1-5 調査開始

人が入らないように警告の意味を込めてキープアウトの文字が書かれたテープが貼ってあり、警察が部外者の立ち入りがないか見張っている。


 現場は公園と言えるほど広くもなく、強いて言うのならばベンチが置かれているし、休憩スペースと言ったところか。


 警備をしてくれている警察官に挨拶をし、キープアウトのテープをくぐり、現場のなかに入る。


 七草くんもすんなり通れたどころか、気軽に挨拶をしている。


 気軽に挨拶をするほど、頻繁にあっているのか……。


 それ程までに七草くんに頼っている警察と言う絵面に頭を抱えたくなった。


「なにか見つけたら言ってくださいね。それと一応、これをつけておいてくださいね。大体は鑑識さんが調べてくれましたけど、現場が荒れちゃったら駄目なので」


「は〜い」


 横溝先輩の行動や言い分からして、何度も事件現場にきているだろうからある程度はわかっていると思うけど、念のために軍手を渡しておく。


 七草くんがよほど持っていなかったシークレットのガチャポンが手に入ったのが嬉しかったのか、上機嫌な返事を返す。


 軍手をつけたとたん、さっきまでの上機嫌さや子供のような態度や雰囲気は隠れ、キリッとした真剣な表情に変わる。


 あ、かっこいい。


 私が場違いな感想を抱くなか、手を合わせて、事件現場を見渡した。


 私は鞄から資料を取り出し、七草くんに渡す。


「これも、どうぞ。鑑識さん達が取ってくれた物です。事件発覚からすぐに撮影されたものです」


「ふ〜ん……」


 七草くんは事件現場と写真を見比べていく。


 まず最初に向かったのは被害者が倒れていた場所だ。


 そこには白いテープがあり、わかりやすく被害者が倒れていた場所と、発見されていたときの棒立ちのようなポーズを示していた。


「被害者はそこに倒れていました。発見当時は、そこの細い道を走っていたそうで、血が出ているのが見えずに何か不調のせいで倒れていると思って近づいたそうです」


 近づいてみれば頭から血を流して冷たくなっているものだから第一発見者も、さぞ驚いたことだろう。


 一生物のトラウマになって、この辺りに近づけないじゃなかろうか。


「カフェ・ド・クリシェでお話しした通り、死因は頭部への打撲です。まず、正面から一撃、その後何度も殴ったようです。渡したものの中にわかりやすいものがあるはずです」


 七草くんは、すぐに写真を見つけた。


 司法解剖の際に取られたものだろう。


 殴られたのだろう額は切れており、その周辺の頭蓋骨は陥没していたらしい。


「倒れ混んだのか、座り込んだのか。背をむけたみたいで、次は後頭部への攻撃になっています。あとは手の骨も折れてますね」


「あぁ、頭を守ろうとしたんだろうね」


「骨は大分、折れてましたね。粉々と言うほどでもないですけど。鑑識さん曰く、耐えたのは三回ぐらいじゃないかって」


 耐えたあとは体の力が抜けたのか、気絶のしたのか、守ることもできずに殴られて、死んでしまった。


「……」


「七草くん?何かありましたか?」


「う〜ん、変だなって思うことはあったよ。そこのベンチの下から原田茜のピアスが見つかったんだね?」


「えぇ、そうです」


 七草くんが言うベンチは遺体があった箇所よりもの少し後ろだった。


「何で落としたかはわからないんだっけ?」


「はい、恐らくは口論の際に落としたのではないかと……。ただ、何か隠しているようでしたので、まだ情報は出ると思います」


「なら後で聞きに行こう。アポ取っといてよ」


「え?あ、はい」


 スマホを取り出して横溝先輩に連絡をいれてみると、予想通り速攻でアポを取ってくれた。


 事件現場に入る許可を事前に取っていたことから、もしかしたらと思って連絡をしてみたけど、横溝先輩は何で私たちの行動がわかるんだろう……。


 もしかして、今の私みたいに七草くんを引き連れて事件を解決したことがあるんだろうか。


 それとも察しがいいだけなのか……。


 まあ、それはどうでもいい。


「横溝先輩が速攻でアポ取ってくれましたよ。事前に準備していたみたいです」


「流石、横溝刑事」


「安井秀明も原田茜も、事前に連絡をいれればいつでも大丈夫なようです。事件の影響か、職場から自宅待機を命令されてるみたいですね」


 二人とも容疑者候補だし、色々とネットで言われているような、こんな状態でテレビに出たらどうなることか……。


 もし外に出たらフラッシュの嵐だろうし、下手したら被害者の信者が報復として刺しに来かねない。


 番組に出たとしても面白半分のやからとか、信者とか、知りたがりとかに電話されたりバッシングで大変なことになるだろう。


 そこら辺を考えると妥当な判断だね。


「そりゃありがたい。ここ見終わって時間があったらいこうか」


「え?今日ですか!?」


「そう、今日。ただでさえ時間がたってるのに、これ以上時間を空けたら証拠品処分されるかもしれないじゃん」


「それはそうですが……。わかりました、現場の確認が終わり次第、連絡をいれますね」


「よろしく〜」


 軽い、とても軽い。


 七草くんの言い分もわかるが、当日に訪問って大丈夫なのだろうか……。


「で、鞄があったのはここと……。貴重品とかはどうなの?」


「あ、貴重品ですか?それなら一切てをつけられること無く残っていましたよ。ですから、強盗ではないですね」


「スマホとかいじられた痕跡は?」


「そっちもないです。一切、手をつけてないです」


「ふむふむ……」


 鞄が落ちていたのは遺体から少し離れた場所だった。


「そこから見つかった安井弘明の私物は?」


「趣味で買った指輪だそうです」


 私の発言に七草くんの眉間にシワがよった。


 わかる、わかるよ。


 被害者の鞄から恋人関係である人物の指輪が見つかったら婚約とか結婚とか疑うし、そうでなくともたった数ヶ月しか交際してないうえに、先輩から横取りしたんだから、そうなるよね。


