第二章 龍の医者

秋の陽光が斜めに射し込む龍の村の診療所で、龐颯慧ホウリュウケイは医学書を広げていた。彼の銀色の髪が陽の光を反射し、柔らかな輝きを放っている。年はまだ10代前半診療所の医者である劉楓蘭リュウフウランが留守にしている間、颯慧は簡単な薬の調合を任されていた。


「楓蘭、いるか?」


診療所の玄関の扉が開き、一人の精悍な顔つきの青年が入ってきた。颯慧と同じ銀色の髪を髪の先でまとめ、颯慧よりも鋭い目つきをしている。彼の得物である鉄扇と短刀を帯に差し、伝統的な装束を纏っている。


颯純リュウジュン兄上、楓蘭先生なら村長の屋敷です。」


「またか、…まったく、」


颯純は苛立ちを隠さずに呟いた。


楓蘭とは長い付き合いなので、彼女の行動は予測できたが、国中に流行り病が広まっているこの時期に、村で唯一の医者である楓蘭が村の外に行くことに、村長が賛成するはずがなかった。


「・・・・」


颯慧は何も言わず、兄の苛立つ様子を悲しげに見つめた。


その時、診療所の扉が再び開き、楓蘭が戻ってきた。


「あら?颯純、来てたの?」


楓蘭は白髪を片側で三つ編みにしている美しい少女であり、治癒や肉体強化の術を使いこなす白龍の末裔でもあった。その能力を使い、村の唯一の医者として、彼女は常に忙しかったが、その合間を縫って村長に外出許可を求めるのは、彼女の性だろう。


「楓蘭先生、お帰りなさい。」


「ただいま、颯慧。お留守番してくれてありがとう。」


楓蘭は優しく颯慧にお礼を述べた。次に颯純の方へ振り返り、切り出した。


「颯純、私に話があって来たんでしょ?」


「あぁ、奥で話そう。」



「で?私に何の話?」


楓蘭が疑問の表情で尋ねた。


「お前、また長に同じ話をしに行ったんだろ?」


颯純は苛立ちを露にして直球で切り込んだ。楓蘭は村で唯一の医者であるので、長からも一目置かれているが、彼女の行動に颯純は我慢ならなかった。


「なんでわかるのよ。」


楓蘭は気まずそうに表情を曇らせた。相変わらずこの男は勘が鋭い。


「長い付き合いだからな。それに周辰シュウタツ様からお前のことを頼まれている。」


颯純の瞳が鋭く楓蘭を見つめた。


「周辰様が…」


・・周辰様には何も話していないはずなのに。


「良いか楓蘭。」


颯純は真剣な表情で続けた。


「お前はこの村の医者だぞ。村の外の奴に関わるな。」


楓蘭は少しの沈黙の後、静かに言った。


「こんな辺境の地に私以外の医者がいると思う?村の外には病気で苦しんでいる人がたくさん居るのよ。」


「それはお前には関係ないだろ。」


颯純は冷たく言い放った。


「そんな言い方…」


楓蘭は言葉に詰まった。颯純の考えは村のことを第一に考える村長と同じもので、正論をぶつけられて楓蘭は反論できなかった。


「それに、村の外の奴らが俺達を受け入れるのか?」


「それは・・・」


颯純の言葉に、楓蘭は何も言えなかった。


この村の人間達は古代の龍の能力を扱う。それ故に国の皇帝からこの辺境の地に住み、北方からの異民族の侵入を撃退するように命を受けている。


だが常人とは違う力を持っている為、差別的な扱いを受けていることも事実だ。


「…アイツらは、俺達と違う。」


颯純は静かに言い放ち、その場を去った。

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