第4話 血と笑顔

おはよう、今日はいい日になるといいね。服は着た?私は服の下に水着着ちゃった、楽しみだね海。生麺が冷蔵庫の中にあったけど何に使うのかな。録音した私の歌を着信音に使うのはやめてね、恥ずかしいから。使ったら許さないしお別れだね。    みゆより


とおおよそ先輩が書いたと思えない手紙を机の中、鍵付きの引き出しへとしまいリュックを背負って生麺入れて玄関でクロックスを履いて鍵を開け、ゆっくりと外に出た。


先輩は笑顔だった。顔も赤い。白いワンピースからは水着の赤がのぞいている。まさに蠱惑的だった。


おはようございます。


読んだ?


読みましたよ。


じゃあスマホ見せて。


はいはい。あ


先輩は僕からスマホをひったくるとマナーモードを解除して自分のスマホで電話をかけた。


デデンデンデデン、デデンデンデデン、デデデーデーデーデーェーデデデーデーデーデーデェ。


先輩の声。


お別れですね。さようなら、と僕は言う。冷たく言う。心苦しいが心は込めずに。先輩は泣き出してその場にうずくまってしまった。


先輩…?


別れたくない…。


本当に?


デデンデンデデン、デデンデンデデン、デデデーデーデーデーェーデデデーデーデーデーデェ。


先輩?


嫌…。


デデンデンデデン、デデンデンデデン、デデデーデーデーデーェーデデデーデーデーデーデェ。


先輩、どうですか?


うゔぅ。


デデンデンデデン、デデンデンデデン、デデデーデーデーデーェーデデデーデーデーデーデェ。


先輩。


僕は恍惚とした顔で先輩を見つめる。別れたくないのに、僕のことが好きで好きでたまらないのにあんなことを書いた手前どうすることもできない先輩が首根っこを掴まれた子猫みたいでつい虐めたくなってしまう。


バカ。君は最低だよ。最低。バカ。…大好き。


目を真っ赤に腫らした先輩の手を繋いで引きずるように歩く、散歩に行きたくない犬みたいに歩かない。歩かないなら別れますよ。


肩がびくりと震えて先輩はやっと、ビーチサンダルを履いた柔らかな足で硬いコンクリートを一足ずつゆっくり踏み締めた。マイニンテンドーで買えるキノピオの柄の生地薄めなバックからは浮き輪と水鉄砲とハムが覗いている。


僕のリュックのラーメン鉢も嬉しそうで、僕は嬉しかった。


歩く、早歩きで歩く。もう競歩くらい早く歩いて先輩を置き去りにした。先輩はのっそのっそ走って息を切らして追いつく、電信柱ごとに止まり置き去りにする。苦しそうな顔、いつも部室の椅子で偉そうにしている先輩とのコントラストで僕の何か新しい扉が開きそうだった。鍵はもうさっき開けた。あとは開けるだけだ。


先輩、大丈夫ですか?


あ…うん、大丈夫。


大丈夫なはずがなかった、顔が赤くて息も荒い、目もチラチラと虚で小さなゲップをして、足が台風の日の外に干したタオルくらい震えていた。


じゃあ駅まで走りましょうか。あと10分ですよ、走れば間に合います。いきましょう。


…え。待って…お゛ええ。苦しい。死ぬ…。


僕はまた先輩を置き去りにして1人先に駅で電車を待った。電車は時間通りきた、でも電車には乗らず先輩が走る姿を見て、持ってきていたおにぎりを食べ、イヤホンでサライを聴く。僕は泣いた。さくらーふぶーきのさらいーのそらへー。頑張れ先輩。駅まではあと100m。50。10。5。3。2。1m。ゴールだ。おめでとう先輩。僕はまた泣いた。抱きしめた。汗でぐっしょぐしょだった。タイムは28.92秒。

いや、お疲れ様です。先輩。


お゛まぇ。お、お゛ぇええ。


先輩の透明な胃液が僕の白いシャツを濡らした。僕はそれでも抱きしめ続け、キスをしたら先輩は気絶した。舌の味は酸っぱいゲロの味だった。僕の膝の上で眠る先輩。いい響きだ。もうすぐ電車が来る頃合い、僕は先輩を床に置き、持っていたお茶を鼻に流し込んだ。鼻でお茶を飲む先輩も美しい。鼻血ごと飲み込んだみたいで起きた先輩はなんか血の味がすると言って立ち上がった。

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