「発見された指輪はメンズ物で、サイズも大きいですし、被害者が身に付けていたアクセサリーの系統とは大きく異なりますので、恐らくは無断で持ち出したのかと」


「盗癖あるの?」


「いえ、そういう証言はありませんでした。今も更新され続けているネット掲示板やSNSには書いてるかもしれませんけど……」


 あのようすだと窃盗よりも、万引きをいじめられっ子に無理矢理させるだとか、器物破損とかの方がしてそうではある。


「ん~……じゃあ、心細くなって勝手に持ち出したってところかな」


「そうじゃないですかね。DMの様子や職場の人達の証言を聞くに、だいぶん怯えていたようですから、お守りの代わりにでもしていたんじゃないですか?」


「他人から略奪した、特に愛しているわけでもなさそうな恋人の私物を無断で持ち出してお守りの代わり???」


 七草くんがボソッと呟いた。


 気持ちはわかるが死人に鞭を打つのはちょっとあれなので、言及しないことにする。


 不倫とか浮気とか大嫌いみたいだから、本当に被害者に対する当たりが辛辣だな、七草くん。


「ん?ねえ、これって地面濡れてたの?」


 そういって七草くんが確認してきたのは事件現場を取った一枚の写真だった。


 その写真は遺体がどけられた後の物を取っており、うっすらと湿気った地面が写真に納められていた。


「はい、成分は普通の水とのことです。被害者の服も濡れていたので、何か水を浴びるようなことがあったんでしょうね」


「被害者の服はどこら辺が濡れてたの?」


「えぇ……っと。お腹の部分を中心に胸の下辺りにから下腹部まで、脇腹に接触する辺りの腕も濡れていました」


「ふ〜ん。……被害者が着てたコートは?」


 あぁ、説明する前に気がついていたのか。


 監視カメラで見たときは暗い色のコートを着ていたのが、発見されたときはパステルカラーのトレーナーを着た状態だった。


「見つかっていませんね。多分、犯人が持ち去ったんでしょうけど……」


 コートを持ち去って一体なんになるんだっていう話なんだよね……。


「見つかりたくないからでしょ」


「え、見つかるような証拠があったってことですか?」


「じゃなきゃ持っていかないでしょ。金銭的なもの目当てじゃないんだし」


 それもそうだ。


 でも、一体何を見つけたんだろう?


「犯人を指し示すようなものですか……」


「見つけないと何とも言えないけど、ダイイングメッセージだろうね。ブランドとか分かる?」


「ん〜……」


 資料を確認してみるが、コートのブランドの特定はできていないらしい。


「わかりませんね。贔屓にしてるのはわかっているんですけど」


「それでもいいから教えてくれない?」


「えっと……愛用のブランドですと、“KAU・RUDA”や“鹿乃子屋”、“RoseSHOP”何かがありますね」


 資料に書かれていた文字列をメモ帳に書き出して、それを七草くんに渡す。


「うわ、セレブ御用達じゃん」


「どこのブランドも昔から愛用しているみたいですよ」


「なるほどね。流石、実家がお金持ち」


 ブランドを一通り調べて一言感想をこぼす。


「ん〜……。知りたいこと知れたし、次は容疑者に話聞きに行こう」


「わかりました。連絡をいれますから、返事が来るまで向こうのベンチで待ってましょう」


 事件現場から出て、少し離れたベンチを指差す。


「は~い」


 事件現場から出れば、さっきまでの真剣な表情や雰囲気はどこへやら。


 ベンチへボスンッと座り込んでポケットの中から飴玉を取り出して口の中に放り込んでいた。


 雰囲気コロコロ変わるな、この人。


「今連絡をいれましたから、あとは返信次第ですね。お二方ともお宅が近いので、今回は徒歩でいきましょう」


「まじ?」


「えぇ、どちらも似たような感じですけど、原田茜さんの方が近いですね」


「まぁ、元々恋人だったんだし、会いやすくするためにそうしたんだろうね。逆に気まずくなることになってるけどさ~」


 確かに……。


 恋人を横取りされて、しかも横取りした女が近場で死んでる。


 なんというか、本当に容疑者達が怪しくして仕方がない。


 殺人事件が起きても起きなくても引っ越し確定だな。


「で、さっきっからタプタプしてますけど、何してるんです?」


「倉敷に連絡取ってるの」


 倉敷って、カフェ・ド・クリシェを出る前に掲示板のことやUのことを調べておいてほしいって頼んでた人だっけ?


「その倉敷さんって、どんな人なんですか?」


「あれ?知らない?倉敷のこと、あいつ有名なホワイトハッカーだよ?」


「え?えぇ!?ホワイトハッカー!?」

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