会社の後輩が人外だった話

ツインテスキー

会社の後輩が人外だった話

「……ふあぁぁぁ、良く寝た」


 私、近村咲(ちかむら さき)は大きなあくびと共に目を覚ました。


「……あれ、ここどこ?」


 そして周りを見て、ここが自分の住むアパートでないことに気がついた。


「……えっと昨日は確か会社の帰りに久蕗と飲みに行って……どうしたんだっけ?」


 ここは一体どこなのか? 私は昨夜のことを思い出そうとしたが、会社の後輩の玄井久蕗(くろい くろ)と会社終わりに居酒屋へ飲みに行った後のことを思い出すことが出来なかった。


「もしかしてここ久蕗の家? だったらあの子結構いいところに住んでるのね」


 暫定的に久蕗のアパートと仮定した私は改めて部屋の中をぐるりと見渡した。間取りから見てアパートのようだったが私の住んでいるアパートと比べて広かった。


「……きゃっ!?」


そんな時、突然私の足元に何かが触れた感触があたり、それに驚いた私はその場から飛びのいた。


「……え、なにこれ? ぬいぐるみ?」


距離を保ったまま恐る恐る布団をめくるとそこには2m近い大きさの黒いぬいぐるみのようなものがあった。


「……あれ、あったかい? まさか生き……」


 それが何か確かめるため私はそれを指でつついた。それはぬいぐるみのような感触だったが人肌程のぬくもりを持っていた。そして私が困惑している間にそれの一部分が突如として開かれた。


「……きゃああああ!」


 それは巨大な目玉だった。私は反射的に後ろに下がったが、すぐに後ろは壁でどこにも逃げ場がなかった。一方で黒い何かはむくりと起き上がると私の方を見ながら、人を丸かじり出来そうなほど巨大な口を開いた。


