1-4 現場へ
カフェ・ド・クリシェを出てから数分、私たちは特に話すこともなく、テクテクと道を歩いていた。
「ねえ」
「はい」
「どこ行くの?」
「あ、説明していませんでしたか」
バタついて完全に説明するの忘れてた……。
「これから向かう現場ですが、近くの最寄駅からなん駅か先にある住宅街の一角です。今日は車できていないので電車で行きましょう」
「わかった」
ピュウ〜と冷たい風がふいて、頬を撫でる。
体がブルリと震えて寒さに耐えるために自分の腕をさする。
早く駅に行こう。
「遺体の状態はどんなんだったの?」
「特に異変はありませんでしたね。カフェ・ド・クリシェでも話した通り、何度も強い地からで殴られているので強い恨みがあるのはわかっているんですけどね」
「ふ〜ん。犯行動機は恨みで間違いなさそうかな」
そうこうしているうちに駅についた。
私は電子決済だったが、七草くんは切符派らしい。
切符派なんですね、と言ってみれば“趣があるからね”と返された。
レトロなものとか好きそうだ。
丁度やってきた電車に乗り込み、電車に揺られる。
電車移動の間は暇だし、事件のことを話すような場所でもないから、暇潰しに鞄の中から最近ハマっている恋愛小説を取り出して、栞を挟んだページを開く。
この作家さん、描写や表現が綺麗だし、登場人物の心理描写がわかりやすいから読みやすいし、登場人物のキャラが濃いから読んでて飽きないんだよね。
本を読み出して、一駅過ぎた頃、妙に視線を感じるようになった。
それも、七草くんが座ってる真正面の席からだ。
視線のせいで本が読みづらいことこのうえないんだけど……。
私、何かしてしまったのだろうか?
いや、でも心当たりがない。
電車は昼間だと言うこともあって人が少なくて、近くにいるのは反対側に座っている老夫婦だけだし、トラブルが起きていると言うわけではないだろう。
見ているのは私だし、私にようがあると言うことなんだろうけど……。
うん、もう聞いてしまえ。
「あの、どうしたんですか?」
じいっとこちらを見ていた七草くんは目をぱちぱちと瞬きをして、なにも言わずに私のもっている本を指差した。
どうやら私が読んでいる小説に興味があって観察していたみたいだ。
「気になるんですか?」
「うん」
これは最近デビューしたネット小説家のものだ。。
ネットにはいくつか作品を投稿しているけど、今のところ書籍化しているのは、私が読んでいるものだけだし。
「最近、書籍化された恋愛小説ですよ」
「へぇ、面白い?」
「面白いですよ。上巻もっているので読みますか?」
「いいの?」
あ、目がキラキラしてる。
まさしく興味津々と言った感じで、年相応の表情だ。
「えぇ、どうぞ」
「ありがとう」
鞄から上巻を取り出して渡せば嬉々として読み出した。
にしても以外の一言につきる。
警察にも協力しているような探偵だというのならばミステリー小説を好みそうな感じがするのに恋愛小説に興味を示すとは……。
気まぐれで興味が向いただけなのかな?
