第53話 洗脳を私に
暗い牢屋の奥深く、光が差さない部屋に、手首をロープで吊るされた女性が体を揺らしていた。つま先立ちし、土踏まずあたりが、つりそうな「ギリギリ」な位置を保っていた。
「…(あぁ、そろそろ来る時間かな)」
ゆっくりと重い扉が開かれ、風が侵入し埃が舞った。大きな体格の人が、左手に鞭を束ねながら、黒の長い髪を「ゆらゆら」と揺らす。
「おはよう。今日も始めましょうか、セーレちゃん」
「何回、尋問されても答えは同じよ! 私は絶対仲間を売ったりしないわ」
「そうなの、いいわ、可愛いわね。私が女なら、もっと可愛がってあげられるのに。でもね、安心してね。その美しい顔は、絶対傷つけないから、それと深い傷は治療してあげる」
「お手柔らかに頼みたいわね…(拷問官のオカマヤローに言われても説得力ないわね。でも、この目隠しさえ、取れればチャンスはある)」
拷問官は持っていた鞭を乱暴に、地面に投げ捨てた。そして、つぎはぎだらけで、粗末な服を着たセーレの体の触診を開始した。触り方を心得ているのか、「不快感」はなかった。それでも「気持ち悪さ」を感じずにはいられなかった。
「…気持ち悪い」
「どうしたの、セーレちゃん、気分が悪いの? 大丈夫よ。怪しい物はなかったから、安心してね」
「…(毎回、体をベタベタ触らないで欲しいだけなのに)」
拷問官は、セーレの両足を触り終えると再び鞭を手に取った。何度も鞭を地面に叩き、「パチッ」という音と共に空中で皮革同士がぶつかり合い激しく音を響かせた。不意に、セーレの左頬に拷問官の「ゴツゴツ」した左手でなぞるような触り方をされた。
「やっぱり可愛いわ。目隠しを取ったら、もっと素敵な顔なんでしょうね」
「そうね…(チャンスかしら、何とか私の顔を見せるように仕向けないと)」
セーレは拷問官との会話を「引き延ばそう」と試みた。
「今日はやけに喋るわね。何か良いことでもあったの?」
「あら、わかる。そうなのよ。新しいボーイフレンド候補を見つけて、猛アタック中なのよ」
「そう…どんな男性なのかしら?」
「そうね、チャラ男で、中々男前の顔をしているの」
拷問官が意中の「男性の特徴」を語り出した。女泣かせで、格好をつけて女を口説き、他に可愛い子がいればすぐ「乗り換える」。男の名前は「絶対覚えない」のに、気に入った「女性はどこまでも追いかけよう」とする。
「…(あ、これ。ルーサーの話だ。確か、戦争が終わったら
「顔が好みなのよね。セーレちゃん、彼の居場所を知らないかしら?」
「知らないわ……(喋りたい。けど、あんな男でも仲間だし、黙っていてあげるわ)」
拷問官は腰を横に「フリフリ」しながら、陽気に話していたが、突然、目と口を閉じ、体を横に背けた。
「あら、そうだ。セーレちゃんに報告があるの」
「報告? 誰か捕まったの? それともまた、感情を揺さぶる尋問? どちらにしても、何を言っても無駄よ」
「あなたの父親と母親のことよ。あなたが、捕まった後、こことは別の収容所にいたらしいけど、死んだみたいよ。死因は衰弱死みたい」
「へ…何を馬鹿なこと、言ってるの!?」
「そこの看守責任者から聞いた確かな情報よ」
「そんなの嘘よ!!」
急に胸が苦しくなった。縛られた「縄の結び目がないか」、手首を不自然に回し始めた。つま先がつりそうになる痛みを我慢し、縄を外そうと踠く。
「あらあら、暴れちゃって。可愛いわね」
「…(父さん、母さんが死んだ…そんなの信じられる訳ないでしょう……だって、あの有名な発掘調査員よ。ケイン & レスカって言われた名誉……!? え、何で。いやいや、落ち着こう。私のお兄ちゃんの名前はわからない。父さんは、ケイン。母さんは、レスカ)」
セーレは過呼吸を起こした。何かの「間違いだって」、頭で何度も否定する。目隠しの周りに水が染みてくる。必死に気持ちを抑えようと奥歯を噛み締めるが、容赦なく思い出が「フラッシュバック」してきた。
「父さん、母さん、どうして…そんな……いやぁぁぁーーーー」
「ふふふ、良い声で泣くじゃない。これはご褒美よ」
「んぐ……」
「さぁ、さぁ、黙ってないで。もう一度、声を聞かせてよ」
衝撃波は減衰しながらも「特有の音」として聴取された。それは、かんしゃく玉、あるいは小さなピストルを撃ったような「パーン」という音に似ていた。
「…」
五発目を受け、皮膚が破れたかのような痛みと、骨に響く衝撃が一点に集中する。とにかく、体の中に「痛み」が浸透していった。
「男子は立入禁止よ」
「はい! わかりました。(お前は男ではないのか? 意味がわからないな)」
男性看守が入ろうとするも、拷問官の指示を受けたため、看守長からの「要件」のみを伝えた。
「カーン看守長から、何かしらね。まぁ、言いわ。そこのあなた、案内なさい」
「はい、わかりました」
拷問官と男性看守が去り、1人になったセーレ。
「…(こんなの嘘よ。私は認めたくない。そうだ、私自身に暗示を掛けよう。お兄ちゃんのことを忘れよう。お兄ちゃんの顔を近くで見たら解ける洗脳を私に!)」
3年前の牢屋内での「出来事」を思い出し、セーレの瞳が再び開かれるが、また「暗闇」だった。
「は、ここはどこ?」
「お目覚めかい、セーレ様。まだ移動中だから、じっとしててね♪」
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