「……ひっ!」


「先輩、おはようございます」


「……は?」


 食い殺されるかと身構えた私に向かって発せられたのは聞き覚えのある後輩の声だった。


「先輩どうしたんですか? 顔色が悪いですけどもしかして二日酔いですか?」


「……あなた、久蕗なの?」


 何かは言葉を失う私のことを心配そうに覗き込んできた。その仕草や声があまりにも後輩の久蕗そっくりだったので私は恐る恐るそれに尋ねた。


「何言ってるんですか、先輩。まだ寝ぼけ……あっ、人化が解けてますね」


 その言葉に何かは自分の姿を見直した。そして目と口を閉じると黒くて大きかったその体は徐々に細く、白くなっていき私のよく知る久蕗の姿になった。


「……よし、これでどうですか?」


 久蕗は目を開くと、私の方へと自信満々に向き直った。


「……ぷっ、あはははは」


「え、どうしたんですか先輩? ショックで頭やられちゃいました?」


 久蕗の姿を見た私は笑いを堪えきれなかった。一方、久蕗は心配になり、私の肩を掴んだ。


「違う、違う。ずれてるっていうかマイペースっていうか、とにかく久蕗らしいなって」


 私は笑いをこらえながら答えた。


「……まあ、大丈夫ならそれでいいんですけど」


「とりあえず一つ言っていいかしら?」


「はい、なんでしょう」


「とりあえず服を着てくれないかしら?」


「あっ、そういうことでしたか。すみません」


 その言葉で久蕗はようやく自分が全裸だということに気付き、頭を下げた。


「いや、だから謝るより服を着てってば」


「そうですね。すぐ着替えます!」


 久蕗は慌ててタンスの前まで移動し着替え始めた。


____________________



「ちょっと待っててくださいね。何か適当に作りますから」


「ああ、ありがと」


 上は飾り気のないTシャツ、下は下着のみというラフすぎる格好に着替えた久蕗は、台所に立ち朝食の準備を始めた。


「それで結局久蕗は何なの? 妖怪か何か?」


 落ち着いた私は、台所の久蕗に一番の疑問を投げかけた。


「……まあ、そうなるんじゃないでしょうか?」


 久蕗の返答はなんともいい加減なものだった。


「どうして疑問形なのよ?」


「自分でもよく分からないんですよ。物心ついた時には一人でしたし、同種の方にもあったことがないですし」


「ごめんなさい。悪いこと聞いちゃったかしら?」


「いえ、最初からそうだったので特に気にはならないですね」


「……そう」


 聞いてはいけないことを聞いてしまったかと思ったが、久蕗は気にしていないようだったので私はほっと胸をなでおろした。


「さあさあ、とりあえず冷蔵庫にあったものを炒めただけですけどどうぞ」


 久蕗は出来たばかりの肉多めの野菜炒めを乗せた皿をテーブルへと置いた。


「十分よ。ありがとね」


「いえいえ。先輩、ご飯はこれぐらいでいいですか?」


 久蕗は丼鉢サイズの巨大なご飯茶碗にご飯をよそった。そこまで大食いでない私にその量は多すぎだった。


「もうちょっと減らせてもらえるかしら」


「それじゃあこれぐらいでいいですか?」


「うん、そのぐらいで充分よ。ありがとね」


 続いて久蕗は自分用のご飯をよそい始めたが巨大なご飯茶碗からはみ出すほどの量だった。


「朝から大分食べるわね」


「私は消費カロリーが多いですからね」


「……まあ、あれが本体だったらそうよね」


 前々から久蕗が大食いだとは思っていたが、久蕗の正体から考えるとそれも当然のものだと納得した。


「それじゃあいただきます」


「いただき……」


「先輩、どうかしましたか?」


 いよいよ食事にしようとしたその時、私の脳裏に一抹の不安がよぎった。


「……ねえ、久蕗?」


「はい、なんでしょうか?」


「このお肉って人間のじゃないわよね?」


 食べる直前に久蕗の正体を思い浮かべたことで、私は目の前の肉の正体が気になってしまった。


「やだなあ。先輩。いくらなんでもそんな趣味の悪いことするわけがないじゃないですか」


「そう。ならよかった」


 笑って答える久蕗の言葉に、私は一安心し胸をほっとなでおろした。


「大体人肉なんて食べられるところが少ないうえ、臭みが強いものわざわざ好き好んで食べませんよ」


「……た、確かにそうかもね」


「それに昔ならともかく今じゃお金さえあればお店で人肉よりおいしいお肉が簡単に手に入るんですよ」


「……確かに」


 久蕗からまさかの追加説明がされたが言われてみると確かにその通りだった。


「ですからどうぞご心配なく。ささ、料理が冷えちゃいますよ」


「そうね。せっかく作ってくれたのに悪いものね。いただきます」


「はい、いただきます」


 こうして私の疑問を払拭され、私達は朝食を再開することになった。


「あら、おいしい」


 野菜炒めを一口食べてみると、店で出てきてもおかしくなさそうな味をしていた。


「でしょう。こう見えて私、料理屋で30年ぐらい働いてたこともあるんですよ」


 私の反応を見た久蕗は自慢気に笑った。


「今更だけどあなたって本当はいくつなの?」


「それも分からないですね。少なくとも1000は超えているはずですけど」


「1000!? それだったら平安あたりの生まれなわけ?」


 話しぶりから聞いていた年齢よりも大分齢上だと分かってはいたが、久蕗の実年齢は予想をはるかに超えるものだった。


「年の概念を知ったのが人里に下りてからでそれまでが結構長かったですからもう数百年は上だと思います」


「ねえ、久蕗。実はあなた、すごい妖怪なんじゃないの?」

「いえいえ、そんなことないですよ。確かにそれなりに長くは生きてますけど、私より長生きな方も、私より年下でも強かったり、頭がいい方も多いですし」


「へえ、そういうものなの」


 この時、久蕗は確かにそう言ったが後々振り返ってみるとそれは久蕗の勘違いだった。また、この時の私には久蕗の立ち位置についてもこの妖怪だらけのアパートに住むことになる未来についても知る由もなかった。

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