


 ていうか、いくらなんでも一応恋人相手なのに随分と辛辣なことしてるな……。


「その時どんな感じだった?」


「人生の終わりって評定してたぜ。怯えてたし、マスコミのせいか外をやけに警戒してたわ。それ以外は……特になかったと思う」


 ふむふむ、他の人たちも怯えてたりはしてたけど事件当日まで特に変わったようすはなかったって言ってたんだよね。


「そう。じゃあ、事件当日に電話が入ってたのは?」


「寝てて気がつかなかった。っていうか、途中で電池切れちまったみたいなんだよ。弟と通話してたからな」


「弟さんとの通話内容は?」


「普通に世間話。最近仕事はどうだ〜とか、そんなの」


「なるほど、なるほど。ところでさ、この家って大きな冷蔵庫とかない?大体、鉄バットが入るくらいのサイズ」


「は?ねえよ、そんなもん。何に使うんだよ……」


 鉄バットが入るサイズの冷蔵庫???


「ないならいいや」


 私と安井秀明が困惑してるなか、七草くんは満足したのかドーナツをパクパクッと平らげてしまった。


「質問は以上、日乃屋刑事はなんかないの?」


「聞きたいことは聞けてるので、特にはありませんね」


「なら、大丈夫かな」


 聞きたいことが聞けたからなのか、七草くんは興味を失ってしまったようだ。


「じゃあ、帰るのか?」


「まだ、他にやることあるからね」


「そうか。早く解決してくれよ」


「無論、一週間もかからないよ。いや、三日要らないかも?」


 そんなに早く解決するつもりなのか。


 七草くんの発言に驚きを隠せないでいると安井秀明はあからさまにホッとした様子で、胸を撫で下ろしていた。











【報告】

ミステリー週間42位を獲得しました!

いや~、こんな順位、初めて見ましたよ。

自分の趣味で書いてて、それでいいやって思ってても、やっぱりこうやって、結果に出ると嬉しいものですね。

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