もし、七草くんの興味が消えないようだったら布教してみるか……。
七草くん、本に集中しすぎて私の視線に気づいていないみたいだ。
これは、きっと電車のアナウンスすらも聞こえていなさそうだけど、楽しそうだし駅に着くまでこのままにしておこう。
電車にゆらり、ゆられ、目的の駅に着いた。
やっぱりアナウンスに気がつくこともなく恋愛小説を読み続ける七草くんに声をかけて電車から降りる。
「現場に行くには少し歩きます。酔ってたりしませんか?」
「ううん、大丈夫。小説ありがとうね。」
そういって返される小説は、言ってしまえば怒られるんだろうけど、やっぱり七草くんには似合わない感じがする。
「恋愛小説って結構面白いんだね。今度本屋によって買う、こういうのはきちんとお金を払わないとね」
嬉しそうな七草くんを他所に、私は“持ってたのが純愛ほのぼの系のNLで良かった”と安堵していた。
「ネットに投稿されているものも面白いので、おすすめします。まぁ、その分、地雷は多いんですけど……」
「ネットなんてそんなものでしょ。紙派だからネット小説は読んでなかったけど、これを気に手を出すのもありだよね」
なるほど、紙派。
とても、よくわかる。
私も手に入れるのなら漫画や本は紙の媒体の方が趣があって好きだな。
「宝石の原石が転がっていることがあるので探すのもなかなかに面白いですよ。まぁ、私はあまり時間がないのでできてないんですけど……」
「公務員は相変わらず忙しそうだねえ。警察とか忙しくない方がいいのに……」
「本当ですよ」
警察が暇しているってことは事件もトラブルも起きていない、平和な状態であるってことだから、その方がいいんだけど……。
「そういえば他のに場所でも事件が起きてるって、どんな事件?」
「あぁ、山の中から白骨した遺体が見つかったんですよ。しかも二人、雨が降って小さい土砂崩れが起きて、それで見つかったんです」
「この前の……なるほど」
その白骨した人の身元を探るのに忙しいし事件性があるか無いかの検証とか、心中の可能性もなくはないけど、それだと埋められていた理由がわからないんだよね……。
「ん?あ!!」
「七草くん?もしかしてなにか見つけました?」
ここから事件現場までは歩いて二分とか、三分とか、その程度だから犯人が残した痕跡を七草くんが見つけてもおかしくはない……。
横溝先輩がいれば百人力といい、速攻で操作の許可や現場の立ち入りの許可を取ってくるような人たちなんだから私たちが見つけられなかったものを見つけるのも変な話じゃない。
七草くんの視線の先にあったのは__
「ガチャガチャだ!」
__駄菓子屋の店先におかれた古めのガシャポンだった。
ズコッ!__
古い表現と思われるかもしれないけどずっこけそうになった。
「わー!探してたシリーズあるじゃん!ん?日乃屋刑事、なにかあった?」
「い、いえ。私の早とちりでした」
「?」
こんな早々、犯人の手がかり見つけられるわけ無いわな……。
本当に私の早とちりだった。
「ねえ」
「はい?」
「これ、して良い?」
七草くんは恋愛小説のとき以上に興味や期待、興奮なんかを入り交じったようなキラキラとした眼差しで私の方を見てきた。
「あの、事件現場にいくの優先でお願いします」
「え〜、俺これ回したんだけど」
「早く事件を解決しないといけないんですよ!?」
「ぶう。現場見たあと時間なかったら、どうするのさ」
確かに現場を見たあと、あちこち移動しないといけないかもしれないけど、だからってここでガチャポンを優先させる人いる?
「またの機会にしては!?」
「やだ。めんどくさい。するから」
そういって七草くんは財布を取り出してお金をいれる。
あぁ、久能さんが私に“頑張って”って言ってたのは、この事だったんだな……。
単純に応援の意味がこもっていると思っていたけど、七草くんの自由っぷりに振り回されることだとは思わないじゃないか。
いや、片鱗はあった。
カフェ・ド・クリシェで説明している途中でやる気がなくなっていた時のあれだ。
は〜……これで本当に優秀じゃなかったら横溝先輩に焼き肉奢らせてやる。
「一回だけですからね……」
頑なな姿勢に、これ何を言ってもダメだろうと考え、半ばやけになって七草くんい告げる。
早く終わらせて現場に向かうにはこれが一番だろう。
拒否されたら、言われた通りに久能さん電話しよう。
「はーい。これ全部揃える前に無くなったから悔しかったんだよね〜」
そういってガチャポンのレバーを回すと機会音と共に景品が出てくる。
「なあにが出たかな〜」
カポッと言う軽い音のあと、聞こえたのは七草くんの完成だった。
どうやら唯一持っていないシークレットを一発で引き当てたらしい。
嬉しいのはわかるけど、早く現場いきましょうよ……。
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